
融通無碍な発想と専門知識で難条件を克服
「室内の通り」がある大ワンルーム住宅
河川氾濫のリスクは豊富な土木の知識で克服
国道と距離をとる、通り土間の「室内の通り」
切妻屋根に杉板張りの外壁。一見すると倉庫のような佇まいだが、これは豊橋生まれの建築家、伊藤啓輔さんの個人住宅。東京での経験を経て、地元にUターンした彼が描く新しい住まいのカタチがここにある。
奥様のご実家近くという条件で土地探しをしていた伊藤さんだが、予算や形状など、なかなか理想的な土地がみつからず、「狭小の土地でもやむなし」と思っていたところで出会ったのが、国道沿いの交差点付近くにあるこの土地だった。もともと2つの土地が1つに合わさったこの土地は、約200㎡もあるものの、変形敷地であるため価格も手ごろだったという。
実はこの土地には、見過ごせない課題があった。それは近隣を流れる川の氾濫リスク。川の狭窄区間がすぐ近くにあり、十数年に一度のペースで氾濫を繰り返しているという。直近では4年前にも氾濫により、交差点が冠水した。しかし建築設計に加え土木工学の知見を併せ持つ伊藤さんは、この立地条件を受け入れる決断を下した。
「実は地盤調査をしてみたところ、不同沈下の恐れがあったため、表層改良を行うこととなりました」と伊藤さん。そして、浸水を避けるため、基礎の下を盛り土状にかさ上げした高基礎とすることで、この問題を解決した。
土木に関する深い知識で、ハザードマップからだけではわからない土地の真の姿を見抜き、その課題を建築の手法で解決する。この両輪を兼ね備えた伊藤さんだからこそ為せる業だ。
もう1つの懸念点は、幅30mもある国道はそれなりの交通量があるという点。「音や視線は考慮しなければなりませんが、一方で遮るものがないので光を採り込みやすいと感じました」と伊藤さん。
音や視線とどう距離をとるか、どうやって遮るかについて伊藤さんはいくつも考えていったという。
まずは、道路側に緩衝帯となる庭を設けて距離をとり、樹々を植えて目隠しするという手法。「庭があるからといって、窓を設けて楽しむといった形も難しいと感じました」と伊藤さん。
次に考えたのが、建物で物理的に遮ってしまう方法。敷地の高低差を利用したスキップフロアや、敷地を建物で囲い中庭を設ける方法なども検討した中、思いついたのが、室内に「もう1本の道」をつくるというアイデア。建物内部の道路側に、長い吹き抜けの「通り」を設け、生活空間との距離を取り、かつ上部からの光を採り込むというプラン。
音、視線、光3つの要素を満たすばかりか、長く伸びる「通り」は、遊び場やちょっとした作業の場として重宝するうえに、空気の経路にもなる。また、家の中どこにいても家族の気配を感じられる装置でもある。室内に「通り」をつくるというアイデアが、いくつもの役割をもつのだ。伊藤さんの発想力には驚かされる。
地産地消の杉材に包まれた温もりと
自由度抜群の大きなワンルーム
国道を進んでいくと、交差点の手前に伊藤邸が見えてくる。三角の切妻屋根に杉板を縦張りにした倉庫のようなシンプルな建物が高基礎の上に載っている。
「このあたりは準防火地域で、板張りの家は珍しいので、あえて杉板張りにしています。地産地消ということで奥三河産のものを採用しました。杉板の経年変化を楽しむという点もありますが、お客様へご提案する際『ウチは〇年でこんな感じです』と、お伝えするという目的もあります」と伊藤さん。
階段を上り、扉を開くと、現れるのは、広々とした玄関。上部の吹き抜けから光が降り注ぐ。そして視線の先に一直線に玄昌石敷きの床がのびる。外の道路と平行な、「室内の通り」だ。左手にはベンチ、右手には靴をはじめ様々なものを収納できる大容量の土間収納。この土間収納は、キッチン奥のパントリーにつながる回遊動線にもなっている。
「通り」を進んでいくとLDK空間が見えてくる。ここまで来て気づくのは、内部にほとんど建具がないこと。この家は1つの巨大なワンルーム空間なのだ。床も壁も棚も、そして天井も梁や構造材が現しになっており、木に包まれる温もりある空間になっている。訪れた人が「船みたい」といったのも頷ける。
LDK上部は、天井が低く籠るような空間。一方の「通り」の上部は吹き抜けで光が差し込む。このメリハリがより開放感を演出している。
良く見ると、キッチンにも収納扉が見当たらない。食器や鍋などもオープンシェルフで見せる収納とした。
「通り」をさらに進んだ先にあるのが、洗面やお風呂場、トイレといった水回りと、ランドリーやWICのプライベートゾーン。「通り」の一番奥には、大きな窓を取り抜け感を出すとともに、ちょっとしたお籠りスペースとなるようベンチも設けた。
階段を上るとさらに驚きの空間が広がる。大広間といってもいいくらいの24畳もある寝室。伊藤さん一家は、ここに布団を敷いて家族6人並んで寝ているという。これだけ広い空間であれば、お子さん達ものびのびと遊べるに違いない。
「子どもの友達が家に遊びに来ると、ここでぐるぐると走り回ったり、だるまさんがころんだをしたりしています」と伊藤さん。
伊藤さんが広いがらんどうの空間をもつ、大きなワンルームの家にしたのには理由がある。それは「どうとでもできる自由さ」と「建物に縛られない生活」を実現したかったからだという。
伊藤さんは「建物が生きる時間は今だけでなく、未来へ続いています。やがて、家族の生活や構成も変わることでしょう。いつか住居は別なところに構え、ここを私の事務所にすることや、店舗として使うことだってあるかもしれません」と語る。
「子ども部屋が必要な時期もそれほど長くありません。それであれば、必要なときに必要な部屋をつくれる自由度の高さを実現したいと思ったのです」と伊藤さんが言うように、大広間は、同じ大きさで間仕切り、6人家族それぞれの個室をつくれるようになっているという。
この家は、まさに「融通無碍」な空間なのだ。
これだけ大きなワンルームだと、冷暖房が気になるかもしれないが、心配ご無用。そのことも伊藤さんはしっかりと考えている。実はこの家は、基礎に断熱を施し、壁と屋根には充填と付加断熱による高気密・高断熱を実現している。そのため、夏は高いところにある1台のエアコンの冷気を降ろし、冬は1階の床下エアコンの暖気を部屋中に回すことで、家中どこにいても同じ熱環境になるよう設計したという。
実際、各所に設けたセンサーで温度・湿度のデータをとっているが、概ね予想通りの結果となっているという。
伊藤さんは、豊富な知識と確かな力量、そして「融通無碍」な発想力で、氾濫リスクという難題を抱えた土地に、開放感あふれ、自由度の高いワンルームの住まいを実現させた。これは、単に自邸だからできたことではない。あなたのどんな複雑な要望も、どれほど困難な条件も、伊藤さんは見事に応えてくれるに違いない。
基本データ
| 作品名 | 南松山の住居 |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県豊橋市 |
| 敷地面積 | 192.85㎡ |
| 延床面積 | 148.8㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子供4人 |
| 予算 | 4000万円台 |
| 施主 | 自邸 |
設計者情報
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