
生まれ育ち、想い出のつまる場所で
大好きな映画の世界感に浸りながら暮らす
考えていることを「見える化」
方向性を確認するコンセプトマップ
シンプルかつ凛とした佇まいのこの家は、外観とは裏腹に様々な要素が詰まったこだわりの畠山邸。この家を設計したのは、住宅や店舗・ビルの設計、インテリアの設計、グラフィックデザインなど幅広いジャンルの仕事を手掛ける、バノラボ 一級建築士事務所の加藤さんと加曽利さんだ。
実はこの土地は、もともと施主の畠山さん一家が暮らした家があった場所。旧家は賃貸住宅として貸していたものの、建物が老朽化してきたことから、自邸として建て替え、再びこの地に住みたいということだった。
畠山さんそしてそのご両親からのリクエストは、生まれ育ったこの旧家の想いを継承したいということ。さらに畠山さんは、自分が大好きなフランス映画「ベティ・ブルー(原題37°2 Le Matin)」の世界観、とりわけ夜明けの空のグラデーションを表現したいということだった。
この要望を加藤さんと加曽利さんはどう叶えていったのだろうか?
まずとりかかったのが、映画の世界観を感じ取ること。映画を見て畠山さんが、家に取り入れたい雰囲気やシーンはどこなのかを探っていった。
そして次に行ったのがコンセプトマップの作成。コンセプトマップとは、1枚の紙の中心に初期段階の家の図面を置き、その周囲にコンセプトの要素となる写真やアイデアを配し、地図や曼荼羅のように可視化したもの。バノラボオリジナルのシートだ。
バノラボは、加藤さんと加曽利さんが共同で経営する建築事務所。共同経営の建築事務所の場合、案件に応じてそれぞれがクライアントを担当するパターン、師弟といった具合にどちらか一方がメインでもう片方がアシスタント的役割を果たすパターン、プランの考案やお客様とのやりとりはAさん、図面作成と現場管理はBさんといった分業パターンなどがあるが、バノラボの場合は、役割を明確に分けない合作パターンだという。
「どのクライアントも2人で意見を出し合い議論します。男女それぞれ違った目線からアイデアを出せるという多様性があることは、お客様にとってもお得感を感じていただけるのではないかと思います」と加藤さん。
2人で意見を出し合う中で必要とされるのが、頭の中にある考えを相手に伝えること。話で伝えるだけでなく、紙に落とし込んで「見える化」することで、伝わりやすさが格段に上がる。さらには、自分自身の「思考の整理」にもなるのだ。そうして次々と連鎖反応のようにアイデアが浮かんでくる。
そしてこのシートが果たす役割は、2人の相互理解やブレーンストーミングに留まらない。クライアントとの意思疎通にも大きな力を発揮する。このシートを発展させた形で、クライアントへの提案書となるコンセプトダイヤグラムを作成する。施主のほとんどは建築の素人。図面を見ただけ・言葉で説明を受けただけではイメージが湧きにくい。コンセプトダイヤグラムによって、ビジュアルと文章で説明することで、視覚的に内容を捉えることができ、プランに対する理解も深まるのだ。
一見するといいことづくしのコンセプトシート・コンセプトダイヤグラムだが、唯一の難点は手間がかかること。通常の事務所であれば、建築家1人で済ませてしまうことの多いプランニングを、バノラボでは2人で行うばかりか、シートまで作成する。しかしその手間がかかるからといって、2倍の設計料となるわけではない。非効率ともいえる仕事だが「それでも、お客様によい提案ができ、高い満足感をもっていただけるなら」と意に介さないのがバノラボ流なのだ。
福島から職人を呼び
3週間かけ塗った映画の世界
こうして出来上がった畠山邸を見ていこう。
細長い敷地に建つ畠山邸は、道路側から見ると片流れの屋根が特徴的なシャープな印象。一方で側面に回ると2つの建物をデッキでつなげたような複雑な形状を成している。
エントランス前のタイルの一部には、旧家に用いられていたタイルを埋め込んだ。リクエストにあった「旧家の想い出」の1つ。ご両親や親戚などが訪れる際、必ず目にする場所に設置するという粋な心遣いだ。
玄関扉を開くと、木のぬくもりに包まれた明るい空間が広がる。広くとられた土間の先に小上がりを設けたこの場所は、リビング的な役割を果たすとともに、将来店舗スペースとして貸し出すことも視野に入れて設計されたという。土間部分の広さを確保するため、柱は上部を太く、下部を細くするという工夫も凝らした。柱と梁、そしてそれをつなぐ頬杖が、肋骨のように見え、そこに包まれている安らぎすら感じる空間。カフェや雑貨店など、訪れた人をほっこりとした気分にさせてくれる店舗に相応しい。
