
ボリュームと出窓が生んだ革新デザイン
空間も心も繋ぐ賃貸併用住宅
知人を介した依頼は「賃貸併用住宅」
豊富な実績と高いセンスで期待に応える
この印象的な建物は、Tさん親子の住む2世帯住宅と2戸の賃貸住戸が一体となった賃貸併用住宅。設計を手掛けたのは、住宅を中心に幅広いジャンルの建築に携わり、その高いデザイン性と機能性でいくつもの賞を受賞している建築家、河野有悟さんだ。
河野さんがこの仕事に関わるきっかけは、Tさんのことを良く知る知人からの紹介だったという。
「直接のご依頼も含め、様々なチャンネルからのお仕事のご依頼がありますが、知人から『家づくりや土地活用で困っている人がいるが、相談にのってあげてくれないか?』と、ご紹介をいただく形も多いです」と河野さん。
この紹介をしてくれる人たちは、不動産会社や工務店といった家づくりのプロばかりではない。それでも河野さんの手掛けた住宅の素晴らしさや、施主の満足度を知っていて「いい建築家さん知ってるよ」的に繋げてくれるのだ。河野さんは「つい紹介したくなる建築家」といえるだろう。
こうして出会ったTさんと河野さん。Tさんの悩みとは、元アパートだった土地に自邸を建てることと、余剰地の有効活用。父子2人が住む住宅だけを建てるのには広すぎるため、将来の相続対策や収入確保で賃貸住宅も建てることを検討していたという。
実は、住宅を多く手掛ける建築家の中でも、賃貸併用住宅を手掛けられる建築家は極めて少ない。戸建て住宅であれば施主の要望に応えることに集中すればよい。しかし賃貸併用住宅では、入居者のニーズも満たし、周辺の家賃相場やトレンドを掴みいかに収益を確保するかという経済的な思考が求められる。さらには賃貸部分とオーナー住戸との関係性まで考慮しなければならない。こういった多岐に渡る緻密な計算を行うには、多くの経験と実績、そして高いセンスを必要とするのだ。
「建て替えをお考えのお客様から、『これまで広い土地にゆとりをもって建てていたが、新居は賃貸併用住宅としたい』といったお話をいただくことも多いのです」と河野さんが語るように、これまでのキャリアで、さまざまなケースの賃貸併用住宅も手掛けてきた実績がある。なかには相続を前提としたり、賃貸収入をローン返済に充てたりするような計画もあった。だからこそTさんのケースでも、その豊富な経験と実力が存分に発揮されることとなった。
「対話とプロセス」を通じ
「ここに住みたい!」と選ばれる物件を提案
河野さんの家づくりの肝は「対話とプロセス」を大事にすること。施主とのコミュニケーションといった対話を重ね、アイデアを出し合ったり思考を整理したりしていく。また、家づくりの過程、プロセスも施主と共に進めていく。そして対話の中から1つの答えを導き出す。こうすることで、当事者意識をもって「共に家づくり」を行っていくのだ。
たとえばT邸においては、まずは土地の使い方・建物の構成について検討する。土地をどう割る?1つの大きな建物でいくのか、オーナー邸と賃貸住戸の2分棟か、はたまたオーナー住宅以外に2つの戸建ての3棟とするのか?そしてそれぞれメリット・デメリットを挙げ説明するのだという。たとえば、将来一部を売却することを想定するならば、分棟型のほうがメリットは大きい。一方、売却の可能性が大きくないのであれば、1つの建物とするほうが、コスト面での有利さもあり、法規制、確認申請などの手間も省けるメリットが大きいなど、1つひとつ丁寧に検討していくのだ。
こうした「対話とプロセス」を通じ、至った答えが、将来、建物の権利を分割することも視野に入れた1つの賃貸併用住宅とするというもの。可変性を持たせた住宅だ。
これを踏まえ河野さんが提案したのが、中庭を抱くコの字の建物だ。左側が2世帯住宅になっているオーナー住戸、右サイドが賃貸住戸となっている。
外観は、大きなボリューム(箱)がいくつも繋がり、それぞれに大小様々な四角い窓が配置されている。あるものは大胆に飛び出したり、わずかに顔を覗かせたり、別のものは奥ゆかしく引っ込むものもある。これらの窓が単調になりがちな外観にリズムと豊かな表情を与えている。
内部はというと、左のオーナー住戸は、1階はお父さんのゾーン、2階がTさんのゾーン。玄関やバスルームは共有するものの、トイレやキッチンはそれぞれ設けた。
