
心地いい風が入る、伸びやかなリビング。
バリアフリーの平屋はゆとりある空間が魅力
存分に籠れる距離感が
夫婦二人での暮らしを軽やかにする
まずご夫妻が望まれたのは「それぞれの趣味室が欲しい」ということ。稲田さんはご主人の部屋を玄関の奥に、奥さまの部屋はリビングを挟んで対角に位置する場所に計画した。「夫婦二人の暮らしですので、ひとりの時間を過ごしたいときには気兼ねなく籠れるよう、あえて距離を離しました」と稲田さん。
ご主人の部屋はコレクションルーム。4畳弱のスペースに棚を造り付け、絶秒な落ち着き感のある空間になっている。奥さまの趣味室にはご親族が所有していたグランドピアノを設置。窓もあるので心地よく過ごせるという。
キッチンは玄関側に寄せて計画。壁面でキッチンをボックス状に囲みつつ、リビング側と玄関側に扉をつくり回遊性を持たせた。玄関からリビングに続く廊下のような役割も担う壁面は収納も兼ねており、くるくると回れることでキッチンの使い勝手も向上している。また、二人で同時にキッチンに出入りしても動きやすいだけでなく、ご夫妻それぞれの趣味室からダイレクトにキッチンへアクセスできるようにした。
さらに二人住まいをより気兼ねないものにするための工夫がある。リビングから寝室へ向かう間にある前室の存在だ。どちらかがリビングで遅くまで過ごしていたとき、前室がなければ寝室のドアを開けるといきなり眩しくなってしまうが、ワンクッション置くことでそれを防ぐ。また、I邸の全ての扉は開き戸に比べ音が漏れやすいといわれる引き戸だが、前室を挟むことで寝室に必要な静謐さが確保できるとのこと。
長く人生を共にし、一緒に暮らすからこそ、距離感や居所を尊重する間取り。I邸には、大人らしい自由が感じられる。
自然素材が贅沢に使われた家を、
より心地よい空間にする「日光」と「風」
開放感の秘密は、深い軒からはじまる勾配天井だという。稲田さんは「フラットではなく、勾配天井のほうが空間は広く見えます」と話す。手が届くほど低い位置から家の奥に向かって天井を上げていき、また構造部材である梁をそのまま見せることでさらに天井を高くした。そのうえで、ボックス状のキッチンは天井まで壁を立ち上げず空間をつくり、玄関まで目線が抜けるように計画した。室内に奥行きが感じられ、さらに解放感がアップしたという。
平屋だからこそ、軒は深く取りたかったとも話す稲田さん。家の中に日の光をちょうどよく入れることが大切と考えているからだ。軒を深くすれば、太陽高度で夏は日の光が入りにくく、冬は入りやすくなる。ただ、平屋の場合は大きく開口しても家の奥が暗くなりがちなのだという。そこで、家の奥側に小さな中庭も設けた。中庭はリビングと和室、前室の三方に囲まれ、それぞれに光を落とす。
軒がある家の正面は南側、中庭があるのは北側で気温も低いことがポイントだそうだ。リビングから中庭に出られる掃き出し窓とは別に、天井に近い上部に換気のための窓をつけた。熱を持った風は下から上へ流れ、また気温の高い場所から低い場所へ向かうため、室内に風の流れができる。エアコンをあまり使用されないというIさまご夫妻も、風が抜けて気持ちがいいと居心地に満足されているとのこと。「深い軒側の大きな開口部には雨戸も付けました。雨戸も風が抜けるものを採用しましたので、夜、窓を開けたまま寝ることもできます」と稲田さん。
ご夫妻のご要望により、杉や米松の無垢材など自然素材が多く使用されているI邸。軒から続くリビングの梁など構造部材が美しい点も特徴的だが「あえて見せることは、設計的にはなかなか難しいのです」と稲田さんは語る。梁を等間隔に並べるのは技術を要するが、それを何故やるのかといえば、職人たちの腕の見せ所もつくりたいと考えているからだという。
構造部材をそのまま見せるためには、切り口や組み方にもこだわらなくてはならない。工場でプレカットするだけでは事足りないことも多く、職人たちが現場で木材を削りながら組むことも多々あるという。「そうして出来上がった部分は、美しさはもちろん見た目から与えられる安心感が違います」と稲田さん。
もう一つ大きな利点がある。それは、あらたに天井を張る必要がないので、家全体の高さを抑えても、十分な天井高がとれるという点だ。家全体の高さを抑えられれば、それだけ壁面の分量が減る。さらには柱も短い規格で足りるようになるなど、開放感が得られる内部空間を獲得しつつ、コストカットできるのだという。これも、施主さまにとってはありがたいところだろう。
住む人のためだけに合わせた空間と
住む人の状況に柔軟に対応する空間を両立
「ここには絶対に物を置けないとか、逆に何かを置かなくてはならないとか。『こういう風にしか暮らせない』という設計はしないように心がけています」と稲田さんは語る。住む人のその時々の変化に柔軟に対応できる空間づくりをするのだという。
もちろん、そこに暮らす人のためだけに合わせた空間づくりも同時におこなう。打合せ時に住まい方や家を拝見させてもらい、プランに反映させている。例えばキッチン。特に要望はなかったそうだが、以前の住まいを見た稲田さんの印象から、キッチンはさっと見えなくできたほうが都合がよいと考え、2か所ある出入り口に扉を設けることを提案。ご夫妻も今はその便利さを実感されているとのこと。
お話を伺うあいだ「その人のための家を」という言葉を稲田さんから何度も聞いた。I邸ではもちろんご夫妻のためであるのだが、今は違う場所にいらっしゃる奥さまのお母さまのことも同じように考えられている。
車いすで生活されるお母さまのため扉は幅広の引き戸にし、段差はなくすなど家全体をバリアフリーの構えにしたのは当然だ。使い勝手の以外にも、外部の石垣はそのまま残し、お母さまの居所になる和室には建て替え前の家から床柱を移設。さらに、敷地は広く掘削が必要だったが、以前から植えられていた大きなモミジの木は苦心して残したのだという。これらの心遣いには、新しい家に帰ってきたお母さまも喜んでくださるだろう。
ご主人は「デザインだけでなく、使い勝手や収納量も考えられたすごい住まいをつくってしまったと思います」と感想をくださったという。わからないことだらけだったというNさまご夫妻が100%以上の満足度で家づくりができたのは、稲田さんの確かな技術はもちろんのこと、細やかな配慮と丁寧な仕事ぶりによるものに違いない。
基本データ
| 作品名 | 吹田の家 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府吹田市 |
| 敷地面積 | 369.32㎡㎡ |
| 延床面積 | 100.46㎡㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 3000万円台 |
| 施主 | I邸 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