この空間のもう1つの特徴は2階への階段。通常、手前から奥へ向かって上っていくように設置する階段を、あえて回り込んで手前側に進むように作った。これは、将来店舗とした場合に、階段の先に2階の様子が見えてしまうことを防ぐ工夫。生活感を出さないための配慮だ。そして階段そのものも、木の板の段板も通常の2倍の広さのスケルトン階段とし、ギャラリーのような「見せる階段」とした。
その階段を上ると見えてくるのが、この家最大の特徴でもある、壁面に大きく描かれたウォールペイント。ベディ・ブルーの中で、畠山さんが最も印象深いという、夜明けの空のグラデーションをイメージしたもの。
「このグラデーションを表現は、並の腕では無理だと感じました。そこで、映画や舞台などでも腕を奮っていらっしゃる、塗装職人の廣瀬さんに福島から来ていただき、3週間泊まり込みで仕上げていただきました」と加藤さん。
いくら施主の希望を叶えるためとはいえ、通常であれば、絵やポスターを飾ったり、一般の職人にそれらしく描いてもらうということで済ませるだろう。しかし、加藤さんはこのウォールペイントのために、わざわざ福島から職人を呼び3週間もかけたのだ。それは本物を実現するため。バノラボのこだわりに感服させられる。
この出来栄えに畠山さんは驚きと喜びを感じ大満足の様子。「帰宅時には、自分だけの城に帰るという気持ちになれる」「最高の癒し空間」とコメントを寄せてくれるほど、大好きな世界に浸りながら日々の生活を楽しんでいるようだ。
建物をつくっているのではない
場所や場面をつくっているのだ
それもそのはず、バノラボの名称は「場」の「ラボ」に由来しているという。
またお2人は、「まち」と「ひと」をつなぐ「赤い椅子プロジェクト」という取り組みも行っているという。これは、まちの人から想い出のある椅子を集め、子供を中心としたまちの人々の手でそれを赤色に塗り、まちのお店に、訪れた人が自由に座れる椅子として設置してもらうというもの。椅子には、元の持ち主の「椅子の想い出の物語」が貼り付けられる。これにより座った人がその想い出を知り、ゆるやかにつながるのだという。
バノラボは、こうした「ひと」「まち」「体験」「想い出」といったものをとても大切にしている。
実は畠山さんにバノラボを紹介してくれたのは、懇意にしている事務所のご近所の不動産屋さん。「ひと」と「まち」が縁をつないでくれたのだ。
「体験」という意味では、畠山さんは廣瀬さんと一緒に、寝室の壁をピンクに塗るという体験をしたという。ベティ・ブルーにおいて主人公の2人が一番幸せだったときに、一緒に壁をピンク色に塗ったときの追体験だ。
「他のお客様にも、クリア塗装をしていただくなど、家づくりで何らかの体験をしていただくことが多いです。なかには、ご家族だけでなく親子・兄弟で参加される方もいらっしゃいます」と加藤さん。
家づくりの膨大な作業の中では、自分たちが関わった部分は、ほんの小さな作業にすぎない。それでも家づくりに関わったという体験は、本人・家族にとっては貴重な想い出であり、それが家への愛着につながる。
また、畠山さん邸の建築において、旧家の取り壊しから新居の完成まで、足掛け2年に渡り、竣工写真とは別の写真家に撮影してもらったという3冊の写真集を作った。それは、単なる建築の記録ではなく、畠山さん家族にとっての旧宅から新居への歴史の架け橋だ。
長く愛される場所、想い出となる場面をつくるための努力を惜しまないのがバノラボの仕事の流儀。これからも「ひと」と「想い出」がつながる「場」が登場し続けるに違いない。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 御殿山の住宅 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都武蔵野市 |
| 敷地面積 | 44.58㎡ |
| 延床面積 | 45.36㎡ |
| 家族構成 | 単身者 |
| 予算 | 2000万円台 |
| 施主 | 畠山邸 |
撮影:Masayoshi Ishii
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

