部屋数を抑え、吹抜けで豊かな居心地を創出。
肩肘張らない大人の2人暮らしを楽しむ家

建築家の齋藤文子さんが建築大工のご主人と暮らす『徳丸の家』は、齋藤さんが設計・ご主人が棟梁となって施工した自邸兼アトリエだ。限られた敷地を上手に活かした自邸部分は、気持ちのよい開放空間。大人の2人暮らしにふさわしい上質な魅力にあふれている。

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建築家×建築大工の夫妻が建てた
大人の2人暮らしにちょうどいい家

緑あふれる広大な公園に程近い、東京都内の住宅街。ここに、3110ARCHITECTS一級建築士事務所の代表・齋藤文子さんの自邸兼アトリエ『徳丸の家』が立つ。

齋藤さんは、建築大工のご主人と2人暮らし。建築家×建築大工という建築のプロの夫妻は、どんな家を建てたのだろうか?

齋藤さんがこれまでに設計してきた住宅は、いわゆる豪邸から狭小住宅まで幅広い。しかし全てに共通しているのが、住まう人の生活を細やかにイメージした暮らしやすさと、肩の凝らないナチュラルモダンなデザインだ。

『徳丸の家』も、洗練されているのに自然で居心地がいい住宅だ。強すぎる自己主張がなく、妙な緊張感を強いられずにくつろげる。かといって凡庸さも一切なく、建築としての美しさや素材のホンモノ感を堪能できる豊かさもある。

これらの魅力は、齋藤さんのバランス感覚やセンスのよさ、多くの住宅を見てきた2人の審美眼によるところが大きいだろう。加えて、仕事もプライベートも充実期にある大人のご夫妻が建てたことも影響しているように思えてならない。

そう、『徳丸の家』は「大人の2人暮らし」にちょうどいい家なのだ。そんな風に感じられる理由を詳しくご紹介していきたい。
  • 外階段を木製格子で覆ったモダンな外観。南(道路側)と東の2カ所にある大きな窓は吹抜けのリビングの窓

    外階段を木製格子で覆ったモダンな外観。南(道路側)と東の2カ所にある大きな窓は吹抜けのリビングの窓

  • 自邸玄関へ続く外階段は木製格子で覆われ、抜群のプライベート感。アプローチの先にはアトリエがある

    自邸玄関へ続く外階段は木製格子で覆われ、抜群のプライベート感。アプローチの先にはアトリエがある

部屋数は最低限、素材は本物志向。
光や空を感じる吹抜けの大空間

落ち着いた住宅街の道路を歩いていると、木製格子があしらわれたモダンな住宅が見えてくる。『徳丸の家』だ。

齋藤さんのアトリエを横目に外階段をのぼっていくと、自邸のウッドデッキが見えてきた。階段をのぼりきると、ウッドデッキとひと続きのゆったりとした玄関ポーチ。階段まわりやウッドデッキには鉢植え植物が置かれ、外階段から玄関へ向かう道筋が、植栽に彩られたアプローチのように感じられる。

ちなみに外階段や玄関まわりは道路から見えていた木製格子ですっぽりと覆われており、プライベート感たっぷり。来客は、外階段をのぼり始めた途端に別世界へ足を踏み入れた気分になる。

邸内に入ると、天井の高い吹抜けのLDK。このLDKはダイニング、リビングのベンチ、ソファ、ちょっと腰掛けられるリビング内階段など、居心地の異なる居場所が豊富。中でも、ダイニングとリビングの「全く異なる居心地」は注目に値する。

広いキッチンとダイニングは天井高を抑えてあるのに対し、吹抜けのリビングは天井高が約4mの開放空間。壁2面の上下に大きな窓があり、障子やプリーツスクリーンを開ければ爽やかな空が見える。

そのせいか天井の低いダイニングにいると、隣のリビングが青空の下の公園で、ダイニングは休憩スペースのパーゴラのように思えてくる。室内にいるのに、外の落ち着く場所でくつろいでいるような、不思議な心地よさを味わえるのだ。

逆に、天井の高いリビングは体感が実にのびやか。大きな窓を介して外の光や景色を間近に感じ、とても気持ちがいい。

コントラストの効いた豊かな居心地を楽しめる住まいだが、間取りはいたってシンプルだ。自邸部分は、水まわりを除くとこのLDKと寝室だけである。

「大人2人ですし、夫も私も料理が好きでキッチンまわりにいることが多くて。だから部屋数は必要最低限でいいよね、という話になりました」と齋藤さん。収納も「2人ともモノが少ないので」と、寝室の隣にウォークインクローゼットを設けたくらいだ。

メインの生活スペースはLDKだけということになるが、先述のようにこの家のLDKは居場所が多く、つかず離れずの距離感・一体感が成立するバランスのよさがある。

また、壁は漆喰、床はオーク、壁の一部はウォールナットと、本物志向の素材の質感が空間をランクアップ。造作したキッチンや構造を見せた現しの天井も既製品や新建材にはない味わいがあり、建築としてのクオリティの高さが「上質な空間にいる」という満足感をもたらしてくれる。

