
土地の制約は中庭を抱くことで豊かさに
自然を感じながら暮らす鎌倉・谷戸の住まい
約100㎡の土地は建蔽率40%という難問
中庭を抱く凹型の建物で、豊かな空間に
施主は、KATIS建築設計事務所の石川さん。もともと東京・世田谷区に住んでいた石川さんが鎌倉への移住を決断したのは、お子さんが小学校へ上がるタイミングで、奥様の勤務先にも近い鎌倉での生活を思い描いたから。
「もともと田舎出身だったので、緑の多い環境で暮らしたいという想いがありました」と石川さん。
土地を探し始めた時期はちょうどコロナ禍。テレワークの普及により、都心から郊外へ移住する人が増え、鎌倉の人気はさらに高まっていた。なかなか土地の出物がない状況だったという。
そんな折、不動産会社から紹介されたのが、鎌倉駅から徒歩約20分の谷戸にある一画だった。
「ここなら、津波の心配もないし土砂災害の危険性も低い。不動産屋さんからは、この地域は、新旧の住人が織り交ざる、住みよい地域だと聞きました」と奥様。
こうして、あこがれの鎌倉での家づくりがスタートしたが、この土地に懸念点がなかったわけではない。
それは建蔽率の問題。土地は約100㎡と十分な広さがあるものの、建蔽率が40%。つまり1階の床面積は40㎡に満たない。通常であれば、土地の一方に建物を寄せ、残りを庭や駐車スペースとして確保する配置となるだろう。
「それでは、内部空間の広がりは得られない」そう考えた石川さんは1つのアイデアにたどり着く。それは中庭を設けること。凹型の建物で外部空間を懐に抱きこむというイメージだ。
「以前ヨーロッパで出会った建物が、中庭を抱くような形でとても気持ちが良さそうだったのを思い出したのです」石川さんの記憶が、この土地に最適な解を導いた。
中庭によって、室内の三面には抜けが生まれ、開放感がもたらされる。同時に光を招き入れ、風の通り道にもなる。さらには、この中庭を介して、各ゾーンが有機的に繋がるのだ。
中庭という1つのアイデアで、空間、光、風、動線という複数の要素を同時に解決する。石川さんの建築家としての手腕が、ここに凝縮されている。
この中庭プランを見た奥様も「狭い中で豊かな空間を生むにはこれしかない」と直感したという。
ビル用サッシで叶えた景色のおすそ分け
「この窓が好き」と少女も愛した山と空
谷戸の坂道を登っていくと、茶色いジョリパットで仕上げられた建物が姿を現す。風致地区であるこの場所に相応しい、落ち着きある佇まいだ。
玄関の左には、春に黄色い花を咲かせるアカシア・ブリスベーン、実をつけるジューンベリー、紅葉も楽しめるマルバノキなど、様々な植栽が四季折々の表情をみせてくれる。
右には、将来の駐車スペース。現在は芝を張り子ども達の遊び場として活用されているという。
玄関の上を見上げると、そこには玄関の幅と同じサイズの大きな窓がある。この窓の先には中庭を経由して遠くの山の緑が見通せる。
「ご近所の方々へ景色のおすそ分けです」と石川さんは微笑む。
「近所に住む小学3年生の女の子が『この窓が好き』と言ってくれたことがありました」と奥様。お世辞など言わない子どもが、自らこの窓からの景色が好きだと口にした。それは、心からの気持ちの現れだ。建築家にとって、最上級の賛辞だったことだろう。
玄関扉を開けると、目に飛び込んでくるのが、大きなFIX窓に囲まれた中庭。光が差し込み、抜群の開放感をもたらしている。中央に植えられたもみじも、季節感を与えてくれる存在。訪れた人が「中がこんなに開放的だなんて驚いた」と口にすることもしばしばだという。隣家との境の面は、ルーバーとすることで視線を遮りながらも光や風は通るように工夫されている。
この開放感を実現するため、石川さんはビル用のサッシを採用した。その分コストは上昇するが、それだけの価値はある。全ての部分に高規格なものを採用するのではなく、お金をかけるところと、そうでないところのメリハリをつけコストコントロールできるのも石川さんの手腕だ。
視線を足元に向けると、土間玄関が横方向に伸びる。
「縦横の視線の抜けをつくりました。自転車を置くスペースにもなっています。玄関をスッキリさせたかったので、上り框の中を靴の収納スペースにしました」と石川さん。