右の2部屋の賃貸住戸は、一般的には、上下で分けるか前後で分けるかするところを、どちらの住戸にも、1階・2階や南に面した場所がある、メゾネットとした。
この建物のコンセプトは、CO-CONNECT(相互に繋がる)。繋がりにはいくつもの意味がある。各部屋が1つのボリュームとなっていて、そのボリュームが繋がることで1つの住戸となっている。また、オーナー住戸と賃貸住戸が建物の一部で繋がり、中庭を挟むことで程よい距離感で繋がっている。物理面、精神面の両方で繋がりがある家なのだ。
「T様は、他社からは出てこないようなプランを期待されていたようでした。私のプランをご覧いただき、可能性を感じ楽しんでいただけたようでした」と河野さんが語るように、ここにしかない唯一性のあるプランが採用された。
高低差を利用したスキップフロア
出窓を機能拡張し使い方を広げる
オーナー住戸の玄関は、敷地左側に。あえて中庭側にしないことで、賃貸住戸と対面しないよう配慮した。
各所に設けられた窓も、南からの光は取り込むけれど、お互いの住戸が視界に入ることはないような絶妙な配置。程よい距離感に繋がっている。
賃貸住戸は、前述のとおりAとB2つの住戸スペース、それぞれに、南の道路に面した部分も、北側の奥まった部分ももち、占用スペースがクロスするような複雑な構造だ。
例えば、A住戸では、玄関を入ってすぐにあるのが、道路に面して大きなガラスの扉をもつ部屋。店舗や事務所ガレージとして利用可能だ。この部屋から階段を上った先にあるのが、LDKや水回り、寝室などがあるいわばプライベート空間。
一方B住戸では、玄関を入ってすぐに数段の階段を上り、LDKへ。その先には1つ目の個室と水回りがある。キッチンを回り込むように階段を上るとそこにはもう1つの個室が。2階がプライベートゾーンといったところだろうか。
この数段の階段を上るというのが1つ目のポイント。実はこの土地は南の道路が低く、北に行くにつれて少し高くなっていた土地。一般的には、土留めをして掘り下げるか、盛り土で敷地全体の高さを均一にする。しかし河野さんは、あえてこの高低差を、スキップフロアという手法で解消してみせた。その分コストも抑えられるし、縦方向の広がりも出せる、一石二鳥の案。
内部の壁は、1つのボリューム(部屋)毎に、白とグレーのゾーンに分けられている。グレーから白へ、白からグレーへと移動することで、より空間の奥行きを感じることができる。
そのボリュームに繋がる出窓は全室に南からの陽光を導いているが、単なる光を採り込む装置ではない。たとえば、ベンチの機能を持たせたり、カウンターだったり、ワークスペースだったり。さらに、大きくせり出させた窓はベッドコーナーにも。出窓という少しの空間拡張が、使い方を無限に広げたのだ。河野さんの発想力には驚かされる。
こうして完成した賃貸住戸は、募集開始後即入居者が決定。内覧すら行わずに決めた人もいたのだとか。その後も空室が出ずに維持できているという。
こういった、デザイン性を兼ね備えた物件は「ここだから住みたい!」という人も多く、家賃競争になりにくい。長く住み続ける人も多く、空室になってもすぐに次の人が決まるのだ。
河野さんは、見事にTさんの期待に応えてみせた。
そして、いくつかのおまけもついた。
それは、この物件がグッドデザイン賞や住まいの環境デザインアワードを受賞したり、メディアでも多く取り上げられたりしたという。
自分の家が賞を受賞したなんて嬉しいことだろう。また、入居者にとっても誇らしい気持ちになるに違いない。
河野さんは、対話とプロセスを通じ、施主やその土地にぴったりな、唯一無二の建物を生み出す匠だ。きっと期待通り、いや期待以上の家を生み出してくれる。そして賞を獲得するといったおまけすら期待させてくれる建築家だ。
撮影:大沢誠一
基本データ
| 作品名 | CO-CONNECT |
|---|---|
| 所在地 | 東京都 世田谷区 |
| 敷地面積 | 195.14㎡ |
| 延床面積 | 214.27㎡ |
| 施主 | T様 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

