
建物の15度回転と室内の段差が創り出す
カーテンがいらない平屋の快適生活
視線のカットは、建物を15度回転するだけ
高断熱の工夫と併せて実現した快適な生活
建築家の自邸は、その想いやこだわりが強く反映される一方で、家族にとって必ずしも快適とはいえない場所が生まれることもある。立石さんはこの作品を、建築家としての考えを込めながら、家族が心地よく暮らせる住まいとして設計した。一見すると建築家の自邸ならではの特別な住宅に見えるが、その背景には、立石さん夫妻の暮らしを支え、妻から寄せられた具体的な要望に応えるための工夫が随所に施されている。
お施主様のひとりでもある、立石さんの妻から出された要望は主に3点。
・プライバシーを確保しつつ、庭が見え、光が入るような窓としてほしい
・断熱効果が高い家にしてほしい
・周囲から浮かない外観にしてほしい
というものだ。
この作品が建つのは、昭和40年代に造成された北鎌倉のニュータウン。もともと100坪程度で分譲され、現在でも最低50坪以下への分割は住民協定で認められていない地域だ。つまり、ある程度敷地に余裕があり、ゆったりとした住宅街を形成しているエリアとなる。
敷地の3方は隣家に囲まれ、道路を挟んだ向かい側にも家が建つ。それぞれの敷地が広いとはいえ、視線は気になる環境だ。そこでまず、立石さんは視線のコントロールに着手した。
現地で敷地を詳細に確認すると、建物を少し回転させるだけで視線をカットできる可能性があることに気がついた。その後CGや模型で検証した結果、建物を15度回転させ、最低限の壁を適切な場所に配置することで、視線をカットし、カーテン不要の生活ができることがわかったのだ。
立石さんによると、大きく家屋を回転させたり窓の位置を大きく変更しなくとも、視線のコントロールが可能になることは多いという。
視線を気にしてレースのカーテンを閉めたままにするよりも、常に庭や眺望を楽しむメリットの方が遥かに大きいと言えるのではないだろうか。多くの方にとって、これはとても参考になる情報だろう。
高い断熱効果についても、私たちにとって参考となる事例だといえる。屋根の断熱強化と庇の張り出しを長くしたことで、真夏でも6畳用のエアコンで家全体を冷却することが可能となったのだ。
取材で訪問したのは6月。快晴の昼間だったが、エアコンは動いていなかった。開放したトップライトから温かい空気が抜け、庭に面した窓から室内へ自然な涼しい風が吹き込んでいた。外気温が33℃を超えるまでは、エアコンを使わなくても良いという。
南側の庇の張り出しは、一般的な家の2倍もある。真夏の直射日光が差し込まない長さを計算し、室内の気温上昇を防いでいるそうだ。一方で、冬にはしっかりと日光が室内に入る計算もされている。
立石さんによると、断熱材のコストは、家全体の建築コストと比較すると微々たるものだという。しかし効果は絶大で、毎日の生活を快適なものとすることができる。
「実は断熱材ほど建築費用の中で割合が少なく、効果が大きいものはないと思います。断熱をしっかりすれば、低コストで毎日の生活を、年間を通して快適なものにできますよ」と立石さんは解説してくれた。
実はよくある、敷地内の高低差
造成せず、高低差を活かすプランとは
もともと、立石さんは基本プランを平屋とする予定だった。老後の生活を考えると、平屋がもっとも安心できるからだ。他の作品でも、敷地に余裕があれば平屋を提案することが多いという。
しかし建築予定地には問題があった。敷地内に約1mもの高低差があったのだ。造成された住宅地といっても、敷地内に高低差や勾配があることは珍しくない。このような場合、最小限の造成ですませ、逆に高低差を活かすプランを創り出すことが有効になる。立石さんによると、そこには地味だが様々な工夫やノウハウが必要となるそうだ。
この作品では、1mの高低差を造成して解決するのではなく、平屋の建物内部に段差をつけることによって解決した。造成は時間と費用がかかる。そこで敷地の高低差をできるだけ活かし、室内に3段のフロアを作ったのだ。
3段のフロアには、コスト面以外のメリットもある。
1点目は、空間の多様性だ。広い平屋の空間が段差で分割されるため、家の中に雰囲気の異なる、さまざまな居場所ができた。各フロアでは、庭の見え方や景色も違う。季節・時間・天候など、気分にあわせて好きな場所で過ごすことができるのだ。
2点目は、周辺との調和だ。敷地の高低差にあわせて室内の床レベルを分け、外観に大きな段差や複雑さが出すぎないよう調整している。建物の高さが異なる複雑なデザインではないため、妻が気にしていた周辺家屋との調和という要望も満たすことができた。
将来の対策も考えられている。老後を考慮し、家の中の段差を通らずとも生活できるよう、玄関/キッチン/ダイニング/風呂/洗面/トイレ/寝室をすべて真ん中の2段目に設けた。
この作品には、他にも数多くの工夫が散りばめられている。ぜひ写真の説明文もご参照いただきたい。
あえてシンプルにしすぎない設計が理想
人や時間によって感じ方が変わる空間とは
実際、この作品も広い平屋であるにも関わらず、3段フロアの好きな場所で過ごすことができる空間となっている。妻と立石さんのお気に入りの場所も違い、一体的なLDKとは異なる変化が生まれている。シンプルにしないからこそ、人による好みや感性の違いに対応できるのだ。
こうした“感じ方”の違いは、写真や文章で表現することが難しい。立石さんは、その違いや特徴を理解するには、実際にその空間で感じることが大事だと考え、こう語ってくれた。
「いつでもこの場所にお越しいただき、空間を感じていただきたいです。設計を頼むとかではなく、遊びに来てほしい。段差による景色の違いや、雰囲気の違い、15度だけ回転させた視線カットの効果、周囲との調和の効果などを感じていただけると思います」。
あえてシンプルにしすぎない、長く付き合うことができるプラン。しかし数多くの工夫やアイデアで、要望を実現して課題は解決されたプラン。そんな設計を生み出してくれる建築家をお探しの方は、一度コンタクトしてみてはいかがだろう。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 北鎌倉にて |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県鎌倉市 |
| 敷地面積 | 339.52㎡ |
| 延床面積 | 98.93㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 4000万円台 |
設計者情報
この実例を見た人はこちらも読んでいます

