抜群の景色を愉しみ、手を入れながら暮らす
日本人の心に馴染む現代の古民家

憧れていた建築家と奇跡的な出会いをした施主のYさんご夫妻。建築家の礒さんは、その期待に応え、土地のもつ抜群の眺望、施主自らが手を入れられる余白と、長く愛される普遍性をもつ、現代の古民家を実現した。

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出会いは偶然?運命?
憧れの建築家に設計を依頼

施主のYさんご夫妻と礒さんとの出会いは、偶然ではあるものの、それは神が引き合わせたかのように運命的なものだったという。

礒さんは日頃、施主から直接設計を依頼される案件だけでなく、懇意にしている工務店から仕事を依頼され、設計を請け負うこともあるという。それは、土地の形状や顧客のリクエストなどの諸条件をまとめ、その土地にあった最適な提案を得意とする、礒さんの高い設計能力を頼っての依頼。いわば、礒さんはプロからも頼りにされる建築家なのだ。

Yさんご夫妻も「お客様の要望が、礒さんのテイストにマッチしそうだから、どうでしょう?」と、工務店に紹介されたお客さんだった。

そうして会うこととなったYさんご夫妻と礒さん。名刺交換を終えたとき、「あっ!…実は私、礒さんのことを知っています」「Nさんのお家を設計されていますよね?」とYさん。

Nさんとは、以前礒さんが手掛けた住宅のお施主さん。実はYさんとNさんは友人関係で、N邸の図面と写真を見たときに、「お家がとても素敵で、自分もこんな家にしたい」と思っていたのだそう。

その後、Nさんに聞いた建築家である礒さんについて調べ、自邸を建てる際に礒さんにアタックすることも考えたが、「まずは」と、工務店に話を持っていったところ、担当の建築家として登場したのが礒さんだったのだという。

Yさんご夫妻、礒さん、工務店、皆この偶然かつ運命的な出会いに驚いた。そしてYさんご夫妻にとっては、憧れの建築家との出会いは、僥倖だったに違いない。
こうしてY邸のプロジェクトは始まった。
  • 杉板張りの外壁。経年によって色味や風合いが変わっていくのも楽しい。手前のフェンスはYさんご夫妻のDIYによるもの

    杉板張りの外壁。経年によって色味や風合いが変わっていくのも楽しい。手前のフェンスはYさんご夫妻のDIYによるもの

  • 玄関からひと続きになっている土間空間。1階のどこにいても景色を楽しめる

    玄関からひと続きになっている土間空間。1階のどこにいても景色を楽しめる

抜群の眺望を活かし、
自らの手でDIYしながら家を育てる

Yさんご夫妻の要望は大きく2つ。
1つはこの土地の抜群の眺望を活かすこと。Y邸は高台のてっぺんにあり、眼前の家とは高低差があるため、抜け感のある景色が広がる。遠くには丹沢や多摩丘陵を望み、夜になると周囲の家々に明かりが灯り、住宅街の夜景も楽しめるのだ。そんな眺望を愉しみながら、のんびりとお酒を飲むひとときを過ごしたいというのが2人の願いだった。

もう1つは、自分たちで手を入れられる家にしたいということ。「棚や収納は自作したい」「DIYを楽しめる部屋がほしい」という要望だった。いわば、「家を買う」というのではなく、「自ら育てていく家を、一緒に産み出してほしい」という依頼だったのだ。

では、この要望に礒さんはどう応えていったのだろう。

この家の最大の特徴ともいえるのが、1階全体がコンクリートの土間の大空間となっていること。洗面所などの水回りこそ壁で囲まれているものの、それ以外の部屋を設けずワンルームとなっている。コンクリートの土間は、室内だけではない。玄関前のポーチから庭のテラスまで、シームレスに土間が続いているのだ。そのため、玄関の扉を開けると、視線の先には抜群の景色が広がる。

一般的な家とはかけ離れた設計に、工事中ご近所の人が「カフェか何かができるんですか?」と問うてきたこともあるのだという。

しかし、部屋で空間を小分けにせず土間の大空間とすることは、Yさんご夫妻にとっては大きなメリットがあった。DIYをするにも、部屋が狭いと取り回しが悪い。また土間であれば、木屑などが出てもサッと箒で掃出せばいいのだ。Y邸のリビングダイニングは、作業場・アトリエでもあるのだ。

しかし、こんなに広い土間スペース、夏は涼しそうだが、冬の寒さが心配。しかし礒さんは抜かりない。現代のテクノロジーで、快適性もしっかり実現している。実はこの家、基礎スラブの下に地中蓄熱式輻射床暖房が設置されている。冬場はそれを稼働させることで床下をじんわりと温め、家全体を一定の温度に保つのだという。

