
セカンドライフは地元民が集う珈琲店
庭の景色や風を愉しむ店舗併用住宅

並木 秀浩
なみき ひでひろ
株式会社ア・シード建築設計
埼玉県 川口市
私たちの創る家(建築)は、「人(使い手)」と「場所(環境)」から発想します。私たちの目的は人にやさしい建築を施主と共に2人3脚で創りあげてゆくことです。そこには施主の考えを建築家が増幅させ個性のある建築が実現できるものと考えています。
定年後の故郷へのUターン
カフェ経営で地元民との交流を
元々東京で暮らしていたUさんご夫妻。共に定年を迎え、子どもたちも大人となった今、夫婦2人のセカンドライフは、「緑に親しめる環境で生き生き暮らしたい」と考えるようになったのだという。その場所として選んだのは、Uさんが生まれ育った羽生。現在は空き家となっていた実家を建て替えて住むことを考えた。
Uさんご夫妻にとって、地元へのUターン移住において、1つだけ懸念材料があった。それは、地元に知り合いが少ないということ。生まれ育った故郷であったとしても、もう何十年も離れていては、知人や友人はそう多くはない。田舎暮らしでは、人とのつながりは大切なもの。どうやって人間関係を構築していけばよいのだろうと考えていた中浮かんだアイデアが、趣味であったコーヒーを活かし、カフェを開くということ。
お客さんとして地元の人々が訪れてくれれば、交流が生まれ、知人や友人も増えるだろうと考えたのだ。またUさんには、お父様が営んでいた理髪店に地元の人々が、髪を切るためではなく、話をするために訪れていたという記憶があった。お父様の理髪店は、「街の憩いの場」的な役割を果たしていたのだ。「自分たちの店もそんな場にできたら」という思いがあったのだという。
こうして、店舗併用住宅を建てることとなったUさんご夫妻が設計を依頼したのが、土地のもつ自然環境の力を活用する「パッシブデザイン」で、快適で上質な空間を創り上げることに定評のあるア・シード建築設計の並木さん。並木さんは、戸建て住宅はもとより、集合住宅や店舗、保育園・幼稚園、寺院など様々なジャンルの建物の設計やリノベーションに携わってきたベテラン建築家。「大改造‼劇的ビフォーアフター」の匠としてテレビ出演の経験もあるほどの実力の持ち主。
そんな並木さんが創った、Uさんご夫妻の店舗併用住宅を見ていこう。
島のような三角の土地に
平屋とロフトの長い建物という構成
Uさんのリクエストは、お父様が愛されていたこの庭を活かしたいということ。また、これからのことを考えると、上下の移動をせずに済むように平屋を希望されていた。その一方で奥様は「旧家の2階から見える赤城山の景色が好きだった」と話され、その景色を望めるようにしたいというものだった。
このリクエストに対し、並木さんは建物全体を長い平屋の建物とし、端から店舗、LDK、仏間、寝室が連なる直線的配置とした。パブリックからプライベートへとグラデーションのように変化していくゾーニングだ。また、LDKの上部を吹き抜け・ロフトにした。ロフトは家族が訪れたときの寝室にも活用できるし、風の通り道にもなる。またロフト部分の屋根は折り返す形とし、ロフト横の窓から屋根伝いに最上部まで上っていける構造。赤城山だけでなく、筑波山や富士山も見られるという、2人だけの展望台だ。
平屋と2階からの眺めという一見矛盾する要望を、一部を吹き抜けにし、ロフトを設けることでスペースを有効活用する。さらに屋根を絶妙な角度とすることで、簡単に上り、屋根の最上部に出られるようにするという、並木さんのアイデアには驚かされるばかりだ。
並木さんの工夫は、建物の形状や内部のゾーニングだけに留まらない。敷地の使い方にも工夫が凝らされている。三角形の土地に長い建物を配置する場合、通常であればどこかの道路に正対するのが一般的だ。しかしU邸では、どの道路からもやや斜めに置かれたような配置となっている。
「長い建物を配置する上で庭をどう活かすか、南からの日差しをどう取り入れるか、日陰から涼風をどのように取り込むかなど、様々な要素を考慮し、この配置としました」と並木さん。
またこの配置は、メインの県道からの視認性が高くなるという、店舗にとって大きな効果ももたらした。建物が道路に正対していると近づくまで見えてこないが、この建物は迎い入れてくれるかのよう佇んでいるのだ。
土地の状態を読み解き、光や風といった自然環境を上手に活用するのが並木流。U邸はまさにそれを体現している。
庭の樹木を環境装置としても利用
パッシブデザインで夏涼しく冬暖か
カフェスペースは、Uさん宅のLDKにつながっている。ここでも庭の景色が楽しめ、天井も高く開放感がある。こちらは自邸なのだが、常連さんには開放し寛いでもらっているのだとか。
カフェの天井にある照明を取り付けている木材は、旧家で使われていた梁を活用したものだという。並木さんはこの梁だけでなく、旧家のキッチンや棚、瓦などを再利用した。これはコストコントロールの意味もあるが、「旧家の面影を感じられるように」という気持ちから。親戚や旧宅を知る知人が訪れたとき、お父様や理髪店のことを思い出せる・懐かしさを感じられるようになっている。
店舗とLDKがひと続きにできる空間、親戚が多人数集まったときに使える大広間、さらには天井も高く窓も大きいとなると、冬場の寒さが気になるが、並木さんは抜かりない。
「冬場は、店舗に設置した薪ストーブ1つで、家全体が温かいんです」と並木さん。Uさんも「真冬の朝に、暖房なしで15度くらいです」と語る。
その秘密は、この家が雪国並の断熱性能をもつから。
並木さんは、家づくりにおいて、機械に頼らず太陽の熱や光、風といった自然の力を上手に活用する、いわゆる「パッシブデザイン」の要素を取り入れる匠でもある。
この家では、冬場においては、大きな窓から差し込む太陽の熱を店舗の土間コンクリートが蓄熱する。また薪ストーブで温めた空気は、高断熱・高気密に守られて逃げない。
一方で夏場は、温められた空気はロフトに設けた2箇所の窓から逃げていく構造となっているのだという。
「実は庭の樹木も環境装置の1つなのです」と並木さん。
いったいどういうことなのだろう。高い場所は、地面に比べ風の速度が速く、高い場所の窓を開けると室内の空気を吸い出す力が働く。
一方で、庭の樹木は太陽の光を遮り木陰をつくったり、根が吸い上げた水を葉から蒸散させることで、周囲の温度を下げてくれる。
暖かい空気は高窓から逃げてゆき、庭の冷えた空気が室内に入ってきて、自然な空気の流れができあがるという仕組みだ。
Uさんも「夏場は、ロフトから抜けていく風が気持ち良い」「高気密・高断熱にして良かった」とコメント。
お父様が愛した庭の樹木を、景観として活用するだけでなく、家の快適さにも活用してしまうという芸当は、誰にでもできることではない。パッシブデザインに早くから取り組み、数多くの経験のある並木さんだからこそ為し得る業。まさに匠の仕事だ。
並木さんは、これからも自然の力を上手に取り入れた、快適な家を創り続けるに違いない。
間取り図
基本データ
| 作品名 | コミュニケーションカフェのある家 |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県羽生市 |
| 敷地面積 | 575.13㎡ |
| 延床面積 | 111.78㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 4000万円台 |
| 施主 | U邸 |
撮影:守屋欣史 Nacasa & Partners Inc.
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