年齢を重ねた今だから、自分たちの暮らしに本当に必要なものがよくわかる。たくさんの住宅をつくってきたプロだから、上質なものがわかるし間取りもモノも欲張らない。2人の思想が投影されたこの家は、シンプルでナチュラルな「大人の2人暮らし」のお手本のような住まいといえるだろう。
  • 外階段の上はウッドデッキと玄関ポーチ。階段からここまでの道筋が、道路からのアプローチ的な役割を果たす

    外階段の上はウッドデッキと玄関ポーチ。階段からここまでの道筋が、道路からのアプローチ的な役割を果たす

  • LDKは天井高が最大で約4mのおおらかな吹抜け空間。キッチン・ダイニングの上にはロフトがある。リビング内階段は浮遊感のある片持ちで、「大人2人だから」と手すりも最小限。究極にシンプルでカッコよく、空間の素敵なアクセントになっている

    LDKは天井高が最大で約4mのおおらかな吹抜け空間。キッチン・ダイニングの上にはロフトがある。リビング内階段は浮遊感のある片持ちで、「大人2人だから」と手すりも最小限。究極にシンプルでカッコよく、空間の素敵なアクセントになっている

  • ダイニングからリビング(写真奥)を見る。リビングのベンチは造作、ベンチに置いて使うソファクッションは特注のオリジナル。クッションは移動もでき、来客時などは動かしてフレキシブルに使える

    ダイニングからリビング(写真奥)を見る。リビングのベンチは造作、ベンチに置いて使うソファクッションは特注のオリジナル。クッションは移動もでき、来客時などは動かしてフレキシブルに使える

  • 吹抜けの開放感、外のウッドデッキとつながる横の開放感の相乗効果で、実際の床面積以上に広く感じられる

    吹抜けの開放感、外のウッドデッキとつながる横の開放感の相乗効果で、実際の床面積以上に広く感じられる

空間を広く感じる仕掛けが豊富。
建築のプロがつくった「普遍的な心地よさ」

『徳丸の家』は、大人の2人暮らしにフィットするとても居心地のよい住まいだ。同時に、友人たちと楽しい時間を過ごせるパーティールーム的な魅力もある。くつろぎスポットが豊富なこともその理由だが、大前提として、大人数でもゆったり過ごせそうな空間のおおらかさ、開放感がすごいのだ。

ところが、『徳丸の家』の敷地は約20坪と比較的コンパクト。数字的には決して広いとはいえない。

なのになぜ、これほどまでに開放的でのびやかなのか。それこそが、齋藤さんの設計テクニックの賜物だ。

例えば、家の中に空があるかのように思える大きなハイサイド窓やダイナミックな吹抜けで、上へ抜ける開放感を創出。掃き出し窓の先のウッドデッキは外とつながる横の広がりを強調し、その先の木製格子は室内空間が外まで延びているような感覚を生む。齋藤さんが仕掛けたこれらの工夫で、実際の床面積以上に広く感じられるのである。

『徳丸の家』は建築家の齋藤さんと建築大工のご主人が、自分たちのために思い通りにつくった住宅だ。だが実際に伺うと、「幅広い人に好まれそう」という印象を抱く。空間構成が素直で懐が深いうえ、建築の仕様にも、年月の経過とともに味わいを増す自然素材の風合いにも、にじみ出る質のよさがあるからだ。

それはおそらくこの家が、多くの住宅建築を手がけた末に、2人が出した答えだからなのだろう。

型破りな空間やデザインはないけれど、最大公約数の人が「心地よい」「住みたい」と思える──。『徳丸の家』には、そんな普遍的な魅力が詰まっている。
  • 現し天井は建築大工のご主人の腕の見せどころ。異なる方向から上がって合わさる垂木の造形美が印象的

    現し天井は建築大工のご主人の腕の見せどころ。異なる方向から上がって合わさる垂木の造形美が印象的

  • キッチン、ダイニング。キッチンは齋藤さんが設計し、ご主人がつくったオリジナル。2人とも料理が好きで、大切な居場所としてゆったり居心地のよいスペースに仕上げている。齋藤さんはオリジナルの家具や水まわりの設計も得意。規格素材を上手に使い、コストも抑えてくれる

    キッチン、ダイニング。キッチンは齋藤さんが設計し、ご主人がつくったオリジナル。2人とも料理が好きで、大切な居場所としてゆったり居心地のよいスペースに仕上げている。齋藤さんはオリジナルの家具や水まわりの設計も得意。規格素材を上手に使い、コストも抑えてくれる

  • 齋藤さんのアトリエ。窓の外にはウッドフェンスで囲った小さな庭があり、緑に包まれて気持ちよく仕事ができる

    齋藤さんのアトリエ。窓の外にはウッドフェンスで囲った小さな庭があり、緑に包まれて気持ちよく仕事ができる

撮影:新澤一平

基本データ

作品名
徳丸の家
施主
M邸
所在地
東京都板橋区
家族構成
夫婦
敷地面積
64.68㎡
延床面積
74.66㎡
予 算
2000万円台