地域に馴染み、人も猫も楽しい毎日。 郊外の新生活を満喫する店舗兼用住宅
住宅から商業施設まで幅広く手がける建築家の吉田裕一さんが設計したA邸は、焼き菓子店を備えた店舗兼用住宅。テレワークする人、郊外に家をもちたい人、猫と暮らす人、お店をつくりたい人……さまざまな人にぜひチェックして欲しい見どころ満載の住宅だ。

快適コンパクトな2拠点向け規格住宅が誕生 気負わず楽しむ憧れのデュアルライフ
都会と郊外を行き来する2拠点生活の人気が高まるにつれ、気負わずに建てられるセカンドハウスへのニーズも増えている。そんなニーズに応えるために建築家の李孝哲さんが自ら土地を購入、2拠点生活実験ハウスとネーミングをつけ、神奈川県青野原に建てた快適・コンパクトな規格住宅をご紹介。

上質なシンプルはこんなにも心地いい。緑と暮らす、インナーバルコニーのある家
「緑を眺めて暮らせる中庭が欲しい」との要望を受け、T邸を設計した株式会社desus(デサス)建築設計事務所(以下desus)。 中庭を望むLDKには室内感覚で使える広いインナーバルコニーもあり暮らしの楽しみは無限大。持ち前のセンスと妥協のない設計でつくる 「ひとつ上のシンプル」を体現した空間とは?

ここまで開放的な平屋だから、自然満喫と落ち着く空間を両立!
窓いっぱいに広がる高尾の自然の景色、家のなかを通りぬける気持ちのよい風。存分に自然を味わえる家は、建築家の望月さんが家族と暮らすならと考えて設計した理想の家でした。

既存建物の奥に増築。ネガティブ要素を魅力に変えて実現した、光あふれる住まい
息子さま一家が暮らしている家に、ご自身の終の住処を増築する計画を立てていたお施主さま。建ぺい率などは問題なかったが他にクリアすべき点が多く、請負業者が見つからず困っていたときに知り合ったのが建築家の村上さんだ。高台の住宅地の奥、整形ではない敷地という条件をものともせず明るく暖かな家が完成した。

北海道、離れ、定年後…すべての条件を調和した自然素材空間
ご自宅に隣接した敷地に、終の棲家(ついのすみか)となる「離れ」として計画されたOさん邸。これから年齢を重ねていくご夫婦がゆったりと暮らせる、ワンルームのような伸びやかな空間が広がります。リビングダイニングの中心には、1枚の壁が。そこには、雪に閉ざされる北国の住宅で、少しでも自然光を感じながら快適に毎日を過ごすための工夫が集約されていました。

借景がまさにアート!夢を贅沢に詰め込む、こだわりの別荘づくり
ずっとマンション暮らしだったTさんが軽井沢に建てたのは、自然を絵画のように切り取り、家の景色の一部とした別荘だ。施主のTさんと建築家、佐藤さん。自然と融合した美術館のような家は、Tさんと佐藤さんのこだわりが詰まったアート作品だった。

住宅街にありながら開放感たっぷり 八寸角の米松を大黒柱に据えた住まい
兵庫県・加古川市に建つA邸は、atelier thuの坪井飛鳥さん、細貝貴宏さん、上田 哲史さんの3人が手掛けた住宅である。住宅密集地の家にもかかわらず、室内から視線が抜ける開放感。存在感を放つ大黒柱…。3人の個性とアイディアが随所にちりばめられた、A邸の魅力をご紹介しよう。

時を経るごとに山の一部になっていく。 2つの眺望が楽しめる未来の古民家
四国山地の小高い山の中腹にある「Zen」。贅沢な眺望と、四季折々の山の美しさを堪能できる、古民家のような家を望んだお施主さまに、建築家の坪井さんは平屋を提案。環境や風土そのものを大切に考えられた家は、山になじみ風景の一部へと変化していく。
