
薄暗さを活用!
明るさと手触りと香り、心からの"安らぎ"とは?
1階であることを活かして燻し瓦を床材にしたリノベ
「ここは交通の便がよく広さも十分なのですが、これはという空間としての魅力がなくて、仕事で遅くなったとき、仕方なく帰る場所になっていました。そこで、熱海の家を設計していただいた川口さん(川口孝男建築設計事務所)にお願いして、思いきってリニューアルすることにしたのです」とご夫妻。
昼間でも電気が必要なほど室内は薄暗く、これ以上の採光は望めない。ただでさえ、古いマンションは建物の構造上、レイアウトの可変性が低い。こうした制約に頭を悩ませていた川口さんに、オーナーご夫妻は意外なリクエストをした。今の環境をデメリットと考えないで、それを活かした空間にしてほしいというのだ。
「ご夫妻はここを生活の場というより、接遇の間と見立てたいとお考えでした。だから、暮らしやすさのために無理やり明るく開放的にする必要はないと。話し合いの中で、おもてなしの空間として、あえて陰影を楽しむという逆転の発想にたどり着いたら、一気にアイデアが広がっていきました」と川口さん。
まさに日本ならでは“陰翳礼讃”。その美意識を表現するため、もっともこだわったのは素材選びだった。思いつく限りの和の建材を集め、その中から床材に選択したのが燻し瓦だ。
「テラスやアプローチなどでは見かけますが、マンションの室内全体に敷瓦(しきがわら)を使うのは珍しいと思います。2階以上のフロアだったら重量や音の問題で使えませんから、1階だからこそできた表現といえますね」(川口さん)。
燻し瓦(いぶしがわら)の落ち着いた黒と、白い漆喰の壁のコントラストが空間を引き締める。瓦の滑らかな表面は僅かな日差しを柔らかく反射して、室内に趣を添える。「日本の風土の中で古くから親しまれてきたものは、新しく使ってもどこか懐かしさがあって、しっくり落ち着くものなのだと改めて感じました」と川口さんはいう。
瓦敷きのリビングダイニングは、室内でありながら公の場といった凛とした雰囲気がある。そんな空間の中で、室内の一角に設けられた小上がりの和室は重要なアクセントだ。四畳半の小さいスペースだが、いぐさの香りと畳のやさしい質感が、ほっと心が和ませてくれる。この和室は、ご主人が主催する趣味の落語会の舞台としても利用されているそうだ。
窓のアルミサッシは、そのままでは無骨なため、和の雰囲気の延長で雪見障子をはめた。障子は三段になっており、時間とともに移ろう光に合わせて自在に調整できるうえ、庭の上部に見える隣のビルを視界からうまく隠す役目も果たしている。
薄暗さが生活の場としての魅力を損ねていると思われていたマンションの一室が、リフォームによってスタイリッシュで落ち着いた和モダンの空間へと生まれ変わった。「疲れているときには、この暗さがかえって心地いい。こだわった照明器具の優しい光も疲れを癒してくれる」とご夫妻。思っていた以上に、ついこちらへ足が向いてしまう機会が増えたそうだ。
この家のストーリーを仕上げるのは 庭に植えられた椿
たまたま床材に使った燻し瓦のメンテナンスを調べていて、つやを出すには天然素材のツバキ油がいいことがわかった。それをオーナー夫妻に伝えたところ、雑談の中で、ご夫妻がいちばん好きな花がじつは椿であることを知った。そこで川口さんは、椿を主役にした庭を提案。
「せっかくなら、ご自分たちの好きな花でお客様をおもてなしできたらいいのではと思いました。瓦の手入れに使うツバキ油と庭の椿で、内と外のつながりもできます。椿の花の可憐な美しさや散りぎわの儚さは、この家のコンセプトにもマッチしていると感じました」
作庭はご夫妻の知り合いの庭師に依頼。花の時期が異なる数種類の椿を植えて、長い期間、常にどこかで花が咲いているようにした。来客があるときは、庭で手折った椿の花を和室の壁にさりげなく飾ってお迎えする。そんなおもてなしが出来ることをご夫妻はとても喜んでいる。
庭に植えられた椿は、この空間に豊かなストーリーを添えてくれる大切な要素となった。
【川口 孝男さん コメント】
マンションのリノベーション・リフォームというと、柱や壁を取り払って広いリビングにしたり、フローリングの明るい室内にしたりするのが主流です。でもライフスタイルや生活時間帯によっては、陰影を楽しむという発想も面白いのではないでしょうか。オーナー様と話し合いを重ね、一緒にいろいろ工夫するたびに、古いマンションがどんどん魅力的な空間になっていくのがわかるので、設計している私自身もとても楽しかったです。
【夫婦】
玄関ドアや室内の扉、キッチン設備、照明器具など、細かいところにまでこだわって、気に入ったものだけを取り入れました。おかげでこの空間に、深い愛着を感じるようになりました。川口さんはたくさんの素材をご存じで、それぞれの特徴を把握したうえで最適なものを提案してくださるのでとても信頼しています。今は、室内から大好きな庭の椿を眺めるのが、心安らぐひとときになっています。
基本データ
| 家族構成 | 夫婦 |
|---|---|
| 施主 | X邸 |
設計者情報
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