フレキシブルで、さらなる価値を
築50年のビンテージマンションリノベ

マンションのリノベーションには、新築や戸建てリノベとは違った難しさがある。築50年を経過したビンテージマンションとなれば、その苦労は計り知れない。たくさんの困難を乗り越え、自宅兼事務所として様々な顔を見せる素敵な空間に仕上げた極意に迫る。

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まるで「盾」と「矛」
それぞれの得意分野を活かし、困難なリノベも克服

文京区湯島。南の窓からは湯島天満宮、北には旧岩崎庭園や不忍池という抜群のロケーションにその建物はあった。築50年を超え、湯島のシンボルにもなっているビンテージマンション。その一室を自宅兼事務所としてリノベーションしたのは、蟻川建築設計事務所の蟻川佑太さんと村田奈津子さんご夫妻。

お2人とこの建物との出会いは学生時代にまで遡るのだという。「まだ学生だった頃から、印象に残っていた建物だったことを記憶しています」と村田さん。年月を経て、隣町の御徒町に住みはじめたご夫妻、時々このマンションを眺めては、「気になる建物」へとなっていったのだとか。その後、事務所を構えるにあたり物件を探していたところ、偶然にもこのマンションに空きが見つかった。「部屋からの眺めの良さや、交通の便といった環境としての魅力はもちろん、管理状態もしっかりしたものだったので、即決しました」と蟻川さん。そうして建物と蟻川夫妻の縁が結ばれた。

こうして、リノベーションに着手するのだが、築50年のマンションのリノベは一筋縄ではいかなかったのだという。一般的に、マンションのリノベは、戸建てに比べ障壁が多い。構造に関わる部分や共用部分には、手を付けられないし、工事も上下や隣家への影響がない範囲に留める必要がある。このマンションもまさに、そういった物件だった。

配管の構造上、水回りは部屋の中心に持ってこなければならず、部屋割の自由度が限られた。大規模マンションであることから法規制が厳しく、使用できる素材も限定された。ガス給湯器も適合する機種が1つしかなかった。さらには50年の歳月が天井のコンクリートをたわませ、壁付近と中央では高さが変わってしまっていることもわかった。

建築当時の図面は残っているものの、50年の歳月の中その後のリフォームや改修により、間取りや設備が図面と違う中、1つひとつ実測し、調べあげ数々の障壁をクリアしていった。この丁寧な仕事ぶりには、お2人のこれまでの経験が、存分に発揮された。

蟻川さんはこれまで、保育園や学校、老人福祉施設など、「規模が大きい建物」の設計に携わってきた経験が豊富だ。そういった規模の大きな建物は、準拠しなければならない法規制も多く、マンションも例外ではない。今回のリノベはこれまで培った知識が役立ったという。

一方の村田さんのキャリアは、住宅がメインで、新築だけでなく戸建住宅や集合住宅のリノベーションの経験も豊富だった。

建物の構造形式や法規を熟知した蟻川さんがしっかりとチェックし、安心や正しさを確保する。そのうえで村田さんが、使いやすく住心地よく、素敵な部屋となるようプランするという、いわば「盾」と「矛」の関係が、とっておきのリノベーションを完成させた。
  • 南側にある広々としたLDK。十字に仕切られたレールに扉を移動させれば、田の字形の小部屋に仕切ることができる

    南側にある広々としたLDK。十字に仕切られたレールに扉を移動させれば、田の字形の小部屋に仕切ることができる

  • 仕切りの扉は、ラタン(籐)とポリカーボネート製。ゆるやかに隣を感じられるとともに、通風を可能としている

    仕切りの扉は、ラタン(籐)とポリカーボネート製。ゆるやかに隣を感じられるとともに、通風を可能としている

  • L字型に仕切ることで、手前を即席の打ち合わせスペースに。プライバシーを確保しつつ仕事にも利用できるようになる

    L字型に仕切ることで、手前を即席の打ち合わせスペースに。プライバシーを確保しつつ仕事にも利用できるようになる

  • 天井は、あえて躯体を現しに。レール上部に仕込んだLED照明で部屋全体を柔らかく照らす

    天井は、あえて躯体を現しに。レール上部に仕込んだLED照明で部屋全体を柔らかく照らす

  • 天井のレールを見ると、窓付近とレールの交差付近では、天井との間隔に違いが。この違いにより交差付近ではレール上部に仕込んだLED照明のまぶしさを極力抑え、窓付近では照明の光が奥まで伸びるようになっている。

    天井のレールを見ると、窓付近とレールの交差付近では、天井との間隔に違いが。この違いにより交差付近ではレール上部に仕込んだLED照明のまぶしさを極力抑え、窓付近では照明の光が奥まで伸びるようになっている。

