
複雑な土地事情を乗り越えて実現した
それぞれの新生活を楽しむ平屋の二世帯
変形・旗竿・高低差に市町境まで
複雑な土地に平屋の二世帯住宅を
この家を手掛けたのは、埼玉県を中心に木の温もりや柔らかさを感じられる家づくりを行っている建築家、創順居アトリエ 直井建築設計室の直井さん。直井さんはこれまで約30年に渡るキャリアで100棟以上の家づくりに携わってきたベテラン建築家。そんな直井さんがH邸を手掛けるきっかけとなったのは1通のメールだったという。
「結婚を機に兄弟で住んでいた実家を建て替え、平屋の二世帯をというお話でした。私が取り上げられている『埼玉の建築家とつくる家』という本をご覧いただいていたようです。」と直井さん。
この本には、建築家との家づくりに関する様々な情報とともに、埼玉を代表する建築家が33人取り上げられ、それぞれの作品や建築家からのメッセージが掲載されている。Hさんはこの本を読み「建築家の手による家づくり」と「直井さんへの依頼」を決意した。33人もの建築家の中から直井さんを選んだのは、直井さんがつくる家のテイストや家づくりへの考え方が「自分達の理想の家を実現してくれる」と感じたからに他ならない。
こうして始まったH邸の家づくり。実は通常よりも手間暇のかかるものだったという。その理由の1つが複雑な土地事情。もともと旗竿地に建っていた実家と、後から入手し菜園として使っていた土地が「逆くの字」型に繋がるという変形地で70~80cmの高低差もあった。さらにこの2つの土地は、上尾市と伊奈町の境界をまたいでいる土地だったのだ。
「ここは市街化調整区域でもあったため、2つの自治体に手続きをしなければならず、更には、開発申請を行うなど、時間と手間がかかりました」と直井さん。
それでも、これまで数多くの家を手掛けてきた直井さんは、その対応を抜かりなくやり遂げた。
もう1つの理由は、この家が二世帯住宅だということ。1つの建物でありながら、兄夫婦世帯、弟世帯という、それぞれの要望に応える必要がある。
「全体的な方向性は皆さんとお話しをしましたが、それぞれの世帯の中の話については、個別に打合せの時間を設けるようにしました」と直井さん。効率を考えたら、一度に集まれるときに済ませてしまうほうが楽なのだろうが、そうはしなった。
家づくりに限らないことだが、多くの人が関わるときには、声の大きい人やよく発言する人の意見が通りがちで、発言できなかった人に不満が残るということがある。直井さんはそれを避けるため、個々にしっかりと向き合うのだ。
これは、H邸が二世帯住宅だから特別というわけではない。直井さんは家づくりの際、施主との対話を大切にし、丁寧に思いを汲み取りそれを設計に生かす。そのための手間暇を惜しまないのが直井流なのだ。
直井さんは、家づくりにおける大小の要望を叶えていく過程を、箱の中に様々な大きさや形の積み木を詰めていく作業に例える。箱の中にやみくもに積み木を入れていくのでは、整わなかったり無駄が生まれてしまう。建築家が整えれば、もっと積み木を詰めることができるかもしれない。また、大きな積み木を1つあきらめれば、他に3つの積み木が入れられるかもしれない。
「要望を言われた通りに叶えることが必ずしも正しくはないのです。御用聞きになってはいけないのです。施主の要望を整理し、最善な方法を提案することこそが、建築家の仕事だと思っています」と直井さんは語る。
世帯それぞれ、夫婦それぞれの要望が叶った
快適で満足な新生活を実現
兄夫婦世帯の大きな要望としては、「蔵書」と「能」がキーワードとなった。施主のHさんは読書家で数多くの蔵書をお持ちだった。そのスペースを確保したいという。奥様は、趣味で能を嗜まれており、自宅で練習ができるスペースや壁一面の鏡が欲しいということや、これまで使い慣れた箪笥を持って来たいということだった。一方弟さんは、これまで行ってきた菜園を続けるため、その作業道具を収納するスペースを希望されていた。また猫を飼いたいという思いがあるということだった。
これらの大きな要望と、数々出てきた小さな要望。それらを踏まえ、出来上がったH邸を見ていこう。
建物の形状は「逆くの字」型の土地に沿った形をとった。通路に近い側に兄夫婦世帯、奥側が弟世帯というゾーニングは、菜園を続けたいという弟さんの要望を取り入れ、菜園用の土地に近いほうとしたもの。
兄世帯の玄関ポーチ兼ガレージは米松のピーラーを現しにし、木の力強さを感じさせてくれる。扉を開けると落ち着いた雰囲気の玄関。切妻屋根の三角部分を活かし高窓を設け、室内に光を導いた。実はこの光、奥の開口部から書斎まで届くのだという。
室内に入ると、ツガを貼った天井が美しい開放感抜群のダイニングが現れる。切妻屋根の傾斜を活かした高さ、大きな窓の先への視線の抜け、隣のリビングと一体となることで、大空間のように感じられる。
ダイニングのキッチンカウンターや仏壇コーナーも、家の一部として直井さんが設計したのだという。「建具や家具も家の一部だと考えており、家とマッチングするように造り込んでいきます」と直井さん。
またダイニングスペースの一角には、ご主人の書斎コーナーを設置。蔵書の一部を保管するほか、パソコンや趣味を楽しむ「大人の隠れ家」を実現した。
ダイニングの先のリビングスペースは、奥様の要望であった能の練習にフォーカスされた。
天井は床と並行にして白を基調とした。寝室との境の壁や扉部分には、舞う様子が見えるよう鏡がはめ込めるようにした。
玄関、ダイニング、リビング、寝室、水回り(トイレ、洗面、風呂場)は、ぐるりと回遊できる形となっており、抜群の動線を実現している。
この家の出来栄えにHさんも「快適だ」と大満足の様子。訪れた人が「びっくりして帰られる」「『いい家だね』と言ってくれた」と新たな生活を楽しんでいるようだ。
一方の弟世帯は、兄世帯の前を通った奥に出入口としての上り框がある。上り框前の屋根は一部切り取られ、中庭が作られた。この植栽は、兄世帯のリビングからも見えるのだという。
弟世帯のリビングには、グレーのアクセントウォールを用いるなど、やや落ち着いた印象を持たせた。壁に取り付けた棚や、現しにした梁は、猫が上ったり歩いたりするキャットウォークになるという仕掛け。一部を透明としているので、歩く様子が下から覗けるのだという。
弟さんは、この家に住んで程なくして猫を飼い始め、楽しい生活を送っているのだという。
また、直井さんはリビングの先にある和室にも大きな仕掛けを施した。この和室はリビングよりも40㎝ほど高く、小上がりのようになっている。もともとこの部分の土地は、旧宅よりも70~80㎝低い土地。この高低差を合わせることで、直井さんは半地下の納戸スペースを生み出したのだ。「菜園で使う道具の収納場所がほしい」という弟さんの要望に、高低差を利用するという驚きの発想で応えて見せた、直井さんの実力には驚かされる。
直井さんはこれまで培ってきたキャリアで多くの経験と知見を身に着けてきた。だからこそ、どんな難条件でも対応できる実力がある。また、様々な人の要望を受け止め・引き出し、それを整理し、最善な方法を提案できる。結果として施主が本当に望んでいたことを叶えてくれる稀有な建築家の1人といえるだろう。
基本データ
| 作品名 | 上尾の家 |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県上尾市 |
| 敷地面積 | 463.88㎡ |
| 延床面積 | 135.73㎡ |
| 予算 | 4000万円台 |
設計者情報
この建築家が建てた家
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