
依頼主の心に散らばる要望を形に!
空室を作らない賃貸併用住宅
隠れた要望を拾い集め、想像を超える提案を
工事費がいくらかかり、家賃をどのくらいに設定でき、返済期間はどれだけかかるのか。家を建てるとき、夢はいくらでも膨らむものだが、すべてを盛り込み、その費用を家賃で回収できなければ意味がない。当然この収支計画は、賃貸併用住宅の成功を左右する要の部分となる。
その工事費に大きく関わるのが、構造。賃貸併用住宅を建てる際、ハウスメーカーごとに対応している構造が異なっているため、従来のハウスメーカーでの検討の際は、メーカー選択の時点で、すでに事業の明暗をわける構造の選択が迫られてしまうのだ。
その点、山口さんのような設計事務所に頼めば、最初の段階で構造を選ぶ必要がなくなる。「うちのような設計事務所なら、木造にするか鉄筋コンクリートにするか、それぞれのパターンをシュミレーションし、納得いただいた上で進めることができます。今回の施主さんは、その方法が合うと感じて僕に依頼してくれたんだと思います」と山口さん自身も語ってくれた。
数ある設計事務所のなかでもSTUDIO COVOは、専用のウェブサイトも開設するなど賃貸併用住宅に力を入れていた。
過去の経験と最新情報をもとに、それぞれのメリット・デメリットなど細かなところまで伝え、施主さんが納得いくまで対応してくれる。
「建築の可能性はひとつではない。僕が設計したからこうなったけれど、設計者が異なればまったく違うものができあがる。だから本当にこれがベストなのかはわかりません。可能性の分だけパターンを作って、きちんとそれぞれメリット、デメリットを説明して、このなかでは、相対的にはこれが僕としてはおすすめですが、どうですか?という説明の仕方をするようにしています。」
賃貸併用住宅が普通の住宅と異なるのは、建てたあと利益を出さなければいけないことだ。「ここでこういう賃貸をやっても厳しいという場合ははっきりと伝えます。事業のリスクを負うのはどうしても施主さんになってしまうので、いいことばかりを言うのではなく、むしろ収支を考えた時は厳しめに判断するよう心がけています」
お施主さんにも様々なタイプの方がいる。自宅部分にはこだわるけれど、賃貸スペース部分は建築士にまるっと任せてしまうタイプ、あらゆる可能性を聞いてそれぞれ納得してから選びとるタイプ。今回の場合は、とてもロジカルに物事を考える方だったため、構造からデザインまで全てにおいて根拠を持たせ、納得していただけるまで説明したそうだ。相手が何を求めているかを察知し、それにあわせた対応が求められる。
若いころ長くイタリアのベネチアで暮らしていたという山口さん。異国の地で文化の異なる様々な国の人と共同生活を行った。それもまた、クライアントの心のありかを把握する上で必要な「引き出し」を養ったのだろう。インタビュー後の雑談では、学生時代の生活からベネチアの街の成り立ちにその歴史までを丁寧に教えてくれ、ふとすると今度は新婚旅行で行ったというインドで起きた価値観を揺さぶる思い出話まで聞かせてくれた。その言葉の端々には、人生経験の豊富さがにじみ、この人なら、依頼主のなかに散らばった本人さえ気づいていない要望を探しかき集め、ベストな提案をしてくれるのだろうと頼もしさを感じた。
最後に、山口さんに仕事のこだわりを聞いてみると「自分のスタイルを持ちすぎないこと」という言葉が返ってきた。「自分のパターンを決めてしまうと、デザインはそこで終わってしまう気がする。だからなるべく透明な状態でスタートしたいと思う。とはいえ誰しも、生きてきた生活とか原風景とかが自然と顔を出してしまうもの。だからこそ、透明でいようと心がけることで、それが主張するのを防ぐのが大切だと思います。スタイルは自分で決めるものではなく、自分からにじみ出たものを感じ取った周りの人が決めるものですし」
目をひくスキップフロアデザインと印象に残る木の使い方
この独特の構造はスキップフロアといわれる。1フロアに2部屋ある作りだが、その2部屋の高さを、半階分ずらしている。
「集合住宅に住む人が気にするのは、隣人の存在。そういう部分も入居率に関わってきます。スキップフロアにすると玄関の位置がずれるので、隣の人と顔を合わせないですむため、隣人という感覚が薄まり、気を遣う必要がなくなるんです。バルコニー部分もずれているので、洗濯物を干していても隣が見えません。でもこの木の間に隙間があるから圧迫感も感じないで済みます」
建物を外から見たときに、バルコニーに等間隔に並べられた木のデザインがもっとも目をひく。「千駄木という木造家屋が多く残っている地域なので、その雰囲気を建物自体も体現できるようにしたい」という施主さんの意見を取り入れるため、目立つ部分に化粧木を使い、木造建築であることの印象を視覚的にも強めている。さらにこのデザインは、スキップフロアであることも象徴し、あえてずれていることが遠目にも伝わり興味をひく。
スキップフロアは、入居率に関するもうひとつのメリットがあったそう。「1階は道路から丸見えになるため、洗濯物も干しにくく、カーテンも閉めきらざるを得ません。そのため、家賃を他の部屋よりかなり下げても埋まるかどうかというのが実情。でも、この建物では1階が真っ先にうまったんです。というのも、スキップフロアのおかげで、玄関が半部屋分上がっているから。1階だけれど1階ではない、1.5階になります。だから、外から部屋が見えないし、さらに木も植えているので周りが気にならないんです。実際床下はオーナーさんの物置としても活用しています」
入居者のターゲティングによって決まる部屋のデザイン
