
実家の裏庭に建坪わずか15坪
五感で楽しむいくつもの居場所
実家に増築の形で独立した家を
子育て環境を充実させる「増築」の選択肢
この家の建坪はわずか15坪。都会では珍しくない広さだが、地方都市である高岡ではこのサイズの狭小住宅はそう多くはないだろう。これには理由がある。それはこの家が、狩野さんの実家の裏庭に建てられているから。この家は玄関を実家と共有し、廊下でつながっているものの、増築部分にはキッチンやお風呂場なども備え、世帯間のプライバシーにも配慮された、独立した生活空間の2世帯住宅となっている。
結婚後、同県内の賃貸物件で暮らしていたという狩野さん。お子さんの小学校入学を見据え、自宅をどうするかということを検討。「実家近くに土地を取得する」「中古住宅を取得し、リノベーションする」とともに、選択肢の1つとして挙がったのが、「実家の裏庭スペースにに自宅を増築する」という案だった。
「この増築にはいくつものメリットがあります」と狩野さんは語る。
まずは、いわずもがな土地代がかからないという点。次は立地だ。実家の近くで理想の土地がタイミングよく見つかるとは限らないし、仮に近隣で見つかったとしても、歩いて数分もかかるようでは、意外と行き来しなくなるものだ。その点、廊下の先に実家があれば、共働きでも安心して子育てできることだろう。
では、実家の建物を壊し、新たな2世帯住宅を建てればよいではないか?と思うかもしれないが、それもハードルは高い。そもそも2世帯住宅ともなると、建築費用が高くなるし、まだ十分生活できる家を壊すのは理に適わない。さらに解体・建築期間中は別の場所に仮住まいする必要も出てくる。
しかし、狩野さんがとった「増築」ならば、コストも抑えられ、実家はほぼ今までどおりの生活を続けられる。
そして何よりのメリットは、「育児環境を充実させながら、将来に対する自由度も残せる」という点だ。将来、家族構成が変わった場合、実家部分をリノベーションや建替えし、お子さんの住居とするということも可能だ。
日本全国で発生している核家族の増加や空き家問題。都会に住む人が地方の実家を持て余すというだけでなく、実家の近くに住んでいる人にとっても起きている問題だ。これに対して、多世代同居は、祖父母や地域住民に子育ての一端を担ってもらうことができ、空き家の発生も防ぐことができる。ライフスタイルを見直した末に、狩野さんが選んだこの「増築」は、子育て世代自らの負担を軽減し、育児環境を充実させるための多くの示唆を含んでいる。
とはいえ、増築も簡単に自由にできるわけではない。増築部分の広さや、土地の広さ、周辺環境や元の家の状況など、クリアにすべき条件や守るべき法規があり、一般的なハウスメーカーや工務店だけでは手に負えないケースも多い。その点、独立前に行政で建築確認や開発許可などの業務に携わった経験のある狩野さんは、法規や行政手続きに精通している。
「建築行政に携わった経験のある建築家は少数派といえると思います。法的な要件が計画に及ぼす影響や、法令遵守のための具体的な方策など、専門的な解説やアドバイスを分かりやすくお伝えしながら設計するよう心掛けています」と狩野さん。
この増築は狩野さんの「法規に関する知識や経験」と「建築家としての家づくりの腕」があればこそなされたといえるだろう。
1つの空間にいくつもの居場所が
五感に響く心地よさ
では具体的に邸内を見ていこう。
狩野邸は共用の玄関を入り廊下を進んだ先、実家の敷地の南東の角に位置する。実家とは廊下の一か所だけで繋がる構造とすることで独立性を保つとともに、あえて中庭や坪庭をつくり、光と緑を室内に導いている。
1階は寝室や子供部屋、水回りを集め、特に子供たちが実家と行き来がしやすいゾーニングとした。この1階には建物を凹ませるようにして作った坪庭がある。建物が狭くなってしまうが、この坪庭が広さ以上の効果を生んでいる。坪庭に面して寝室、お風呂場、洗面脱衣室が取り囲んでいるが、坪庭からの光でそれらの空間が明るいのだ。隣地に対しては、格子状のフェンスで目隠しされているため、風は通すものの視線は遮ってくれる。お風呂場はまるで、露天風呂のような気分にさせてくれるほど、開放感抜群だ。
階段を上り2階に進む。階段上のハイサイドライトからの光が降り注ぎ、暗くなりがちな階段を照らすとともに、時間の推移によって作り出される陰影が変わり、目を楽しませてくれる。
2階はLDK。大きな窓から光を採り込み、視線の先に遠く立山連峰が望めるという。
「富山人にとって、立山連峰のある風景は心の拠り所。家から雄大な山々が望めるというのはあこがれでもあるんです」と狩野さん。
家族が長い時間を過ごすLDKは、陽当たりや眺望を楽しめる2階に配置した。キッチン、ダイニング、リビングで天井や床の高さを変えたり、使われている素材を変えたりしている。さらに腰高の造作家具や本棚などで空間を柔らかく分節し、見え隠れする部分をつくっている。こうすることで、視線や印象が変わり、1つの空間でありながらゆるやかなゾーン分けがなされ、心理的に空間の広がりを感じさせる。さらには、いくつもの居場所ができるのだ。
狩野さん自身も、ダイニングの一部をワークスペースとしているが、定位置はなく、カウンターデスクの小窓から公園の緑を垣間見ながら作業をすることもあれば、ダイニングテーブルで、大窓の先にある立山連峰の存在を感じながら作業をすることもあるのだとか。また、お子さんは、本を読む際、広くとられた畳コーナー先の出窓に腰掛けるのがお気に入りなのだという。
狩野さんは、建築において「空間の質」を大切にしているという。それは単に高級な素材を使ったり、モダンなデザインとすることではない。光の明暗、そよ風や雨音に代表される自然のゆらぎ、その場所特有の風景、気配で伝わる家族の距離感、家族団欒の温かな時間など、目に見えない要素も含めて、人間の五感に心地よく響く空間を創り出すことが、狩野さんのポリシー。この家には、家族それぞれが安らげる場所がいくつもある。
狭小スペースにわずか15坪の建坪という困難な中、これほどまでに心地よい空間を創り出す狩野さんの実力には驚かされるばかりだ。
この家の心地よさは、図面や写真、言葉で説明してもその全ては伝えきれないだろう。狩野さんは随時、予約制にてこの家のオープンハウスを開催しているという。ぜひご自身の五感でこの家を感じてみてはいかがだろうか。
基本データ
| 作品名 | 荻布の家 |
|---|---|
| 所在地 | 富山県高岡市 |
| 敷地面積 | 86.67㎡ |
| 延床面積 | 88.45㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども2人 |
| 予算 | 2000万円台 |
| 施主 | K邸 |
設計者情報
この実例を見た人はこちらも読んでいます