建築家が自分のために設計!四季を楽しむオーナー邸付き賃貸住宅
オーナー邸付きの賃貸集合住宅は珍しいものではない。だが、この住宅のオーナーは設計者である渡辺 仁さん。つまりオーナー邸は“建築家の自邸”なのである。渡辺さんは自分たちと入居者双方のプライバシーを確保し、快適さとデザイン性を両立。完成した住空間には、建築のスペシャリストならではの発想が満載だ。

通り土間で居場所を増やし、家をひとつに。風が気持ちよく抜ける、深い軒がある家
和モダンな雰囲気を持つ家を新築したいと考えていたお施主さま。依頼を決めたのはこれまでも多くの和の家を手掛けた、建築家の湊さんだ。要望を芯から理解し、デザインが洗練されているだけでなく、心地よく風が抜ける光に満ちた家を実現。鍵となったのは通り土間と深い軒、そして吹き抜けだという。

コンクリート壁の中に明るく豊かな住空間。家族が憩える、「使える中庭」のある家
建築家の江ケ崎雅代さんが設計したF邸は、研ぎ澄まされたアートのような外観が印象的。邸内に広がるのは、中庭付きの明るく心地よい住空間。「施主さまご一家が、楽しく快適に暮らせるように──」という、江ケ崎さんの温かな思いが伝わってくる住宅だ。

家族がつながる、集落とつながる 新旧の住宅の良さを再編集した奄美の家
独自の住宅文化をもつ奄美大島。奄美独自の住宅の良さと、現代建築の快適さを兼ね備えた住宅をつくったのは、建築家の小野良輔さん。島外出身者だからこそ気づくことができる、伝統住宅の要素を取り入れた家づくりに迫る。

パーゴラ、円形の吹抜けリビング…。 ホテル以上にくつろげる、リゾート風邸宅
オン・オフの切り替えができる住まいを望んだ施主さまに、ホテルのようなリゾート風の邸宅を設計したのは、東京・世田谷に事務所を構える株式会社フレイム。玄関を入る前からくつろぎの時間が始まる、上質な空間づくりのポイントを聞いた。

施主、大工、建築家の「共創」から生まれた 北アルプスを望むハーフビルドの“新築古民家”
北は北海道から南は九州まで、移住先を探すため日本各地を訪ねたというクライアントご夫妻。そしてようやく巡り合ったのが、北アルプスを一望する山間の集落の土地だった。その素晴らしいロケーションを活かした「土間の家」を手掛けたのは、建築家の坂利春さん。さて、どんな家となったのか、これから見ていこう。

隣家が迫る住宅街の中、隅々まで日光が届く。 叶えたのは2階に設けた光の中庭
正面は道路、他の三方は隣家がぴたりとくっついているような場所にできた、家中に光があふれる家。このM邸を設計した建築家の高藤さんは、生活の中心を2階に上げ、家の中ほどに設けた庭に日光を落とし、家の中心から光を届けることでそれを叶えた。

おもてなしが溢れる、悠々4台分のガレージと非日常のリビング!
東京・世田谷区の一戸建てに暮らすYさんは、大切な愛車を守る屋根付きガレージをつくりたいと考え、隣接する敷地を買い増し。建築家の金田崇さんにガレージの設計を依頼しました。金田さんの提案は、ガレージに加え、「セカンドリビングのある家」という斬新なものでした。

大勢の懇親も、家族の団欒も 内外2つのシンメトリーなLDKがある家
大勢のお客様を呼べる広く開放的なリビングを持ちながらも、周りからの視線が気にならないプライベート感もという、両立しにくい施主からの要望。この難題を内外2つのシンメトリーなLDKという秘策で見事に解決してみせたのは、関西を中心に活動する建築家、市井洋右さんでした。

