「素直な設計」から生まれる個性が魅力。
光と緑に包まれたヘアサロン併用住宅

ヘアサロンを併設した店舗併用住宅を建てることにしたIさま一家。設計を担当したのはSCALE建築設計事務所の藤岡佑介さん。完成したI邸『晴るる』は、要望や敷地条件に素直に応える藤岡さんだからこそ生み出せる、唯一無二の魅力にあふれている。

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屋根が斜めにかかった、かわいい外観。
演出効果も機能も備えた共用ホールが魅力的

SCALE建築設計事務所の藤岡佑介さんが設計したI邸『晴るる』は、美容師の奥さまが主宰するヘアサロンを併設した店舗併用住宅だ。ゆったりくつろげるサロンと、周囲の景色や緑を楽しめる居心地の良い住宅が広がる邸内では、Iさまご夫妻とお子さま2人の4人家族が暮らしている。

場所は愛知県日進市の住宅街。木造2階建ての『晴るる』の外観は、どことなく愛嬌があってかわいい。屋根が少し斜めにかかっていて、なんだか、家がベレー帽をかぶったような愛らしさ。シンプルで洗練されているがさりげなくエッジの効いたデザインで、店舗として「目に留まる」役割を十分に果たしている。

玄関は、家もサロンも切り盛りする奥さまの「全体を管理しやすくしたいから、入口は1つに」との要望に応えて1カ所のみ。玄関ドアを開けると土間の共用ホールが広がり、ここからサロン、住宅へと動線が分かれるのだが、このホールがいい。天井の高い吹抜けで上部までガラス窓になっており、上方には爽やかな青い空。坪庭風にコの字で囲われた前庭の緑も見える半戸外空間で、思いがけない開放感になんだかうれしくなってしまう。

この共用ホールに入ってすぐの右手はサロンへの入口で、住宅の入口は、サロンに向かう人からは見えにくい左手の奥まったところにある。心地よい開放感だけでなく、プライバシーを守るための配慮も万全。シンプルでクセがないけれど、演出効果も機能も秀逸な藤岡さんの設計の魅力が端的に表れていて、邸内への期待をいちだんと高めてくれる。
  • 道路に面したところ(写真正面)は美容師の奥さまが主宰するヘアサロン。道路側の窓は、小さな横長の地窓だけ。内部が見え過ぎず、でも、店舗とわかって安心感も得られる「チラ見せ」具合が秀逸

    道路に面したところ(写真正面)は美容師の奥さまが主宰するヘアサロン。道路側の窓は、小さな横長の地窓だけ。内部が見え過ぎず、でも、店舗とわかって安心感も得られる「チラ見せ」具合が秀逸

  • 玄関ポーチ。写真右手が玄関ドア。その先にヘアサロンと住宅の共用ホールが広がる

    玄関ポーチ。写真右手が玄関ドア。その先にヘアサロンと住宅の共用ホールが広がる

開放感とプライバシーを両立させたサロン。
緑や景色を生かしたLDK、趣味の書斎も

では、『晴るる』の邸内をご紹介していこう。

まず、道路側に位置するヘアサロン。「開放的で心地よく、でも、外から丸見えにならないように配慮しました」という藤岡さんの言葉通り、「中の見え方」が絶妙だ。道路側の窓は小さな横長の地窓のみ。足元しか見えないが店舗だと瞬時にわかるし、中の様子も感じられて安心する。それでいて人の顔までは見えず、サロンに訪れたお客さまのプライバシーを守っている。

道路側からの「閉じた印象」をいい意味で裏切る開放的な居心地も、このサロンの魅力だろう。天井は吹抜けで高さがあり、空を望むハイサイドライトも。道路と逆サイドの壁には大窓があって前庭の緑が見え、リラックスして施術を受けられる。

内装は奥さまの要望に沿い、白、グレー、木をバランスよく組み合わせたシックでナチュラルなテイストだ。もちろん藤岡さんのセンスも随所に生きていて、この空間の顔となるグレーの大壁は構造の柱を見せる「現し仕上げ」で木の風合いをプラス。少しマニアックな話だが、こういう大空間の壁は太い柱で支え、柱を壁で覆って隠すのが一般的。しかし藤岡さんは構造計算の専門家とじっくり検討し、細い柱が等間隔に並ぶ美しい構造で壁を支え、それをあえて見せることで空間のデザイン性を高めている。

