
大切にしているのは、施主様との「対話」
ささいな一言から潜在的な想いを見つけ出す
きっかけは設備老朽化に伴うリノベーション
30年近く前に建てられた家への不満は?
一般的に、建築家に設計を依頼する施主様は、家へのこだわりが強い。新築・リフォームを問わず、「広いLDKにしたい」、「家族がこのように生活できる家にしたい」など、多くの要望や想いがある。しかし今回のケースは、少し違った。設備老朽化に伴うフルリノベーションをという要望以外に、施主様から明確なものがあまりなかったからだ。
そこで米田さんは、施主様とじっくりと話をすることにした。
これまでの家で、少しでも不便だと感じたことはどんな点か?
新しい家で、どのような生活をしたいのか?
このような施主様の要望や想いを、角度を変えた質問や対話で何度も繰り返し、明らかにしていったのだ。
米田さんは、こう語った。
「施主様との対話を繰り返し、その中から広さと明るさを求めているのではないかと感じ、プランに落とし込みました」。
「また、同居するお子様がすでに大きくなっていたので、この家での過ごし方も変わってきます。そこでライフステージの変化にも対応したプランを考えました」。
施主様との対話を繰り返し、米田さんがたどり着いた結論は以下の3点だ。
1:面積が大きいにもかかわらず広さを感じられなかったので、広さを活かしたい
2:リビング以外にも、明るく、くつろぐことができる空間をつくりたい
3:人を積極的に招くことができるようなプランにしたい
誤解がないように補足すると、今回の施主様は決して要望や想いを持っていなかったわけではない。ただ、人によってその要望の具体的なイメージには差があり、その時点での不満が少なければ言語化することも難しいということなのだ。
米田さんは、対話にこだわる理由をこう語った。
「施主様との最初の打合せで、明確な要望をいただくことはよくあります。ただ、その要望には、実は別の背景や理由があることもあるのです。ですから、対話を続けると、本当に実現したかったことが明確になります。これは、とても大切なことだと思っています」。
こうして、今回のフルリノベーションで解決すべき課題が明確になった。
次章で、実際の解決策を見ていこう。
広さを感じられるための増築とプラン変更
ワクワク感を演出する玄関位置の変更
1:広さを感じられる間取りへの解決策
→ホールを基点に視覚的な抜けや光の取り込み方を工夫し、奥行きと広がりを感じる空間とした
2:リビング以外にもくつろぐことができる空間
→大きな中庭の一部に増築し、新たにサブリビングのような機能を持つホールを設ける
3:人を積極的に招くことができるプラン
→ワクワク感を醸成するための、玄関位置の変更およびアプローチの再設計
実際には細かい工夫が各所になされているため、ここですべてをお伝えすることは難しい。ぜひ、写真の説明文をご参照いただきたい。
ポイントは、増築と玄関位置の変更にある。
従来の家は、コの字を90度左に回転した造りになっていた。コの字の開口部が下側(南側)にあり、中央には大きな中庭。左右にリビングなどの部屋があり、中庭に面した本来は明るい部分が廊下となっていたのだ。これでは左右の部屋が廊下で分断され、明るさも取りづらい。
そこで米田さんが考え出したのが、従来の家で廊下になっていた部分を増築し、中庭に面した明るいスペースを作るというプランだった。さらにこのスペースを壁などで仕切らないことで、広さをさらに実感できるようにした。
また、従来は敷地に入ってすぐの位置にあった玄関を移動した。コの字の開口部分(従来の中庭の南端)に玄関位置を移し、この部分も増築してコの字からロの字にしたのだ。玄関位置を奥に移動し、アプローチを長くとることで、お客様は「この先はどうなっているのだろう?」とワクワクする演出となっている。
さらに、明るさの確保にも留意している。増築部分の各所にハイサイドライトが設けられ、南側に玄関を増築したにも関わらず、中庭にも柔らかな光が入り込む。もっとも北側に位置する廊下でさえ、2階の窓からの光を階段の壁で反射させることで十分な明るさを確保している。
この家はRC造のため、自由に多くの開口部を増やすと構造面で問題が発生する恐れがある。そのため、長くこの家を使えるように、既存の家の構造にはほとんど手を加えていない。しかし制約がある中で、できることを見極めて様々なアイデアを盛り込んだ。そして最終的に、解決すべき課題をすべてクリアした作品が誕生したのだ。
リノベーションでここまで変わるとは
想像以上に快適で、大満足です
「当初は、具体的にこんな家にしたいという要望がなかなか形にできずにいました。しかし対話をくり返し、私の想いを色々と引き出して頂き、感謝しています。米田さんの提案に肉付けをしながら、プランを計画していきました。実際に住んでみたら、こんなはずじゃなかったというマイナスな面はほとんどありませんでした。無駄な空間をなくしつつ、敢えて贅沢な空間の使い方で広さを感じることができ、飽きずに暮らしております。素敵な空間になりました。本当にありがとうございました」。
ご家族も、当初想定したとおり、冬は増築した明るく暖かなホール部分で寝そべったり、サブリビングに設置されたプロジェクターで映画を見たりして、思い思いの場所でくつろいでいるそうだ。きっと家族全員がこの作品に満足し、毎日の生活を満喫していることだろう。
最後に、米田さんが常に心がけていることを聞いた。対話を重視していることはご紹介したが、その他にこだわっていることはあるのだろうか?
「建築家はデザインを重視していると思っている方も多いと思います。しかし私は、デザインに機能が伴っていないと、毎日、快適に過ごすことはできないと思っています。これは新築でもリノベーションでも変わりません。毎日の生活が快適になるプランを作るように、心がけています」。
「また、周辺環境や前面道路の視線や車通りなど、気にかけるべきことはたくさんあります。その視点でプランを考えることが重要です。私の場合、そのプランで本当に良いのかを確認するため、自分がその家で住むとしたら気になる点はないかという視点で考えるようにしています」。
建築家に設計を依頼したいが、“自分の中に明確な要望がない”と感じていたり、“自分の要望が本当に合っているのか不安だ”と感じている方にとって、米田さんはとても頼りになる存在ではなかろうか。
間取り図
基本データ
| 作品名 | Mhouse |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県奈良市 |
| 敷地面積 | 357.14㎡ |
| 延床面積 | 493.23(増築部33.65)㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども2人 |
撮影:河田弘樹
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