“当たって砕けろ”と人気建築家にチャレンジした結果、理想以上の家が予算内で。
夫婦ともにマンション育ちで、一戸建てライフに憧れがあったNさん夫妻。当初は主に建売住宅を検討していましたが、雑誌で見た建築家・松本直子さんの建てた家に釘付けに。予算的にためらいがあったものの、思い切って松本直子建築設計事務所の扉をたたきました。

広いピロティと雁行する建物で程よい距離感 時を超え住み継いでいける2世帯住宅
これまで離れて暮らしてきた家族が、1つ屋根の下で暮らす2世帯同居。「お互いがどれだけストレスなく暮らせるか」は、もっとも大きな課題といえるでしょう。そんな課題を設計力で解決し、「程よい距離感」の2世帯住宅をつくったのは、建築家の洲崎洋輔さんでした。

快適に暮らす、子どもが遊ぶ。 大きな木の下で家族が集う、秘密基地
「秘密基地のような家」がテーマのN邸。中心に尖った屋根を擁する個性的な外観もインパクトがあるが、屋根の下にはなんと「大きな木」があるという。設計した井上孝紀さんは、その木の下に家族が集う様子を思い描き、小さなお子さまがいらっしゃるNさまご家族の皆が住みやすい家をつくり上げた。

二世帯、つかず離れず快適に。ジグザグ曲がった大きな平屋
広大な敷地に建つK邸は大きな平屋の二世帯住宅。中庭をぐるりと囲む建物は曲がりくねった独特のラインを描き、民家とは思えないほど洗練されたアーティスティックなデザインが特徴だ。だが設計した清正 崇さんによると、この形は二世帯だからこそ頭に浮かんだものだそう。 “長く、心地よく暮らせる二世帯住宅”は、なぜこの形になったのだろう。

住まい手基準の気持ちよさの追求。両親への想いが詰まった平屋
依頼人のご両親が住む広島の実家。建て替えるなら体が弱ってきても過ごしやすい家にしてあげたいと娘さんは願いました。ご両親が元気に毎日暮らせる家には何が必要か、娘さん、建築家の山口健太郎さん、そしてご両親が考えを出し合いました。

内と外が緩やかにつながった、「空間グラデーション」の妙
施主であるHさんが自邸を建てるために選んだ土地は、住宅街のなかにある角地でした。南北に細長い敷地の南と東に面した道路は、それぞれ幅員4mほど。建築家の植村康平さんは敷地を何度も訪れ、Hさんファミリーが暮らす理想的な住空間をイメージしながらプランニングしたといいます。そうして誕生したのが、道路と庭、室内がゆるやかなグラデーションでつながった「カドニワの家」でした。

30年後も安心して暮らせる 「無色」からの家造り
Oさまファミリーが暮らす「平屋の家」を手掛けたのは、クライアントの希望に沿ったプランニングと、完成したあとのアフターフォローも万全の体制で臨む家造りに定評があるインカラーアーキテクツの遠藤彰さんだ。

家とともに人生を歩む。 日ごとに愛着が増す、ゆとりある家
小山田剛さんが自宅兼事務所として建てたのは、温もりあるシンプルな家。建築家としてだけでなく、夫、そして父親としての目線からも考えられた住まいは、大らかに家族を包み込んでいる。小山田さんが家の中に散りばめた「小さな豊かさ」をひも解くと、家と暮らしにおいて本当に必要なことは何かが見えてくる。

自分の「好き」を形にした 建築士の自邸兼アトリエ
イシマルデザイン一級建築事務所の岸絹子さんが、自身が設計した自邸兼アトリエ「福角の家」をつくったのは、今から4年前のこと。「自分が本当に好きなモノ、好きな空間」を形にしたというその家は、岸さんならではのセンスがそこかしこに溢れていました。