次に、住宅部分も見てみよう。1階にあるLDKは、眺望がひらけた東側の風景を見渡すパノラマ窓や、吹抜けの高天井が心地よい開放的な大空間。「キッチンの居心地を良くしたい」という奥さまの要望に応えたアイランドキッチンはゆったりと快適で、屋外の光や緑も視界に入り心がホッと癒やされる。

同時に、このキッチンは邸内全体に目が届くように計画されていることも見逃せない。LDKはもちろん、隣の和室で遊ぶお子さまの姿も見えるし、住宅入口の引き戸を開放すれば共用ホールまで見通せて、サロンの様子もわかる。さらには、吹抜けを介して2階にいる家族の気配も伝わってきて、自宅で仕事も家事もこなす人には理想的なキッチンといえる。

2階にあるご主人の書斎も、趣味部屋への憧れを刺激される魅力的な空間だ。ここはスニーカーなどを集めるのがお好きなご主人が自分の時間を過ごしたり、コレクションを並べたりするスペース。ご主人のデスク周りはコンパクトだが1階に面した窓があり、階下の家族と会話も可能。眺めの良い東側にはピクチャーウインドー的な窓も設けられ、こもり感と開放感、そして家族の一体感のさじ加減が絶妙な空間となっている。
  • 共用ホール(写真正面)に面した前庭。右が住宅、左に行くとヘアサロンがあり、前庭をコの字で囲んでいる

    共用ホール(写真正面)に面した前庭。右が住宅、左に行くとヘアサロンがあり、前庭をコの字で囲んでいる

  • ヘアサロンは天井が高く開放感たっぷり。上部にはハイサイドライト、前庭に面した壁には大きな窓があり採光も抜群だ。お客さまの前の壁は趣向を凝らし、ニュアンスのあるグレーのパネルに整然と柱が並ぶ美しいデザインに。シンプルだがインパクトがあり、この空間の顔となっている

    ヘアサロンは天井が高く開放感たっぷり。上部にはハイサイドライト、前庭に面した壁には大きな窓があり採光も抜群だ。お客さまの前の壁は趣向を凝らし、ニュアンスのあるグレーのパネルに整然と柱が並ぶ美しいデザインに。シンプルだがインパクトがあり、この空間の顔となっている

  • ヘアサロンからサロン入口(写真奥左)、前庭方向を見る。写真左上にはロフトもあり、仕事道具や商品などをたっぷり保管できる

    ヘアサロンからサロン入口(写真奥左)、前庭方向を見る。写真左上にはロフトもあり、仕事道具や商品などをたっぷり保管できる

  • ヘアサロンの顔となっているグレーの壁に使用したパネルは、コーヒーショップから出るコーヒー豆かすや紙に再生しにくい古紙などをブレンドしてリサイクルしたもの。独特の濃淡ある表情で、空間に深みを添えている

    ヘアサロンの顔となっているグレーの壁に使用したパネルは、コーヒーショップから出るコーヒー豆かすや紙に再生しにくい古紙などをブレンドしてリサイクルしたもの。独特の濃淡ある表情で、空間に深みを添えている

素直なデザインこそが、唯一無二を生む。
何十年も愛せる「かざらない空間」

取材中、家づくりについて、藤岡さんはこんなことを話してくれた。

「住宅は何十年も使い続けていくもの。長い年月の間にはライフスタイルや好みも変化するでしょう。その変化に寄り添って生活を豊かにするような、かざらない空間を目指しています」

実際、お話を伺っていると、藤岡さんの口からは「かざらない」「シンプル」「素直」といった言葉がよく出てくる。設計時は施主の要望や周辺環境を丁寧に読み解き、それらに素直に従って各スペースのボリュームや窓配置を決めていくのが藤岡さんのスタイル。そうすると空間ごとの天井の高さや横幅などがチグハグになるが、藤岡さんは、そのチグハグさを生かして魅力的な建築に仕立てるチカラがすごい。

