
ミニマルだけど狭くない!
高速ラリーで導いた面積以上の空間の広がり
”鉄は熱いうちに打て”最短1日の即レス
施主と共に高い熱量で並走し形に
設計を手掛けたのは、住宅から店舗、施設など幅広いジャンルで、唯一無二の建築を生み出し続ける建築家、福田俊さん。
施主のAさんと福田さんは、大学時代からの友人関係。専門こそ、それぞれデザインと建築という分野は違えど、美やデザインに関する感性においてお互いを深く認め合う間柄だ。
「ある時、彼から『家を建てたいのだが、どうしたらいいか?』という相談があって。アドバイスや土地探しの協力も頼まれました」と福田さんは振り返る。福田さんは伝手のある不動産会社と連携し、東村山や立川といった多摩地域北部を中心に、候補地をリストアップ。まず福田さんがふるいにかけ、「この土地にはこんな魅力があり、こういうプランができそう」「ここはこういう弱点があるが価格は抑えらえている」といった具合に、Aさんに丁寧に説明を重ねた。その作業を繰り返すこと約20候補。最終的に選ばれたのは、駅からは少し離れてはいるものの、整形地であり今後の周辺開発が見込まれる、東村山の一区画だった。
土地が決まれば、次はプランニングだ。建築家によってヒアリング手法はそれぞれ個性がある。細かな質問シートに記入をしてもらう人もいれば、施主とひたすら対話し、他愛もない会話からじっくり施主の好みを探っていく人もいる。福田さんの場合は、どちらかというと条件、要望、敷地、予算といった概要をつかむ程度で割とあっさりしたものに留めるという。そしてこれは、Aさんとの仕事に限ったことではない。
実際このときAさんから出てきた言葉も、「みんなが集まる楽しい空間」「ノイズを減らしたミニマルな印象」「要素の連続性」「少しクセのある家」といったイメージの言葉ばかりだった。だがそれはAさんが建築に不案内だからではない。デザインと建築に造詣の深い彼は、細かな要望を出すより、信頼する建築家の解釈と提案に委ねることを望むタイプの施主だったのだ。
「私はプランをできるだけ早く提示して、それを施主さんと一緒にブラッシュアップしていくタイプです」
施主の言葉やイメージを自分なりに解釈したら、すぐに手を動かす。形にして、早い段階で施主にぶつける。フィードバックがあれば最短1日で変更案を返す。その高速ラリーを繰り返しながらプランを練り上げていく——それが福田さんの流儀だ。
「“鉄は熱いうちに打て”ではないですが、熱量が高いうちに返すことで、プロジェクトを共に進めているという一体感と信頼感が生まれます。そして自分も手を動かし続けることで、良いアイデアが浮かんでくることが多いのです」と福田さんは語る。
少ない言葉から施主の輪郭をつかみ、期待を超えるプランを即座に形にして返す。そういう建築家を、提案に委ねることを望むAさんは、きっと待っていたのだ。この驚異的な即レスを支えているのは、若手時代に叩き込んだ「スタディの千本ノック」。とにかく早く大量にプランを考えてきた経験の蓄積だ。
実際のプロセスでも、2階リビング案や広いバルコニー案など、いくつもの変遷をたどった。手間暇はかかっただろうが、それも互いの感性と信頼が土台にあってこその、豊かな往復だったに違いない。
「Aさんには身内に建築関係の方がいたり、他にも検討されていた建築家の方がいたりしたようですが、最終的には私を選んでいただけました」と福田さんは静かに語る。
提案するプランの力もさることながら、あの高速ラリーが、そしてこのふたりの間にあった感性の共鳴が、きっと決め手になったに違いない。
4つの領域がOVERLAPし空間を共有
籠りと開放の視覚効果で体感的広がりを
そこで福田さんが着目したのが、「広さ」を実面積ではなく“体感”でつくるという発想だった。
無類の映画好きでもある福田さんは、映像が生み出す視覚効果の力をよく知っている。人は図面上の面積を正確に把握して広さを感じるわけではない。目に飛び込んでくる空間の印象、視線の抜け、光の広がり——そうした要素が、体感的なスケールを決定づける。であれば、制約のある面積の中でも、広がりを感じさせることは可能なはずだ。福田さんはそう考えた。
具体的なアプローチは大きく2つある。
1つは、高さと奥行きに明確なメリハリをつけること。あえて天井を抑えた“籠る”領域と、吹き抜けによる“開放”の領域を同一空間内に共存させ、その対比によって体感的な広がりを生み出す。
