
東京から山梨に移住した家族が目指したのは、
地域とののりしろ空間。

稲山 貴則
いねやま たかのり
稲山貴則 建築設計事務所
神奈川県 横浜市中区
仕事の進め方などはクライアントの要望や状況、土地、建物の条件を考慮しながらフレキシブルにご対応致します。 まだ土地は購入していない、予算や要望など具体的なことは決まっていないなど、どんなことでも結構ですのでお気軽にご相談ください。
家のどこにいても家族の気配が感じられる一体感のある空間づくり
「Mさんご夫婦は、お子さんが小学校に入学する前までには東京から山梨に移住するつもりでした。しかし、色々なタイミングが重なり、当初の予定より前倒しして山梨に移住することを決めたそうです。移住先に山梨を選んだのは、Mさんのお祖母様がこの地に住んでいて、幼少期に何度か遊びに行ったときの印象が良かったんだそうです」と、建築家の稲山貴則さんは語る。
「現在の土地に巡り会い、どんな家をつくろうかと思案するMさんご夫婦とヒアリングをしていたとき、本当にご家族の仲が良いなと思ったんです。それも、単に仲が良いというだけでなく、絆の強さのようなものを感じました。そこで、家のどこにいても家族の気配が感じられるような、一体感のある空間づくりをご提案しました」。“一体感のある空間づくり”という稲山さんが考えたプランは、Mさんご夫婦を惹きつけるものだったようだ。「ヒアリングの際、家をつくる上で必要と思われるありとあらゆることを伺います。具体的には、理想とする住まいの形や素材、休日の過ごし方…。その方のライフスタイル全般をヒアリングしていきます。その後、1ヶ月くらいじっくりとプランを煮詰めて、図面と模型でご提案させていただいたものが、前述のコンセプトなんです」と稲山さん。
家づくりはご主人か奥様、どちらかが主導権を握ることが多くなることが多い。しかし、Mさんご夫婦は、それぞれの役割分担が明確だったようだ。空調や設備面など、エンジニアリングに関することはMさんが、インテリアや全体の色合いなどは奥様が担当することで、お互いの好みや考え方を持ち寄り、稲山さんが"一体感のある空間づくり"の具体的なプランに落とし込んでいったようだ。
地域の皆さんに愛されるのりしろ空間" Tab House "ができるまで
M邸を斜めから見ると、1階の縁側と、2階にあるデッキが道路に向かってグンと伸びていることに気づく。「そうなんです。この建物の名前は"Tab House"と言いまして、Tab(タブ)とは、何かを張り付けるみたいな意味があるんです。出窓や縁側、そして2階のデッキが家屋に張りついているイメージです。Mさんご一家はフレンドリーな方たちですし、移住先の地域のコミュニティと積極的に交流を深めていきたいという考えをお持ちでした。そこで、"Tab House"という存在が、東京を離れて山梨の地に住まいを構えることになったMさんご一家と、地域に暮らす皆さんをつなぐ役割を担ってくれたら…という想いも込めてあります。道路から1階の縁側までは遮るものがありませんから、地域の皆さんがそのまま歩いて来られる気軽さも魅力です」と稲山さんは語る。
そして2階のデッキは、ベランダでもあり、展望台という役割を担っている。「2階のデッキは、壁面から2.5mも道路に向かってせり出でています。地域の皆さんとの距離を少しでも縮めたいという、Mさんご一家の想いを"Tab House"でも表現しています。また、ここから南アルプスの山々が見えるんです。Mさんご一家がお住まいの地域は空気が澄んでおり、近くに日本有数の天体観測スポットがあるほど、星がきれいに見える場所なんですよ」と稲山さん。
室内は立体的なワンルームだ。1階はリビングダイニング、キッチン、和室が仕切られることなく1つの空間となっている。そして2階はホールと2つの個室があり、さらにMさんのワークスペースという構成。間取りでいうと"2LDK"になるのだが、実際にはかなり広大な2LDKといえる。
「1階は和室兼寝室なんです。Mさんご一家は、当初から布団で寝たいというご意向がありました。確かに、布団を畳んだりする手間はあるんですが、昼間はお子さんの遊び場として使えます。それに、畳なら転んでも痛くありませんから安全ですよね」と稲山さん。
M邸がある分譲地は標高が高い地域にある。そのため、夏の夜は窓を開けておけば、エアコンが不要なほど快適に過ごせるという。その反面、冬は平地よりも気温が下がるため、暖房設備は必須だ。しかし、立体的なワンルーム構造となっているM邸全体を暖めることは容易ではないだろう。さらに、快適に過ごせる空間づくりともなれば、大掛かりな設備投資が必要であり、光熱費も気になるところだ。
「冬場の暖房設備に関しては、Mさんご夫婦と打ち合わせを重ねました。その結果、エアコン1台で部屋全体を暖めるというシステムに決まりました。基本的に冬場はエアコンをつけっぱなしにして、常に室内を快適な空間に保つようにしてあります。具体的には、床下に床置き式エアコンを埋め込み、床下空間を暖めます。さらに、フローリング材を加工したスリットを通して、床下の暖気が室内に流れ込む仕組みです。窓下にも、集中的にスリットを設けることで、外からの冷気の侵入を防いでいます。立体的なワンルーム空間のため、Mさんご一家が室内環境を共有することができ、エネルギーを効率的に使うことができます。さらに、1台のエアコンで室内すべての空間の温度管理ができるので経済的なんです。さらに、市販の床置き式エアコンなので、万一壊れて交換が必要になったときのコストも抑えられます」と稲山さんは語る。光熱費を抑えつつ、冬場を暖かく過ごせることはもちろん、交換も比較的容易に行えるシステムは、Mさんご一家にとっても大きな安心材料だろう。
若いご夫婦と小さなお子さんが東京から移住してきたことで、新たな交流が生まれることとなった。その土地に住まう人々との交流を望んだMさんご一家と、"Tab House"が醸し出すウェルカムな雰囲気は、地域の皆さんにも確実に伝わっているようだ。わざわざ野菜を届けてくれたり、「お庭に植えて育ててみて」と苗を持参してくれる方もいるという。Mさんのお子さんも喜んで水やりをして楽しんでいるそうだ。
当初の予定よりも前倒しして山梨に移住することを決意したMさんご一家。自然に恵まれた環境と、地域の皆さんに愛されるのりしろ空間である"Tab House"を介した人と人との心温まる交流…。地域の皆さんにとって"Tab House"の存在が、コミュニティを形成する上で欠かせないものとなりつつある。Mさんご一家にとっても、人生における一大決心が大成功だったことは間違いないなさそうだ。
間取り図
基本データ
| 所在地 | 山梨県 |
|---|---|
| 敷地面積 | 687.68㎡ |
| 延床面積 | 103.00㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども1人 |
| 予算 | 2000万円台 |
| 施主 | M邸 |
設計者情報
この実例を見た人はこちらも読んでいます