狭小地でも明るく広々。 木のぬくもりに包まれるカフェ風リビング
コンパクトな敷地で「広く感じられる家」をつくった建築家の吉田祐介さん。狭小地だからと安易に3階建てにせず、施主さまが好きなもの・好きなことを第一に考えたプランとは? 吉田さん独自の感性が光る、住む人の好みやライフスタイルを反映した家づくりを見てみよう。

市街化調整区域にある高低差1.4mの変形敷地 土地の制約を特徴として捉え、活かした邸宅
三重県員弁郡のとても制約が多い土地に、個性的な邸宅が誕生した。この土地は市街化調整区域にあり、土地の中に四日市市と員弁郡の行政境界がある。さらに高低差が1.4mもある傾斜地で、変形敷地となっていた。多くの制約を克服して生み出された、この作品をご紹介しよう。土地に制約がある方の参考になれば幸いだ。

全ての居住空間から中庭を望む! 住宅密集地で叶えた開放感溢れる住まい
広い中庭を中心として、どの部屋からも中庭を望むことができるF邸。外の視線が全く気にならない開放的な住まいだが、実はこの家が建っているのは、住宅に囲まれた住宅密集地である。周囲からの視線が多い環境をいかにして打開し、理想の住まいをつくりあげたのか。今回設計を担当したmizuiro architects一級建築士事務所の葛西瑞樹さんにお話を伺った。

居場所を見つけるのが楽しくなる 心地よさが詰まった自然体の住まい
建築家の熊澤安子さんの自宅兼アトリエは、光や緑が自然に溶け込んでくるような心地よい空間。しかも、単に自然を感じられるのではなく、気持ちよく落ち着ける穏やかな品がある。日本人が本能的に「幸せ」と思える居場所を数多くつくり出す、熊澤さんならではの設計のルーツとは?

土間やテラス、自然と徹底調和。客も長居する居心地作りに納得!
四季折々の木々や草花などの大自然を味わえる「国営武蔵丘陵森林公園」に三方を囲まれた里山に、佇むように居を構えているMさん邸。豊かな自然の恵みを存分に活かした住まいは、「第2回 埼玉県環境住宅賞」の最優秀賞を受賞しました。

眺望を味わい尽くす、没入感ある大開口。 構造体を外へ出したシンプルかつ豊かな家
絶景に魅了され、崖の脇の土地を購入されたお施主さま。建築家の中野さんは安全を確保しながら景色を楽しめる家にしようと考えた。また、家具をたくさんお持ちで、魅力的に見せたいというご要望もあり、スキップフロアを採用した開放的な空間をつくり上げた。それを実現したのは「構造体のアウトソーシング」だ。

「ただいま」が楽しくなる! 3つの屋根で包み込む家
お子さんとのコミュニケーションを大切に「ワクワクできる家」をイメージしていたTさんご家族。依頼を受けた建築家の古市さんは、3つの屋根からなる個性的な『包みこむ家』を提案。カーブを効かせた続き間のキッチンダイニングを1階につくり上げた。『包み込む』意図と、そこにある『ワクワク』とは?

旗竿地を強みに。RC造で叶えた住みやすさ 住居と仕事場を併設する家
自宅を新築するため、購入したのは住宅街の中の旗竿地。かねてからRC造で建てることを決めていたお施主さまは、RC造の経験豊富でデザインにも妥協なく家づくりをする建築家の鈴木さんに設計を依頼した。自宅に仕事場を備えた、新しいライフスタイルの住宅は、旗竿地を強みに変え、暮らしやすく整えられている。

狭小地で8つの豊かな住空間。 開放感と快適さを生む「踊り場」の活かし方
敷地は約13坪。しかし、一見、2階建てに見えるこの住宅の内部には8つの層に分かれた住空間があり、青空と緑の爽快な眺めも楽しめる。コンパクトな敷地でここまで豊かな住まいをつくることができたのはなぜなのか? 設計を担当した松浦荘太さんの、空間を自由に操るマジックを紹介しよう。