もう1つは、空間を壁で細かく分断しないこと。各ゾーンを個室として切り離すのではなく、隣り合う領域同士を重ね合わせる「OVERLAP」という考え方を採用した。視覚的にも動線的にも緩やかにつながりながら、それぞれの領域は固有の性格をもつ。この重なりが、面積以上の奥行きを感じさせる。
このプランは、Aさんの心に深く刺さった。
実際のA邸を見ていこう。
穏やかな住宅街を進むと現れるのは、シルバーのガルバリウム鋼板を縦張りした、端正でミニマルな外観。正面からはスクエアな箱のように見えるが、屋根は奥へと高くなる片流れ。抑制されたファサードの内側に、ダイナミックな断面構成を秘めている。
開口部もあえて絞り込んだ。正面に大きな窓を1つ、側面には玄関扉と2階の窓をそれぞれ1つずつ。窓の数を抑えることで外部からの視線を限定し、内部の気配を安易に見せない。どこか想像の余白を残す構えだ。同時に、室内から見える景色も整理される。ひとつの場所から、ひとつの風景だけを見るという設計である。
それはコストの合理化にもつながるが、何よりAさんが求めた「ミニマルな印象」「ノイズを減らす」というイメージを、外観レベルから徹底した結果でもある。
ガラス戸を開けると、そこにあるのは一般的な玄関ではなく、「ホール」と名付けられた土間空間だ。海外住宅のように、リビングへとダイレクトにつながる。
「玄関という空間は用途が限定されがちです。それならば、あえて玄関を独立させず、多用途に使える場を広くしたいと考えました。最後まで悩まれていましたが、最終的には受け入れていただけました」と福田さんは振り返る。
このホールは、道路側が天井高2.1m、奥側は最大6mの吹き抜けという大胆な断面構成をもつ。同一空間の中で、籠る場所と解放的な場所を明確に対比させることで、実面積以上の奥行きと広がりを感じさせる。白い塗装壁、モルタルの床、シルバーの天井は光を柔らかく反射し、視線を奥へと導く装置としても機能している。
「この家は、平面が田の字型に4分割された構成になっています」と福田さん。
1階は、窓に面した明るいホールの半分、吹き抜けで高さを確保したホールの半分、籠る印象のキッチン、そして水回りのゾーンという4領域で構成される。壁で完全に閉じ、独立させるのではなく、空間を共有しながら重なり合う。まさにOVERLAPの実践だ。
領域ごとの個性と、全体としての統一感。その一見相反する要素を、断面操作と素材の統制によって成立させている。どこにいても家族の存在が感じられ、同時にそれぞれが思い思いの居場所を見つけられる構成である。
階段を上がると、2階は家族のプライベートゾーンとなる。田の字のうち3つの区画が、現在は緩やかに使い分けられている。ひとつはソファを置いたセカンドリビング、ひとつは家族4人が川の字に眠る寝室、そしてひとつはクローゼット兼物置だ。
将来、子どもたちが成長すれば、間仕切りを設けて3つの個室に分けることも可能だという。用途を固定せず、時間の経過を受け止める可変性を内包している。
完成した住まいについて、Aさんは「狭いかもしれないと不安もありましたが、結果的に自分たちにはちょうど良いサイズでした」と語る。
子どもたちは正面の大きな窓辺を縁側のように使い、外と内を行き来しながらのびのびと遊んでいるという。その姿は、閉じながらもひらかれたこの家のおおらかさを象徴しているかのようだ。
近年、住宅価格の高騰により、面積的広さをもとめることが容易ではない時代において、「広さ」をどう再定義するか。A邸はその1つの解答だ。各領域を重ね合わせ、視覚効果を精緻に設計することで、実面積以上の体感を実現する。
これは、福田さんの若手時代に叩き込まれた“スタディの千本ノック”の蓄積と、施主との高速ラリーを厭わない姿勢があってこそ導き出された答えでもある。
少ない言葉から本質を読み取り、即座に形にする。そして制約を創造へと転化する。福田さんはこれからも、そんな流儀で唯一無二の住まいを生み出していくのだろう。
撮影:高野ユリカ、(西側前面道路からの外観写真のみ千葉顕弥)
基本データ
| 作品名 | OVERLAP |
|---|---|
| 所在地 | 東京都東村山市 |
| 敷地面積 | 92.0㎡ |
| 延床面積 | 71.5㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子供2人 |
| 予算 | 3000万円台 |
| 施主 | A様 |
設計者情報
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