制約があっても、“あたりまえをあきらめない”
設計の力で、あたりまえを実現した邸宅

予算との兼ね合いもあり、何らかの制約がある土地に家を建てる場合、優先順位の低い項目を妥協せざるを得ないことがある。今回ご紹介する邸宅も、土地にいくつかの制約があった。しかし、考え抜かれた設計によってその制約は克服され、妥協のない快適な家が誕生した。制約のある土地を設計の力で乗り越える、好例としてご紹介したい。

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制約がある狭小の土地でも、
家族4人で快適に暮らしたい

大阪府豊中市に建てられた『刀根山の家』は、竹本卓也建築研究所の竹本卓也さんの自邸である。

お子様が小学校に進学する時期を見据えて、土地探しからのスタート。約半年をかけて、周辺環境や駅からの距離、予算などの希望にかなう土地と出会うことができた。

しかし、その土地にはいくつかの制約があった。

・23.2坪の狭小地
・東西に細長い土地形状
・北側からの高度斜線の制限
・東側隣地と1.4mの高低差

特に問題となったのは、高度斜線の制限だ。

高度斜線の制限により、標準的な階高設定では2階の天井高を確保できない。ただでさえ狭小地であるのに、一般的な設計手法では生活に必要なスペースを十分に確保することが難しい。
このような間口や建坪、斜線の制限のある土地にあっても、過不足のない家を設計の力で実現したのが “刀根山の家” である。

竹本さんは、こう語る。
「狭小地だからという理由で、水回りや収納など、何かをあきらめるというケースが往々にしてあります。確かに“普通”の設計をした場合、優先順位をつけて妥協することも必要です。しかし、設計の力で解決できることはたくさんあります。あきらめがちなものを、すぐさまあきらめる必要はないのです」。

その言葉の通り、竹本さんがこの家を設計するときに意識したことは、狭小地であっても家族4人が快適に過ごすことができる、できるようにするということでした。

竹本さんは、こう続ける。
「当然のことですが、この家で家族は毎日を過ごすことになります。ですので、日々の生活で我慢をしたり、不便を感じたりすることは避けたいですよね。なにも40畳のLDKが欲しいわけではありません。家族4人が“普通”に暮らすことができる家であればいいのです。そこでまず、必要条件を洗い出すことからはじめました」。

たとえば、リビングは8畳くらい、ダイニングと主寝室は6畳くらい欲しい。子ども部屋は2つ必要だし、収納スペースも十分に確保したい。1坪サイズの浴室も欲しいし、並んで料理のできる広さのキッチンも必要だ・・・。

狭小でかつ高さへの制限もある土地で、これだけの条件を満たすことはとても難しいと感じる。その点を竹本さんに聞いてみると、次のように答えてくれた。

「確かに、土地の与条件を考えると難しく思えますよね。しかし、家族4人が生活するスペースとして考えると、ごく標準的なサイズです。狭小地に家を建てる場合にありがちなのは、このあたりまえをすぐさまあきらめてしまうことなのです。私は、制約のある土地でも設計の力で過不足のない家を設計したいと考えています。あたりまえをあきらめない、あたりまえではない家を目指しました」。

あたりまえをあきらめないために、刀根山の家にはどのような工夫が隠されているのか。次章で詳しくご紹介しよう。
  • 正面外観。前面は西日を避けるためにあえて窓を設けず、シャープな表情を見せている

    正面外観。前面は西日を避けるためにあえて窓を設けず、シャープな表情を見せている

  • 駐車場を兼ねたポーチには柱がなく、駐車もスムーズ。木造だが、2.1mの片持ち梁とすることで実現した

    駐車場を兼ねたポーチには柱がなく、駐車もスムーズ。木造だが、2.1mの片持ち梁とすることで実現した

  • リビングから。1段高くなった右奥がキッチン、左奥に1段下がると洗面室や主寝室へと続く

    リビングから。1段高くなった右奥がキッチン、左奥に1段下がると洗面室や主寝室へと続く

  • 主寝室から見た洗面室とリビング。リビングの下はすべて床下収納で、収納高も1.1mあるため、物の出し入れもスムーズ

    主寝室から見た洗面室とリビング。リビングの下はすべて床下収納で、収納高も1.1mあるため、物の出し入れもスムーズ

14のスペースを9つのレイヤーでつなぐ
スキップフロアによって、すべてを実現

結論からお伝えすると、”刀根山の家”は14のスペースを9つのレイヤーでつなぐスキップフロアで構成されている。

最大の課題である天井高を確保するため、通常は地盤面から40cm立ち上げる建物の基礎を10cmに抑えた。

さらに、スキップフロアとすることで気積を最大限に活用した。リビングの下には8畳もある床下収納を確保。収納高も1.1mあり、洗面室からアクセスできるため使い勝手も良い。押入れやクローゼット等も各所に設けられており、十分な収納容量だ。