広い敷地に複数の空間を「箱」として配置 内浦湾と庭の景色を臨む理想の住まい
「独創的で五感が満足する住まいにしたい」。そんなオーダーに応えて建てられたのが、北海道・胆振の穏やかな湾を望むG邸だ。設計者である赤坂真一郎さんがプランニングしたのは、収納や水回り、個室などを複数の「箱」に見立て、広い敷地に点在させた唯一無二の住まい。「間取りよりもお施主さまのライフスタイルを大切にしたい」。そう語る赤坂さんの、こだわりが詰まった家づくりについてお話を伺った。

お気に入りのアンティーク家具ありきで設計。「自然とともに暮らす」平屋
施主が理想の家づくりに抱く夢は大きくて、予算は限られている。これは当たり前のこと。だからこそ、設計士もやりがいを感じるというのが、「トミタ建築設計スタジオ」の富田さんの思い。その中で、「建築には“場所性”がある。どこに建てるか、日本だからこそどう建てるか。これが建築の面白さでもあります」という。Y様邸は、そんな富田さんの仕事ぶりが、とことんまで徹底された実例の一つだ。

「ただいま」が楽しくなる! 3つの屋根で包み込む家
お子さんとのコミュニケーションを大切に「ワクワクできる家」をイメージしていたTさんご家族。依頼を受けた建築家の古市さんは、3つの屋根からなる個性的な『包みこむ家』を提案。カーブを効かせた続き間のキッチンダイニングを1階につくり上げた。『包み込む』意図と、そこにある『ワクワク』とは?

築48年の空き家がパッシブデザインで蘇る 若い世代が入居し、街の再生にも
高齢化社会の進む日本において「空き家の増加」や「街の衰退」は、大きな課題となっている。それらの問題の解決の1つの解として、ある1軒の家のリノベーションがあった。それを手掛けたのは、自然の力を利用したパッシブデザインの匠、ア・シード建築設計の並木さん。日本の未来を変える可能性を秘めた並木さんの家づくりに迫る。

重なりとつながりが家族を包む「ラップハウス」
子育てのため奥様の実家近くに土地を購入したSさんご家族。建てる家には「家事や子育てのしやすさ」「将来的には太陽光発電を」など夫婦ともに希望があった。しかしハウスメーカーには好みの家がなく、細かい希望が通じにくい。悩むご夫婦に大川さんはそれぞれの希望を盛り込んだ家を提案。「ラップハウス」と命名されたその家とは?

田園風景に突如現れるモダンな平屋は、室内にも新しいLDK提案
自然に恵まれた長野県・松本の地に完成したM邸。「家族の存在を常に近くに感じられる家」というMさんの希望に応えて建築家の藤澤信也さんが提案したのは、家族が集うリビングやダイニングといった空間を「低い収納や段差などで緩く仕切る」というオリジナリティあふれるプランだった。

狭いけれど狭くない 車3台分の敷地で仕事場もテラスも
敷地面積約10坪、車3台分のほどの敷地。そこに家族3人が住む自宅を建てたのは、島村香子建築設計室の島村さん。実はこの家には島村さんの仕事場や駐車場、テラスまであるのだという。島村さんの狭いけれど狭くない住宅づくりの秘密に迫る。

家族がつながる、集落とつながる 新旧の住宅の良さを再編集した奄美の家
独自の住宅文化をもつ奄美大島。奄美独自の住宅の良さと、現代建築の快適さを兼ね備えた住宅をつくったのは、建築家の小野良輔さん。島外出身者だからこそ気づくことができる、伝統住宅の要素を取り入れた家づくりに迫る。

あえて収納を減らす、子どもと楽しむ住まいのリノベーション
リフォームして新たに生まれ変わったM様邸。無垢のフローリングにラワン合板のしつらえがとても美しいシンプルなお宅は、木と家族のぬくもりがいっぱいにあふれている。