築90年の生家を新たな住まいに! 建築家が自ら設計した「理想の二世帯住宅」
結婚を機にご両親と住む二世帯住宅を建てることになった、スタウトキャッスル一級建築士事務所の松隈 守城さん。完成したのは築90年の生家で使われていた建材やもともとあった蔵をそのまま生かしたモダンな住まいだった。周囲に溶け込むデザインが評価され、みごと福岡市都市景観賞も受賞したという松隈邸。その詳細をご紹介しよう。

これが敷地13坪? 居心地抜群の2世帯&バリアフリー住宅
13坪の敷地にバリアフリーの2世帯住宅をつくるという難題を、見事にやり遂げた菅家建築計画工房。完成した住まいは、下町情緒漂う街にふさわしいデザインや存在感も魅力。狭小地でも豊かな空間づくりができることを実感させてくれる家だ。

芸術性も居心地も、たいせつな音楽室をとことん優先する空間とは
玄関から階段を降りると、そこは白い壁の明るい音楽室でした。壁には絵が飾られ、グランドピアノの向こうには窓いっぱいに庭の緑が広がっています。自然と音楽が生まれてきそうな、気持ちのよい音楽室は、この家の中心的な存在になっていました。

ホール・LDK、ライブラリー。「3つの集いの場」で家族がつながる家
緑豊かな公園そばの土地に家を建てることを決めたHさんご夫妻。お2人が最初に希望したのは「周囲に対して開かれた住まい」だった。この要望に応えて設計者である角倉剛氏が考えたのが、大きな土間のある玄関ホール、LDK、そしてライブラリー、3つの場で家族や友人が集う住空間だ。随所に斬新なアイディアがあふれる、角倉氏の家づくりを覗いてみよう。

住まい手基準の気持ちよさの追求。両親への想いが詰まった平屋
依頼人のご両親が住む広島の実家。建て替えるなら体が弱ってきても過ごしやすい家にしてあげたいと娘さんは願いました。ご両親が元気に毎日暮らせる家には何が必要か、娘さん、建築家の山口健太郎さん、そしてご両親が考えを出し合いました。

四季の太陽の動きもバッチリ計算!徹底的に快適な家づくりとは?
転勤で東京暮らしのNさんは、地元長野へ戻るのを機に、自宅の建て替えを決めました。長野の気候風土に合った「明るく開放的な住まいづくり」をテーマに建築家選びを開始しましたが、依頼することにしたのは東京在住の建築家、冨田享祐さん。「自然の力を最大限に生かしながら快適な暮らしの場をつくるという考え方に共感できた」というのが、その理由です。

余白を生むずれ重なる箱の家 共鳴し合う建築と庭
道路に囲まれた敷地にあり、全方向から建物が見えるという「栃木の家」。建築家の押山さんによればプライバシーを守るために1.5mのコンクリート壁で囲まれた中に身を置くと、驚くことに威圧感や圧迫感が感じられない。家中が明るく、庭仕事が楽しめる気持ちのいい家はどのように計画されたのだろうか。

中にこんなにも豊かな空間があったなんて! 外観からは想像もつかない開放感の洗練邸宅
「中にこんなにも豊かな空間があったなんて」。この家を訪れた人は、誰しもこんなギャップに驚くはずだ。「南向きの大窓」と「プライバシー確保」という相反する難題。建築家・大場浩一郎氏が導き出したのは、光を独占する「中庭」という答えだった。窓のない外壁と高い塀で、視線を遮りつつ圧倒的な開放感を得るその設計力。カーテン不要とも思えるほどの自由な暮らしを実現した、本質をつく家づくりの軌跡を辿る。

広いピロティと雁行する建物で程よい距離感 時を超え住み継いでいける2世帯住宅
これまで離れて暮らしてきた家族が、1つ屋根の下で暮らす2世帯同居。「お互いがどれだけストレスなく暮らせるか」は、もっとも大きな課題といえるでしょう。そんな課題を設計力で解決し、「程よい距離感」の2世帯住宅をつくったのは、建築家の洲崎洋輔さんでした。