「冬でも土間を裸足で歩くことができます。エアコンと違い空気が乾燥しないので、奥様が『冬場の肌荒れが治った』と仰っていました」と礒さん。
  • LDKは、作業場でもありアトリエでもある多目的空間。キッチンは、DIYとの相性を考え、ホームセンターでも入手しやすいラーチ合板を採用

    LDKは、作業場でもありアトリエでもある多目的空間。キッチンは、DIYとの相性を考え、ホームセンターでも入手しやすいラーチ合板を採用

  • リビングとテラスはシームレスにつながる。軒を長く張り出させて、日差しや雨を適度に遮る

    リビングとテラスはシームレスにつながる。軒を長く張り出させて、日差しや雨を適度に遮る

  • 夕景の眺望。暗くなり住宅に明かりが灯ると夜景も楽しめる

    夕景の眺望。暗くなり住宅に明かりが灯ると夜景も楽しめる

  • 洗面所の扉は、古民家で使われていた無双窓つきで、通風や採光を実現。礒さんも一緒にアンティークショップを巡ったのだという

    洗面所の扉は、古民家で使われていた無双窓つきで、通風や採光を実現。礒さんも一緒にアンティークショップを巡ったのだという

背景になる空間で余白を残す
愛を感じられる仕事を

2階の印象は、1階とは対照的だ。1階がコンクリートの土間であるのに対し、2階はゴロゴロできる畳の空間。

「開放的な1階に対し、2階は籠もるような空間としました」と礒さん。

当初お二人は、「平屋にしたい」とおっしゃっていたが、敷地状況とご要望を照らし合わせると平屋は厳しく、2階にせざるを得なかったという。それでも礒さんは、平屋にしたいというYさんの気持ちを大切にしたかった。それで考えついたのが、総二階にするのではなく、小屋裏の雰囲気のある空間にすること。

天井を現しにして、あえて構造材を見せた。棟木から伸びる垂木の連なりが美しい。人間においては、背骨から伸びる肋骨が内臓を守っているように、この家に守られているかのようにすら感じる。古くから日本家屋で用いられているこの構造は、私達日本人に、自然と安心感や居心地の良さをもたらす。寝室という安らぎの場に相応しい構造といえるだろう。

礒さんはこのY邸において、土間や天井の現し、小屋裏空間といった日本の古民家の要素を巧みに取り入れた。しかし、それは昔をそのままにではなく、現代の建築として両立させている。いわば、現代の古民家を実現したのだ。

礒さんは設計をする際「そこに愛はあるのか?」と自問自答するのだという。その愛の矛先は、施主に対するものだけでなく、家を実際に建てる大工さんを始めとした施工者、そしてプランやディテール、素材など家そのものにも及ぶ。

この家においても、壁の珪藻土をYさんと一緒に塗ったり、洗面室の扉を選ぶ際は、アンティークショップに同行したりと、Yさんと同じ目線で家づくりを愉しんだ。建物においてもそう。礒さんが「あえて余白を残した」と語るように、DIY好きのYさんご夫妻が手を入れられるように、あえて作り込み過ぎず、暮らしの背景になる空間を意識したのだという。そうすることで、Yさんご夫妻がこの家を育てる愉しみが生まれ、長い年月愛される家になっていくのだ。

「フレキシブルで包容力がある空間なので、家でなくても成立します。なので、Yさんの定年後はこの家でカフェを開いて欲しいなと密かに思っています」と礒さんは笑う。

礒さんは、これからもどこか懐かしく、私達の心にしっくり来る、それでいて現代の利便性や快適性を兼ね備えた家をつくり続けてくれるだろう。



協働:前田工務店
  • 切妻屋根の天井は現しに。垂木の連なりが美しく、包まれるような雰囲気に

    切妻屋根の天井は現しに。垂木の連なりが美しく、包まれるような雰囲気に

  • 2階には収納も設け、利便性にも配慮。一部が吹き抜けとなっており、1階とゆるやかにつながる

    2階には収納も設け、利便性にも配慮。一部が吹き抜けとなっており、1階とゆるやかにつながる

  • 夜になると室内の明かりが外に漏れ、家全体が行灯のような落ち着いた雰囲気に

    夜になると室内の明かりが外に漏れ、家全体が行灯のような落ち着いた雰囲気に

  • 高台のてっぺんに建つY邸(写真上部中央)

    高台のてっぺんに建つY邸(写真上部中央)

撮影:西川公朗

基本データ

作品名
柿生の家
施主
Y邸
所在地
神奈川県川崎市
家族構成
夫婦
敷地面積
146.43㎡
延床面積
72.87㎡