田の字型の扉の仕切りで、いくつもの部屋を出現

エレベーターを降りると、そこには築50年を感じさせる鉄の玄関扉が。ここまでは共用部分なのでリノベできない部分だ。しかし扉を開けると、そこには木のぬくもりと壁の白さが心地よい柔らかな空間が出迎えてくれた。

この部屋は南北に長い構造となっていて、お2人はこの構造を3つのゾーンに分けた。玄関から向かって右側の南面は、LDK。配管の関係上、玄関の正面部分には、台所やトイレ、お風呂場といった水回りが中央に集まり、左奥である北面にお2人の仕事場と寝室を設けた。そして、南北をつなぐ通路にはあえて扉を設けず、窓を開けると風が南北に抜けるという工夫も。

「明るく陽が差し込む南側のリビングは、田の字に4つに仕切られるようになっていて、それぞれ小部屋として使えるようにしました」と蟻川さん。

リビングの天井には、十字に交差するレールが設置されていて、1面4枚の扉で仕切ることで最大4つの小部屋に早変わり。もちろん、L字型の部屋にすることや、2つの長方形の部屋とすることもできる。用途はまさに無限大。

普段は開け放ち広々リビングとして使ったり、ご両親が泊まる際には一部屋を仕切って寝室にしたりという活用も。また、南からの日差しを利用して物干しのサンルームとしての活用もされているという。
「扉で仕切って、施主さんとの打ち合わせを、ここですることもあります」と村田さん。
扉の使い方次第で変幻自在な空間を創り出してしまう、お2人の手腕には眼を見張るばかりだ。

一方の事務スペースに目を移そう。こちらは南面とはまた違った趣のある空間となっている。窓の外には不忍池や旧岩崎庭園が見え、仕事中にふと窓の外を眺めることで、よい気分転換にもなるのではないだろうか。

実はこの部屋も、将来を見据えた上で変更を加えることを前提に作られているという。
「将来事務所を別に構えたり、子供が大きくなったときのことを考え、壁を作るところには下地を入れたり予備配線を施し、変更時に備えています」と蟻川さん。
将来、寝室を今の事務スペースにもってきたり、子供部屋に変更したりといったことを予め想定しているのだ。

南側のLDK、北側の事務所・寝室に共通していえることは「フレキシブル」であるということ。1つの使い方や役割がずっと続くという前提ではなく「日々変えられる」「長期的には変わるであろう」という考えに立ち、いかようにも活用が可能という懐の深さがある。

この懐の深さは、まさにお2人そのものとも言える。
村田さんは以前、師匠と呼べる方に「クライアントが喜ぶことはなんでもやれ」と言われ、以降それをモットーとしているという。クライアントと接するときは、じっくりと時間をかけヒアリングを行い、クライアントが真に望むことに気づき、設計に落とし込んでいく。

建物としてしっかりしたものを設計できる蟻川さん、使いやすく居心地のよい空間に仕上げることができる村田さんは、まさに最強タッグ。この2人のタッグは、1+1=2という単純な足し算ではなく、無限の広がりを見せる。2人から生み出される住宅は、住むものにとって、安心・快適・便利といった家に求める要素をくまなく満たしたものになるに違いない。これからも、蟻川建築設計事務所から新築・リノベーション、戸建て・集合住宅という枠を超えた、懐の深い住まいが生まれてくることだろう。
  • 部屋の南北をつなぐ通路。仕切りがないため風の通りが良い

    部屋の南北をつなぐ通路。仕切りがないため風の通りが良い

  • 北側の事務所スペースには、将来に備えた床見切りと下地を予め設置

    北側の事務所スペースには、将来に備えた床見切りと下地を予め設置

  • 事務所スペースは、北側といえど明るく陽光が差し込む。床置きエアコンですっきりとした室内かつ、お手入れも簡単に

    事務所スペースは、北側といえど明るく陽光が差し込む。床置きエアコンですっきりとした室内かつ、お手入れも簡単に

  • 中央部に設けられたトイレ。欄間をガラスとすることで閉塞感をなくした

    中央部に設けられたトイレ。欄間をガラスとすることで閉塞感をなくした

  • すっきりと上品にまとめられたホテルライクな洗面台

    すっきりと上品にまとめられたホテルライクな洗面台

撮影:淺川 敏

間取り図

  • 間取り図

基本データ

施主
A邸
所在地
東京都文京区
家族構成
夫婦+子供1人
延床面積
76.62㎡
予 算
〜2000万円台