セカンドライフは地元民が集う珈琲店 庭の景色や風を愉しむ店舗併用住宅
定年を迎え、生まれ育った地元で第二の人生を送ろうとしていたUさんご夫妻がチャレンジしようとしたのはカフェの経営。その店舗併用住宅の設計を依頼したのは、土地のもつ自然環境を巧みに利用し上質で快適な空間を創り上げることに定評のあるベテラン建築家、ア・シード建築設計の並木秀浩さんでした。

LDKを2階に。国道沿いでも カーテンを開けて生活できる、店舗兼用住宅
建築家の髙須さんは奥さまが経営する美容室を第一に考え、自邸として店舗兼用住宅を建てること計画。店舗と住宅それぞれが機能的にも快適さにおいても申し分ない建物をつくりあげた。往来が激しい国道沿いの立地でも開放的に暮らせる秘密は2階に設けたLDKだという。素材感も存分に楽しめるこの家の秘密を探る。

思い出とモダン建築が融合するやさしい家。 入居者にも愛される賃貸併用住宅
フレイム一級建築士事務所が設計したこの賃貸併用住宅は、都市部にありながら光と風に恵まれた心地よい住まい。思いを込めて建てた家はずっと大切にしたいし、次世代にも大切にしてもらえたら嬉しい──。多くの施主が抱くそんな願いへの答えも隠されている。

「素直な設計」から生まれる個性が魅力。 光と緑に包まれたヘアサロン併用住宅
ヘアサロンを併設した店舗併用住宅を建てることにしたIさま一家。設計を担当したのはSCALE建築設計事務所の藤岡佑介さん。完成したI邸『晴るる』は、要望や敷地条件に素直に応える藤岡さんだからこそ生み出せる、唯一無二の魅力にあふれている。

好対照な個性を反映した、隣り合った姉妹の家を、同時に設計
都内の約50坪の敷地に、姉妹それぞれの家族が住む家を建てる。しかも1軒は、母との2世帯住宅。建築家の角倉剛(すみくら・たけし)さんが取り組んだのは、そんな手強い案件だった。両家でまったく異なる要望と、日影制限など都内ならではの細かな規制を受け止め、丁寧に実現していった角倉さん。その過程を、角倉さんに加え施主のS様・K様にじっくりとうかがった。

川のせせらぎも、もはや我が家! 自然と一体の家づくりの極み
自然が好きで、山と海にひとつずつ家がほしいというQ さん。まず手に入れたのは、近くを多摩川が流れる土地でした。人の手が入っておらず木が生え放題の場所を、どうしたら川が楽しめる家にできるのか、Qさんはガーデナー建築家、勝田さんに期待をかけました。

こだわりをさりげなさで包み込む 「静かにデザイン」された家
愛知県犬山市。一面に田んぼが広がるのどかな雰囲気のなか、温かみがあるシンプルな木の家が建っている。風景になじみながら、同時に人の目を引く不思議な魅力をもつ家だ。この家を設計した、建築家の伊原洋光さん・みどりさん夫妻が語る「静かにデザインする」という言葉の意味を、このY邸から探ることにしよう。

3つのテントを備えた、行き止まりない空間 キャンプを楽しむように住まう家
関東から岡山県へ移住、家を新築することにしたお施主さま。建築家の尾山さんはキャンプを通じてこの土地を気に入ったというお施主さまのために、まるで大きな樹の下にテントを張った風景のような空間を家の中につくり出した。雑多なものがしっくりと収まり、暮らしを楽しめる家はどのように叶えられたのだろうか。

素材も間取りも理想を現実にした、納得と愛着の家づくりとは?
無垢のフローリングに漆喰の壁、天井まで届く南向きの大きな窓。東京の下町にあるKさん邸は、周囲を住宅に囲まれているとは思えないほど開放的で明るいお住まいです。家族が一番長い時間、一緒に過ごすリビングを中心に考え、さまざまな工夫でコストを抑えながら、希望どおりのマイホームをつくりあげました。