「賃貸併用住宅はデザインやコンセプトも大切だけれど、それ以上に収支計画が大切。さらに入居率をどうあげるかが重要なんです。収支計画がよくても空き部屋ができていたら、収支が総崩れになりますよね。ですから、学生のための安い物件を作るのがいいのか、ある程度収入のある独身を狙うのかといった、ターゲットリサーチはかなり慎重に行いました」と山口さんは話す。
地元の不動産屋と協力し、周辺情報を徹底的に洗い出しシミュレーションしていく。そこで、今回狙いを定めたのは、ある程度収入のある30〜40代のキャリアウーマンだ。
「70平米の建物を単純に半分に割った場合、各部屋が35平米になるんですが、二人暮らしには狭いんです。かといって一人暮らしには家賃が高すぎる。さらに千駄木駅から30秒という好立地なので、人が入らないからと、駅から離れたところよりも値段を下げるのはもったいない。そう考えたとき、30平米は扱いにくくてもったいないなと。かといって20平米くらいの部屋を3つにして一人暮らしの若者向けにすると、今後少子化が進み部屋が余るわけだから、値段を下げなければいけなくなります」
いくつものパターンを検討した結果、おいしいお店も増えて雑誌でも特集される人気のエリアなわけだから、収入のある30代後半の女性をターゲットにしようということになったそう。趣味も多彩でお金にも余裕がある、そういった女性に住んでもらえば建物もいつまでもキレイだし、多少高くてもお金を出してもらえる。少し余裕のある女性のひとり暮らし。それを想定したとき、狭すぎず広すぎない27平米が適切だと導き出された。
「ターゲットが決まれば、部屋の広さやデザインは自然と決まります。27平米の部屋をあえて広いワンルームにしたのもひとつの挑戦。地元の不動産屋さんには、27平米の主流である1Kとか1DKを勧められたんです。でも今回のターゲットは生活にゆとりのある30~40代の女性。そういった女性って、きっと料理もしますよね。それを考えたら、廊下にキッチンを置くんじゃなく、部屋にシステムキッチンがあってさらにアイランドキッチンにするほうが心に響くし、よくある間取りとは違うものにしたほうが他と差別化ができて入居率が上がるはずだと思いました。これは不動産屋のアドバイスに相反した形になったんですが、お施主さんとも意見が一致して決まりました。実際にこの狙いは見事に的中して、竣工前にターゲット通りの女性で入居が埋まったんです。本当にうれしかったなぁ」と山口さんは笑う。
こうして27平米の部屋ができると、同フロアにできるもう1部屋は、自ずと43平米になる。「この43平米は、施主さんのご両親が住むことを考えてもちょうどいいサイズ。1階の1部屋をご夫婦の部屋に、残りの賃貸部分に関しては、若年カップルのふたりぐらしをターゲットにしました。この建物は木造なので、施主さんのご両親は生活音を気にされたんですね。じゃぁ、子どもは入らないほうがいいねと考え、若いふたり暮らしを想定することになりました。もちろんお金に余裕のある一人暮らしも歓迎です」
実際にこの狙いも見事に的中し、狙い通りの入居者ですぐに埋まったそう。驚くことに真向かいのアパートから引っ越してきたカップルもいたという。
人が実際に部屋を借りるときの心理、その土地の特徴、あらゆる情報から入居者を想定するターゲティング。入居率を上げるだけでなく、狙い通りの入居者を呼ぶこと、それは容易なことではない。しかし、山口さんの手腕はそれを見事に叶えてくれる。
木造のデメリットをどう解決していくか
「消費税が上がり工事費が上がった今、RC鉄筋だと収支が合わないケースがほとんど。賃貸併用住宅の主流は木造になっています。でも木造は、コンクリート造にくらべると遮音性が低く、防火の面でも法律上の制約が増えてきます。そこで木造に決まってからは、それらのデメリットをどうやって克服していくかがポイントになりました」
木造でもっとも気になるのが音だ。コンクリートに比較するとどうしても遮音性が落ち、隣の家の生活音が気になってしまう。
「でも実は、今回かなり遮音性能の高い建物が作れたんです。その秘密は床。木造の床って普通、梁の上に合板を敷きその上にフローリングを貼るんですね。でも今回は、合板とフローリングの間に超高強度石膏ボードという素材を入れました。普通の石膏ボードより硬くて密度が高く重いもの。さらにこの石膏ボードと合板の間の接着剤もゴムのような弾力のあるものにしたから、衝撃も吸収してくれる。こうすることで、木造なのに歩いた音がほとんどしないんです。法律上、木造住宅は防火のために床部分も被覆をしないといけなくて、せっかく何かを敷くのであればこれを使えば一石二鳥だなと思って使ってみました」
そういって見せてもらった素材は、たしかにずっしりと中が詰まっていて、石のように固く厚みがある。今回の石膏ボードは、メーカーの研究所に行ったときに、紹介され気に入って取り入れたそう。予算を考慮しながらも積極的に最新の技術を取り入れていくのは、クライアントのニーズを叶える上で重要なことだ。実際に建てたあと、ご両親からは木造に住んでいるとは思えないくらいに静かだと喜んでもらえたという。
もうひとつマンションを建てる上で、共有部分をどうするかという問題も出てくる。なかでも木造の場合、廊下には雨樋をつけたり防水対策を行い、漏水の原因を防ぐ工夫が必要になる。こういった設備を少しでも減らし建物の持ちを良くするため、また日々のメンテナンスの手間を減らすためには、できるだけ共有部分を狭くするのがコツだ。その意味でも、先ほど紹介したステップフロアは、共用廊下を最小限に抑えてくれるため、木造との相性がとてもよかったそうだ。
基本データ
| 所在地 | 東京都 |
|---|---|
| 家族構成 | 夫婦 |
| 施主 | 集合住宅 |
設計者情報
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