目指すのは快適な「シュミグラシ」!現代の長屋が愛される理由
都心からおよそ40分。東武東京スカイツリーライン「蒲生(がもう)」駅から徒歩5分ほどの、約2,900㎡の土地に誕生したのは、「蒲生シュミグラシ WA nest(ワ・ネスト)」と名付けられた斬新な賃貸集合住宅です。趣味や仕事と暮らしが一体化した20の住戸に、地域に開かれたコミュニティスペースが併設された、「現代の長屋」。その魅力を、現地で探りました。

古い空き店舗が建築の力でみんなの居場所に 社会課題の解決に繋がるリノベーション
空き家問題、放課後の子どもの居場所、地域コミュニティーの衰退など、日本には様々な社会課題がある。これらの解決に、とある古いクリーニング店が一役買っているという。その建物のリノベーションを手掛けたのは、YN studioの一級建築士並木さんだった。

元に戻すのではない、進化させるのだ 古民家リノベの新機軸
築120年を超える古民家のリノベーションとなると、外観はできるだけそのまま活かし、内装を現代風の間取りや設備で利便性をもたせるというのが定石。そんな古民家リノベに一石を投じるような、大胆なフォルムのリノベを行ったのは、ご夫婦の建築家ユニット可児さんと植さん。 古民家が生まれたときの原点に立ち返り、「本質」はそのままに、現代に生まれ変わらせたリノベーションの新機軸に迫る。

5年の歳月をかけてこだわりを重ねた 高低差を愉しむ傾斜地のコートハウス
かつては里山だった原風景に想いを馳せ、有機的な素材をふんだんに用いながら、自然の延長線上の空間としてデザインした「蛇篭の家」。「この場所に家を構えたい」と施主Wさんがあえて選んだ傾斜地を前に、建築家の六鹿さんの頭の中にはどんなストーリーが描かれていたのだろうか?

築40年の家が北欧風のモダンな空間に!フルリノベで実現した4世代の家
ご両親との同居をきっかけに、築40年の実家をフルリノベーションすることとなったMさんご夫婦。新たに誕生したのは、光と風をうまく取り込んだ、心地よい住まいでした。家族全員がのびのびと暮らせる工夫に満ちた、4世代のための住まいづくりに迫ります。

外からの視線を遮りつつ光と風を取り込むデッキテラスのある癒し
多摩市に建つ事務所兼住宅のSさん邸は、3階フロアのみが居住スペース。外から視線を遮るためコートハウスとしていますが、そこにはSさんご夫妻の思いを具現化したさまざまなプランが採用されています。

高さ約4mのガラス張りで圧倒的な開放感 上質な素材使いが魅力のコートハウス
desus(デサス)建築設計事務所が設計した『CH6』は、逗子海岸近くの住宅街に立つモダンな一軒家。中庭と一体化するLDK、ジャグジー付きルーフバルコニーなどのリゾート空間から、チーク・天然石といった上質素材の使い方まで見どころが満載だ。

自然素材を駆使したカントリー調デザイン。 快適動線で心地よく暮らせる家づくり
白亜の外観が目を引くこの家は、「お寺の住職さん一家の住まい」。東京都世田谷区内の敷地はお寺の境内だが、住居スペースは自然素材を駆使したナチュラルなカントリー調。複雑な建築規制を突破して機能性とデザイン性を両立し、「家にいる時間が長い分、心豊かに暮らしたい」との要望に応えた魅力的な住まいとは?

上質なシンプルはこんなにも心地いい。緑と暮らす、インナーバルコニーのある家
「緑を眺めて暮らせる中庭が欲しい」との要望を受け、T邸を設計した株式会社desus(デサス)建築設計事務所(以下desus)。 中庭を望むLDKには室内感覚で使える広いインナーバルコニーもあり暮らしの楽しみは無限大。持ち前のセンスと妥協のない設計でつくる 「ひとつ上のシンプル」を体現した空間とは?







