住みつつ、家賃収入が得られる「賃貸併用住宅」特集

自宅と賃貸住宅を併設させて、住みながらにして毎月の家賃収入が得られる「賃貸併用住宅」が昨今、注目を集めています。「本当に収益が得られるの?」「専門知識がないけど大丈夫?」など、不安を感じる方もいるかと思いますが、ここでは「賃貸併用住宅」を建てて、住まいと家主業の両立を実現している実例をご紹介します。ぜひみなさまの住まい造りの参考にしてください。

コンペで32案の中から選ばれた グッドデザイン賞を獲得した賃貸併用住宅

東京都港区南麻布 / 有栖川 DUPLEX

この案件の難しさは、間取りをどのようにするかという点に留まらない。忘れてはいけないのが、この物件が賃貸併用住宅であるということ。単純な戸建住宅と違い、予算内で要望どおりの建物をつくればよいのではない。賃貸住戸がどの程度の家賃収入を生むかという、収益性を考えねばならないのだ。
賃貸住戸に防音室を提案し、収益性向上と空室率低下を実現させた。
困難な制約を見事に解決してみせたプランニング力と、賃貸住宅の収益面を考えた防音室の提案という2つの要素だけでも称賛に値する森山さんの仕事ぶりだが、その凄さはこれに留まらない。
デザイン性の高さでも、森山さんの力量には驚かされるのだ。
この家を初めて訪れた人は、これが住宅であることに気づかないだろう。高級ブランドが入るビルのようなイメージなのだ。

昔ながらの沖縄の暮らしを現代に取り入れた 3枚の屋根と魅力的なテラスがある家

沖縄県中頭郡 / Three roofs house

自邸の新築にあたり、海外からの留学生を受け入れるゲストハウスを併設したいと考えていたお施主さま。依頼を受けた建築家の仲本さんは、南側に開けている立地を生かし、沖縄の古民家のような構成を提案した。完成したのは沖縄らしさが堪能でき、なおかつ現代のライフスタイルに合った家だ。

ワンルーム形式の賃貸戸建住宅は 入居者によって使い方さまざま

東京都豊島区 / 駒込の住宅

「土地は家が密に建て混んでいる場所であったため、外に向かって開いていく家は難しい。また、土地的にもコスト的にもそんなに大きな家は立てられない。しかし、家の内部はおおらかな空間にしたい、というのがまずスタートとしてありました」と、苅部さん。また、ひと括りに子育て世代といっても家族構成はさまざま。住まい方や使い方、個室の考え方など、住まう方が10人いれば10の考え方がある。多様な人々が住む可能性がある賃貸戸建住宅だけに、「いろんな方にここなら住めそう、住んでみたいって思ってもらえるような家」を目指した。空間や間取り、木造の耐火構造など、「駒込の住宅」に込められた苅部さんの思想は、「住まう人々の気持ちのいい暮らしを叶えたい」ということに他ならない。賃貸住宅という性質上、入居される方はその時々によって変わってくる。しかし、住む人々が変われど、「気持ちのいい住まい」「気持ちのいい暮らし」は何も変わらない。長く愛される「おおらかな家」が、ここに完成した。

美しさ、住みよさだけでなく 未来を見据えた土地活用まで

東京都世田谷区 / 大原の家

老境に差し掛かった施主のSさんご夫妻の建て替え計画。子供家族との2世帯住宅を建築する計画だが、一筋縄ではいかない事情があった。実はSさんは作曲家。建て替えにあたっては仕事場として、また弟子達を指導する場として音楽室を必要としていた。しかも近い将来訪れるであろう相続といったことも視野に入れ、できるだけこの環境も次の世代に継いでいきたいという気持ちがあった。
高橋さんは、その豊富な経験と類まれなる発想力で、美しく住みよい建物をつくるだけでなく、さまざまな困難な条件をもクリアしてくれる建築家なのだ。土地の形状や予算といった問題や一風変わったリクエストなど、あなたの理想の家づくりの一歩は、高橋さんとお話することから始まるのかもしれない。

思い出とモダン建築が融合するやさしい家。 入居者にも愛される賃貸併用住宅

東京都世田谷区 / 1st FRAME

『1st FRAME』には、安定収益を実現している賃貸住宅としての顔もある。
ビルの1階一部と2階面積の約半分を占める賃貸住戸(メゾネット形式)は、16年前の竣工以来、ほぼ空室期間がない。さらには、築年数を経ているにもかかわらず高額家賃を維持。その理由は洒落た空間デザインと、入居者の気持ちを的確にイメージした住み心地のよさにある。「もし私が急に倒れて妻が1人になったら、この賃貸住戸に妻が住み、今の自宅を賃貸に出せば妻1人が暮らせるくらいの収入を得られるのでは? と思ったんです。そのときは妻にも快適に暮らして欲しいですから」
家族の歴史を刻み込んだ『1st FRAME』には、家族の未来を慮る深い思いも込められている。

