
新しいのに昔からあったような佇まい
ずっとここでのんびりしていたくなる家
建物がある。ここは、とくら建築設計の松尾道生さんの自邸およびアトリエ。住まう家族も
訪れた人も「ここにずっといたい」と思わせる家づくりに迫る。
アトリエスペースが長屋門のよう
内と外をゆるやかに隔てる絶妙なゾーニング
松尾さんが足かけ2年で出会ったこの土地は、付近には国道が走り交通の便もよく、大型ショッピングセンターも近くにある住宅地。とはいえ、家の周囲は細い路地となっており、車通りも少なく静かに暮らせる絶好の住環境だ。唯一のウイークポイントといえば、300㎡を超える広さがありながらも、土地の形状が南北に細長いということだった。
「一般的な住宅メーカーでは、ゾーニングに苦労すると思います」と松尾さん。
しかし松尾さんは、驚くようなアイデアで見事にゾーニングを解決してみせた。その手法とは、住まいの前に、離れとしてアトリエを設けること。
細長い敷地を道路側から順に、車数台が停められる駐車スペース、松尾さんの仕事場となるアトリエ、広々としたウッドデッキを備えた庭、そして母屋という配置とした。
道路から見える板張りのアトリエは、まるで長屋門のよう。母屋を目隠し、プライバシーを確保するものの、道路からの距離や建物の高さを絶妙にコントロールしているため、圧迫感や敷地の奥を完全に閉じたものとはしていない。むしろ、格子戸の先には庭に植えられたアオダモやドウダンツツジが見える。目の前を通るご近所の方々への景色のおすそ分けといったところだろうか。
一般的に、建築家が自邸に仕事場を設ける場合、建物の一部を事務所スペースとすることが多い。行き来に便利なことや、1つの建物であるほうがコスト的にも安く仕上がる。しかし、松尾さんはあえてアトリエを離れとした。
このアトリエは、敷地の外と内、パブリックとプライベートを緩やかに隔てるものであるとともに、松尾さんにとっても、ONとOFFを切り替えるものにもなっているのだ。
新しいのに前からここにあった?
周囲の街並みとマッチした家づくり
その名のとおり、家づくりの際は、その土地に行き、周囲の建物の向きや屋根の形状、風向きなどを丹念に調べるという。さらには、近所を歩く人に声をかけ、その地域についての話を聞くこともあるのだという。
この自邸においても、もちろん地域に根差している。先の庭の景色のおすそ分けはもとより、建物の材質や素材感も、新しいはずなのに、ずっと前からそこにあったかのような、どこか懐かしい雰囲気を漂わせている。アトリエの杉板の塗り壁が、落ち着きをもたらし、真新しさをなくしているのだろう。板壁は、年月を経て風合いが変わったとしてもそれが劣化ではなく、味となってくれる。
「地域の子供がこの家を見て『新しい家?古い家?どっち?』と聞かれることもありました」と松尾さん。
この家は、子供が新しいか古いかわからないほど、この地域に違和感なく溶け込んでいるのだ。
長屋門をくぐり歩を進めてゆくと見えてくるのが、造園家とともに作り上げた庭。アオダモやヤマモミジなど身近な植物が季節を感じさせてくれる。あられこぼしで仕上げられたアプローチが山の小径のようにゆるやかに玄関までいざなう。母屋の外壁は、自然素材のそとん壁。日の当たり方や雨で違った表情を見せてくれるのも面白い。
この家を訪れた人は、訪れる度に違った表情を見せる庭木や壁の風合いを楽しみながら、一歩一歩進んでいくに違いない。
またこの庭には大きなウッドデッキがあり、リビングの延長として役立っているという。
「BBQをしたり、ここでコーヒーを楽しんだりしています。夏になると日陰になるアトリエ側にビニールプールを出して、子供たちが遊んでいます」と松尾さん。
前方にアトリエがあるおかげで、中庭のようなプライバシーを確保できているのだ。
住む人も訪れた人も
ずっと居たくなる心地よさ
リビングは畳敷きで、一部に作り付けのソファーコーナーを設けた。
「ダイニングテーブルだと、座る位置が決まってしまいます。畳敷きであれば、自分で居場所を決められるし、すぐに横にもなれます」と松尾さん。
椅子やソファーなどに座ることに慣れた現代の生活でも、一度地べたに座るとなぜか落ち着く感じがするのは私だけだろうか。このリビングは、日本人のDNAにしみ込んだ地べたに座る心地よさを思いださせてくれる。
地べたに座ることは、開放感の演出にもつながっている。この家はそもそもLDKの先には大きな開口があり、リビングの延長としてウッドデッキが広がっているため、開放感抜群なのだが、天井高はそれほど高いわけではない。しかし地べたに座ることによって、頭の位置が低くなり、結果として天井の高さを感じたり、アトリエの上空に広がる空をも眺めることができるのだ。
「オープンハウスにいらっしゃった方が、のんびりされて、なかなか帰ってくれないんです」と松尾さんは笑いながら話す。
既に話は終わったにも関わらず、ついこの家の居心地の良さに、つい長居をしてしまうのもわかる気がする。シンプルで落ち着く空間に座り、景色を眺めているだけで、時間のことなど忘れてしまうのだろう。
またあるとき、松尾さんは、この家を訪れた同業者の方から「いい家を建てたね」と言われたのだそう。この「いい家」にはいろんな意味がある。敷地形状をうまく使ったゾーニング。自然素材を使った質感のよさ、シンプルでありながらも暮らしやすい空間と抜群の動線などなど。
さまざまな要素を含む松尾さんの家をひとことで言うならば「ずっとここに居たくなる家」。
松尾さんがつくる家では、きっと家族がおうち時間を長く過ごし、来客も多く訪れるに違いない。
基本データ
| 作品名 | おばたの家 |
|---|---|
| 所在地 | 三重県四日市市 |
| 敷地面積 | 326.83㎡ |
| 延床面積 | 118.9㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども2人 |
| 予算 | 3000万円台 |
| 施主 | M邸 |
設計者情報
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