冒頭でご紹介した、この家のかわいい外観などはその好例。各空間への要望を1つずつかなえ、最後にバランスを取った結果だというが、出来栄えが素晴らし過ぎるのは見ての通り。チグハグな空間を並べてできた空きスペースを坪庭に活用し、邸内のどこにいても緑が見えるように計画するなど、藤岡さんの「チグハグ活用法」とでもいうべきアイデアには感服してしまう。

また、素直でかざらないのに不思議と洗練されて人目を引く作風は「住宅っぽくない」「お店みたい」という表現がぴったりで、店舗の設計・デザインを多く手がけてきた藤岡さんのキャリアと無関係とは思えない。だが、「個人的には住宅の設計も大好きです」と藤岡さん。住まいについて思いをめぐらせ、ものごとを決定していく道のりを施主自身が大変と感じない、「楽しい家づくり」を目指しているという。

その一環として力を入れているのが、完成形をリアルにイメージできる模型やCGの活用だ。「イメージが具体的になると施主さまご自身からさらなるアイデアが出てきて、『一緒につくっている』と実感していただけることが多いんです。やりがいや楽しさが増しますし、愛着もいっそう深まるように思います」と藤岡さん。

肩ひじ張らずに話せる雰囲気の藤岡さんに、住まいへのこんな思いやあんな思いを聞いてもらい、提示してくれるアイデアやセンスに感嘆し、模型やGCに心を躍らせて新生活に思いを馳せる──。5年後、10年後に振り返ったとき、完成に向けて一緒に走り抜けた時間さえも懐かしく、愛おしい。藤岡さんとならそんな家づくりができそうだ。
  • LDK。吹抜けで天井が高く、眺望がひらけた東側(写真左)には長いパノラマ窓。上にも横にも広がるのびやかな空間は明るいグレーと木目が基調。天井の現しの梁をアクセントにした、ナチュラルで落ち着ける空間だ

    LDK。吹抜けで天井が高く、眺望がひらけた東側(写真左)には長いパノラマ窓。上にも横にも広がるのびやかな空間は明るいグレーと木目が基調。天井の現しの梁をアクセントにした、ナチュラルで落ち着ける空間だ

  • LDK。要望に応え、全体を見渡せる場所に大きなアイランドキッチンをレイアウト。写真右奥には、雑多なものをしまえる大容量のパントリーもある。吹抜けに面した窓(写真左上奥)を介して2階の書斎にいるご主人の様子もわかり、家族に気を配りながら家事ができる

    LDK。要望に応え、全体を見渡せる場所に大きなアイランドキッチンをレイアウト。写真右奥には、雑多なものをしまえる大容量のパントリーもある。吹抜けに面した窓(写真左上奥)を介して2階の書斎にいるご主人の様子もわかり、家族に気を配りながら家事ができる

  • キッチンからの眺め。掃き出し窓や小窓から南のテラスや前庭の緑が見え、心が和む。住宅入口の扉を開け放すと、その先に共用ホールが見える(写真右奥)。そのさらに先にはヘアサロン入口が。家のことをしているときも仕事場の様子がわかる

    キッチンからの眺め。掃き出し窓や小窓から南のテラスや前庭の緑が見え、心が和む。住宅入口の扉を開け放すと、その先に共用ホールが見える(写真右奥)。そのさらに先にはヘアサロン入口が。家のことをしているときも仕事場の様子がわかる

  • 眺めの良い東側には大胆なパノラマ窓を設置。広がりのある景色を満喫できる。和室には地窓もあり(写真左)、その先の寝室との間に設けられた坪庭の緑が見える。この坪庭は、要望に応えて設計した各空間を組み合わせた結果、できてしまった「空間のアキ」をうまく活用したもの

    眺めの良い東側には大胆なパノラマ窓を設置。広がりのある景色を満喫できる。和室には地窓もあり(写真左)、その先の寝室との間に設けられた坪庭の緑が見える。この坪庭は、要望に応えて設計した各空間を組み合わせた結果、できてしまった「空間のアキ」をうまく活用したもの

撮影:photo@ToLoLo studio

間取り図

  • 1F図面

  • 2F図面

基本データ

作品名
I邸『晴るる』
所在地
愛知県日進市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
224.85㎡
延床面積
137.89㎡
予 算
3000万円台