緑あふれるテラスとLDKが1つになる。 家族の憩いを楽しむリゾート風邸宅

東京都世田谷区 / Garden House

Nさまはご夫妻とお子さま2人の4人家族。お子さまが成長し、「家族で楽しむ」ということができるようになったタイミングで、東京・世田谷に賃貸併用住宅を建てる計画をスタートさせた。地下1階と1階につくられた賃貸住戸は全3戸。各住戸は開放的な吹抜けのあるメゾネットで、地階がLDK、上階が居室。地階は石張りのドライエリアに面し、光も風もたっぷり入り、緑の眺めも楽しめる快適な環境だ。加えてdesusの2人は、エントランスが1つの集合住宅ではなく、各住戸の玄関を独立させた長屋形式で賃貸部分を設計。2方が道路に面した角地という敷地条件も活かし、3つの住戸の玄関への動線をうまく分け、まるで戸建てのような独立感も生み出した。

それぞれ異なる魅力をプラスした 住む人みんなが大満足の賃貸併用住宅

東京都世田谷区等々力 / 等々力の家

もともとお住まいのご自宅を、賃貸2住戸を伴う併用住宅に建て替えたいと相談を受けた建築家の平井直樹さん。お施主であるS様から自宅部分に求める要望や賃貸部分の広さ、ターゲット世帯などをヒアリングすることから設計は始まった。

ひとつの建物に賃貸住戸と自宅が入った賃貸併用住宅。入居者は決まるのか、自宅は狭くなったりしないだろうか。平井直樹建築設計事務所の平井直樹さんは、オーナーが不安に感じるだろうポイントを払いのけるように、それぞれに違う個性を持つ賃貸2住戸と、申し分ない住環境を備えた自宅を一つの建物に成立させた。

1階は保育園の園庭で2階が住居? 併用住宅に夢と可能性を感じさせる居心地の良い家

兵庫県 / M邸

代々、この地に住まいを構えてきたという松浦邸。住宅密集地の一角にあり、塀を隔てたすぐ隣の敷地には保育園がある。松浦さんのお母様にとって住み慣れた土地であり、近隣の人々とも顔なじみだ。松浦さんのお母様がお一人で暮らしている住まいが老朽化してきたこともあり、立て替えを決意されたという。

「女性単身の家の設計というのは、昨今それほど珍しいことではありません。しかし、一軒家を建て替えるにあたり、費用や労力、独居によるセキュリティなど、一般的な家族住まいとは違う視点で考える必要があると感じていました。母からの希望で、当初は賃貸駐車場の併設や、シェアハウスなども視野に入れて検討しましたが、折角ならば近隣に貸し出し地縁を育む場所にできないかと考えました」と松浦さん。

依頼主の心に散らばる要望を形に! 空室を作らない賃貸併用住宅

東京都 / 集合住宅

一部を自らの居住空間とし、残りをその街で暮らしたい人に貸し出す賃貸併用住宅。持っている土地の有効活用する方法のひとつだ。そこは、施主さんが生まれ育った築50年を越える家が建っていた場所。施主さんとその兄弟はそれぞれ独立し、両親ふたりが家に残った。建物が古く老朽化していることもあるが、何より高齢の夫婦ふたりで住むには広すぎるため、建て替えを検討。せっかくなら両親の居住空間以外を貸し出し、事業を始めようと考えたそうだ。
賃貸併用住宅が普通の住宅と異なるのは、建てたあと利益を出さなければいけないことだ。「ここでこういう賃貸をやっても厳しいという場合ははっきりと伝えます。事業のリスクを負うのはどうしても施主さんになってしまうので、いいことばかりを言うのではなく、むしろ収支を考えた時は厳しめに判断するよう心がけています」

日本最北端の厳しさでも快適に、 デザインも諦めない工夫とは?

北海道稚内市 / S邸

建築家の小池さんは日本最北の街、稚内市に賃貸住宅を設計することになり、市内の住宅を見てまわった。羽田から2時間で着く場所ではあるが、事務所を構える神奈川県とは生活感覚が全く違う。その辺のATMでちょっとお金を下ろすという訳にはいかない。一家につき駐車場が最低2台あるのは常識で、寒さに対応するためなのか、競争原理が働かないのか、外観はどこも似たような印象だった。バルコニーは寒風に吹きさらされ雪が積もる場所でしかないため、つける習慣はない。洗濯はどうしているのかと関係者のアパートを見せてもらうと、どの家でも洗濯物がリビングを占拠していた。ここに、稚内にこれまでなかったような新しい住宅をつくりたい。それがこの計画の始まりだった。
神奈川で設計した小池さんの図面の意図を汲んでくれる佐々木さんがいて、地元でも信頼のあつい会社があったから生まれた最北のデザイナーズ賃貸。関わった塗装屋さんは触発されて、自分の家も小池さんと佐々木さんに依頼してくれたという。「ここでもこんな家が建てられるんだと知って参考にしてもらえるなら嬉しいです。東京で僕たちがやってきたデザインや発想の住宅が稚内の中でもつくれるようになったら良いことですよね」と小池さん。この共同住宅の生みの親は神奈川と稚内、離れたところで活躍する同士たちだった。