「ここで、外で遊んでいた子どもたちが腰掛けて休憩したり、ご近所さんが犬の散歩のついでに立ち寄ってお茶を飲んでいかれたりすることもあるんです」と奥様。この玄関は、図らずも現代の縁側となっているのだ。
1階の右側は、WICと寝室兼石川さんのワークスペース。壁の一部にはネイビーでアクセントをつけた。
左側にはトイレ、洗面所、浴室といった水回りを集中配置。造作カウンターの中に洗濯乾燥機をビルトイン。カウンター上部の開口から、洗濯物やゴミを投入できるようにし、すっきりした空間と使い勝手を実現した。また、ここに洗濯物を干せるようランドリーバーも設置。光がふんだんに入るため、洗濯物も乾きやすいことだろう。
浴室も中庭に面している。実際の入浴時にはロールスクリーンを下しているというが、
中庭のもみじを見ながらのプチ露天風呂気分も楽しめるだろう。
中庭を介した大きなワンルームが育む
自然を感じ、家族の絆も深まる暮らし
天井は、梁や垂木が現しとなり、力強さと木の温もりを感じさせる。そして中庭の上がぽっかりと空いているため、抜け感が素晴らしい。山や空を存分に楽しめる空間だ。
中庭上部は一部がグレーチングとなっており、アウトドアリビングとしても機能する。来客時や季節の良いときなどは、ここにテーブルを出して過ごすこともあるだろう。
右側には、カフェをイメージしたリビングスペースと子ども部屋が連なる。
「張地の色や質感が気に入ったこのソファを入れたくて、出窓の高さや色を合わせました」と石川さんが語るように、ソファの背が出窓とぴったり合わさり、アクセントの壁の色、さらにはエアコンまで同じ色で統一した。
左側には、ダイニングキッチン。
キッチン造作とすることで使い勝手とデザイン性を両立させた。大きな鍋やフライパンも入れられる大型食洗器をビルトインし、キッチンとテーブルのわずかな段差はカトラリーなどを入れるスペースとして有効活用。また、棚やエアコンの目隠しを梁のラインと合わせるなど、生活感を抑えてすっきりみせるという工夫も随所に施されている。
「棚は扉をあえてスライド式にしませんでした。IKEA製品などで同じ機能を持たせながら、奥のデッドスペースに備蓄品などを入れたり、コストも抑えました」と石川さんは語る。
建築家の大きな仕事の1つに、コストコントロールがある。限られた予算の中で、施主の望みをどう実現するか。もちろんただ予算内に収めれば良いのではない。利便性やデザイン性も確保しなければならないのだ。石川さんはこの家で、その手腕を見事に発揮したといえるだろう。
この家に入居してから石川さんは、新たな発見があったという。それは、想像していた以上に、自然との関わりが深くなったということだ。
差し込む光は、時間や季節によって変わり、それが生み出す陰影、ガラスに反射する像も刻々と表情を変える。夏の夜には、光に導かれた昆虫がガラスに止まっていることもあるという。
「リスがいたり、朝うぐいすの鳴き声が聞こえてきたりして、とても心地良いです」と石川さん。
緑に囲まれた自然豊かな暮らしがここにある。
石川さんはこの自然との関わりと同時に、家族の絆も実現した。この家は、1階も2階も1つの大きなワンルームとして機能している。中庭を介して、家族がどのゾーンにいてもその存在が感じられる。いくつもの居場所がありながらも、ゆるやかに家族の存在を感じられる住まいだ。
石川さんは建蔽率40%という難問を、中庭という解を導きだし、豊かな暮らしを実現してみせた。石川さんは、これからも様々な難問に対し、それを解決するアイデアと工夫で、施主の望みを叶え、豊かな暮らしを生む家をつくり続けることだろう。
撮影:矢野紀行写真事務所
基本データ
| 作品名 | Limpido |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県鎌倉市 |
| 敷地面積 | 97.42㎡ |
| 延床面積 | 77.68㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども1人 |
| 予算 | 4000万円台 |
設計者情報
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