
人を呼ぶ建築で、街がどんどん進化する
神田の魅力を発信する多目的ダイニング
神田に根差したオーナーの思いに応え、
「建築ができること」を考える
オーナーの廣瀬さんと水間さんの出会いは、以前、仕事をご依頼くださったクライアントを通してだった。そこでは建築デザインの知見を生かして多彩なアイデアを提案し、ふんわりした企画を見事に具現化した水間さんの仕事ぶりが話題に。初対面だった廣瀬さんも興味を抱かれたようで、「父が経営する会社が所有している神田のビル1階を改修して、神田を盛り上げる場所をつくりたいと思っているんです」と、構想中の企画をご相談くださったという。
廣瀬さんは明治13年に神田錦町で開業し、東京で五指に入る薪炭問屋として名を馳せた『廣瀬與兵衛商店』の創業一家の5代目。戦後になって『廣瀬與兵衛商店』は改組し、4代目に当たるお父さまは現在、神田錦町で不動産管理会社やエネルギー事業の会社を経営。3代目であるご祖父さまは神田明神の名誉総代、お父さまは総代を務め、地域の方々からの人望が非常に厚いご一家だ。
そんな廣瀬さんご一家からの相談を、「ぜひやらせていただきたいと思い、すごく楽しみでした」と振り返る水間さん。早速、スタッフや学生とともに神田に赴き、歴史、文化のリサーチから街としての現状分析までを行って、街の個性と廣瀬さんの思いをかけ合わせたプランを練り上げた。
その結果、提案を受けた廣瀬さんご一家は「こんな風に神田を盛り上げていきたいね!」と賛同してくださり、水間さんへのオファーが正式決定。こうしてスタートしたプロジェクトでは何を目指し、今、そこではどんなことが起きているのだろうか? 完成した『廣瀬與兵衛商店』の魅力とともにご紹介していきたい。
神田の魅力を引き継ぎ、膨らませていく
新空間の2つの特徴
水間さんがプランニングした改修後の新空間の特徴は、大きく分けて2つある。
1つは、「街と一体化するオープンな造り」だ。改修前は建物内部が見えない造りのオフィスビルだったが、「気軽に入店していただきたいですし、神田周辺のみなさんとのコラボも念頭に置いた空間なので、街とつながるオープンな造りにこだわりました」と水間さん。道路側は外から店内を見通せる大胆なガラス張りとし、「ようこそ」と迎え入れるようなおおらかさを表現。ビル内のテナントオフィスに向かう動線との仕切りもなくし、このビルで働く方々に対してもオープンな環境をつくっている。
もちろん、屋外の爽快感を味わえる開放的な空間は居心地も抜群。黒、モルタル、天然木を組み合わせた内装もモダンで洗練されており、空間の心地よさに惹かれてカフェダイニングを利用するお客さまも多い。
新空間のもう1つの特徴は、「神田の魅力を引き継ぐデザイン」だ。神田のカルチャーや、『廣瀬與兵衛商店』がこのスポットを手がける意味をギュッと凝縮したようなデザインや仕掛けが、店内の随所にちりばめられているのだ。
例えば、店内の空間デザインの核となっている、炭をおこすための立派な炉。この炉は140余年前に薪炭店から始まって、現在も高級飲食店に上質な炭を卸している廣瀬家の家業や歴史の象徴であり、廣瀬さんがこのスポットを手がける意味を強力に物語るオブジェでもある。同時に実用面でも活躍し、お客さま自身がここで料理を炙って仕上げるサービスなども展開。ちなみに、内装のベースカラーであるモダンな黒も炭をイメージしたものだ。
店前の大きなのれんも思いを形にしたアイテムの1つで、描かれたロゴマークは水間さんがデザイナーさんと組んで提案。ひらがなの「よ」は店名と掛けているが、紐を結んだようなデザインに、人と人、あるいは人と街、あるいは街の過去と未来をつなぐという意味も込めている。
また、店内の一角には何かを書き加えたり、貼ったりできる大きなマグネットボードの神田マップを設置するなど、交流を促す仕掛けも施している。神田の企業、老舗の飲食店や本屋街など、神田カルチャーをけん引する事業者とのタイアップも想定しているため、店内は飲食にも物販にも使えるフレキシブルな空間として設計。神田らしさと『廣瀬與兵衛商店』のカラーを反映させつつ、空間用途の自由度をしっかり確保している点も注目だ。
洗練された空間が口コミでも大好評
「場所」が絡む企画で引く手あまたの建築家
好発進を遂げているプロジェクトを振り返り、「神田をもっと盛り上げたいという廣瀬さまの思いに刺激を受け、関係者全員が同じ思いで取り組めたことにとても感謝しています」と水間さん。聞けば、きっかけは5代目の廣瀬さんのお声がけだったが、そこからすぐに廣瀬さんご一家とのプロジェクトに広がり、マネージャーやシェフが決まってからは、彼らも打ち合わせに参加したのだそう。プロジェクトが進むにつれてどんどんメンバーが増えていき、全員が「神田の魅力発信」を自分ゴトとして捉え、真剣に取り組む──。仲間を巻き込んで夢を膨らませていくプロセスは、誰もがワクワクする冒険物語のようでもあり、今後の『廣瀬與兵衛商店』への期待もいっそう膨らむ。
それにしても、建築を絡めた「何か」を企画するときの水間さんの柔軟性や、フットワークの軽さにはあらためて驚かされる。
コンセプトなどの初期段階から加わって建築へと昇華させ、建築以外のクリエイティブも、人脈を駆使して一気通貫で担ってくれて──。あたかも、建築という武器を持ってカウンターパートに立つ企画屋さんのようで、クライアントに頼られるのも納得。そして最も印象に残るのは、「場所」からムーブメントを起こす仕事を、水間さん自身が心から楽しんでいることだ。そんな水間さんのスタンスこそが、多くのクライアントを惹きつける最大の理由なのだろう。
基本データ
| 作品名 | 廣瀬與兵衛商店 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都千代田区 |
| 敷地面積 | 961.789㎡ |
| 延床面積 | 273.013㎡ |
撮影:髙橋菜生(Nao Takahashi)
設計者情報
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