また、階段室や廊下のない構成とすることで、コンパクトでありながらも住宅として必要な床面積を確保しつつ、開放的な空間を実現している。

他にも、数え切れないほどの工夫が設計に取り入れられている。たとえば2階には内部を仕切る壁や柱がなく、3.6m✕12.4mの無柱空間となっている。トイレや冷蔵庫置き場は、壁を外側に広げることでスペースを確保している・・・。
こうしたアイデアの数々は、技術面で蓄積された知見と経験から生まれたもので、言葉で説明することが難しい。ぜひ写真の説明文をご参照いただきたい。

独創的なアイデアは、どのようにして生まれたのか竹本さんに聞いた。

「私は、設計の力は課題を解決するためにあると思っています。たとえば、冷蔵庫置き場の奥行きが足らず、カップボードよりも飛び出ていたとします。毎日使う場所なのに、料理の動作や冷蔵庫の開閉で不便な思いをすることは避けたいですよね。そうであれば、その部分の壁を外側に出すのも解決策のひとつだと思います。一般的な方法ではないですが、強度もコストの面でも大きな差はありません」。

「一方で、ワンオフの設計がすべてだと言うつもりもありません。一般的な設計で問題がないのに、わざわざ特殊な設計をする必要はないと私は思っています。一般解では解決できない課題については、特殊解で解決する。クライアントが何を、どの程度のクオリティーで求めているかを正確に把握し、予算に応じて提案をする。それが私のポリシーです」。

決して奇抜な設計をしたいわけではなく、課題解決のために設計の力が必要であれば、豊富なアイデアと知識で応える。竹本さんの誠実な設計への考え方は、制約に悩む多くの施主にとって、救いとなるのではないだろうか。
  • 明るいリビング。段差部分のスリットから上階の子ども部屋の様子を伺うことができる

    明るいリビング。段差部分のスリットから上階の子ども部屋の様子を伺うことができる

  • 土地の狭さを感じさせない、広々としたリビングと2階の様子。トップライトやハイサイドライトからの光でとても明るい

    土地の狭さを感じさせない、広々としたリビングと2階の様子。トップライトやハイサイドライトからの光でとても明るい

  • ダイニングから見たキッチンと畳スペース。段差部分にはアクリル板がはめ込まれたスリットがあり、階下の部屋とのつながりを感じられる

    ダイニングから見たキッチンと畳スペース。段差部分にはアクリル板がはめ込まれたスリットがあり、階下の部屋とのつながりを感じられる

  • ダイニングとキッチン。カップボードは一般的なサイズよりも長く、ベンチも兼ねている。冷蔵庫とカップボードの奥行きが揃わないため、冷蔵庫置き場の壁を外側に出すことでスペースを確保した

    ダイニングとキッチン。カップボードは一般的なサイズよりも長く、ベンチも兼ねている。冷蔵庫とカップボードの奥行きが揃わないため、冷蔵庫置き場の壁を外側に出すことでスペースを確保した

  • 子ども部屋から見たフリースペース。三角形のハイサイドライトは、朝日を取り入れるために設けられている。その他にも大小様々な窓が散りばめられており、日中は照明が不要なほど明るい

    子ども部屋から見たフリースペース。三角形のハイサイドライトは、朝日を取り入れるために設けられている。その他にも大小様々な窓が散りばめられており、日中は照明が不要なほど明るい

撮影:笹の倉舎 笹倉 洋平

間取り図

  • レイアウト

  • 1.0F間取り図

  • 1.5F間取り図

  • 2.0F間取り図

  • 2.5F間取り図

基本データ

作品名
刀根山の家
所在地
大阪府豊中市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
76.72㎡
延床面積
80.57㎡
予 算
3000万円台