
歴史を紡ぐリノベで地域を元気に。
南伊豆町子浦のサイクリスト宿『JU-ZA』
元民宿の空き家をリノベーション。
サイクリストが憩うスポットに
『JU-ZA』誕生のプロジェクトは、現在『JU-ZA』を運営する株式会社プレジャー代表・木村仁彦さん、クリエイティブディレクターの真鍋聡子さんらによって推進された。
「仕事で知り合い意気投合した木村さんと、『一緒に何かやりたいね』と情報共有を重ねる中でいろいろなご縁や出会いがあり、生まれてきたのがこのプロジェクトでした」と話すのは、MON architectsの水間寿明さん。水間さんは建築家としてこのプロジェクトに参加し、建物の設計・デザインを担っている。
南伊豆町は少子高齢化、空き家の増加などの課題を抱えてはいるものの、自然豊かな山や透明度の高い海、豊富な山海グルメなど、観光資源に恵まれた漁師町。また、地理的には伊豆半島の最南端に位置し、千葉県から和歌山県までの壮大なサイクリングロード「太平洋岸自転車道」が走っている。伊豆半島一周ライド・通称「伊豆いち」の折り返し地点でもあり、自転車好きにはとりわけ魅力的なスポットだ。
だが南伊豆町にはサイクリストが気軽に休憩・宿泊できる施設がなかった。そこで、かつて民宿だった築56年の空き家を株式会社プレジャーが買い取ってリノベーションし、宿泊施設付きのサイクリストスポットをオープンすることになったのだ。
水間さんは、「設計にあたり念頭にあったのは、『地域に役立つ』という観点です」と話す。
「もちろん、運営者であるプレジャーさんやサイクリストの方に喜んでいただくことは大前提。その上でこのプロジェクトは、『地元の材料で地元の人と一緒につくった場所に利用者が訪れ、地元の産業が活性して多くの人が訪れる』という好循環の創出を目指していました。ですから『JU-ZA』が子浦の方々に受け入れられ、地域の人も訪れた人も元気になるような、そんな場所にしたいとの思いが強かったです」
ポイントは「新しくしすぎない」こと。
面影を残し、地域の人とともにつくっていく
新しさを感じられるスペースの筆頭は、1階のサイクルピットだろう。水間さんはもともとあった和室2室をつなぎ、土間仕上げの広々としたサイクルピットに変更。自転車の保管やメンテナンスのためのスペースだがエントランスも兼ねており、一角にはテーブルやソファも造作。訪れたサイクリストたちはソファでくつろぎ、メンテナンスなどをしながら交流できる。
また、床を土間にしたことでエントランス前に新設したウッドデッキテラスとの一体感も生まれ、サイクルピットは町に対してオープンな空間に。中の様子がわかって地域の人々が立ち寄りやすく、サイクリストたちも町とのつながりを感じられる。
ほか、1階にあるダイニングやシャワーなどの水まわりも、「利用者にとって清潔感と快適性は大事」と、全て新しい設備を入れている。照明も新調し、サイクルピット、ダイニング、廊下などの共用部は、朝、昼、夕、夜で照明の色味が変わるように設定。朝は目覚めがよく活動的になれる光、夕方はくつろげる光、夜から深夜は落ち着いたバーのような光……と、時間帯ごとの人の行動に適した照明にしている。
このように快適性を重視すべきところは刷新する一方で、以前の面影を残し、町の景観を大切にすることにもこだわった。耐震補強は入念に施しつつ、柱や梁、壁やガラス窓はできるだけそのままにし、庭にあった樹齢57年の大きなサボテンの木はシンボルツリーとしてテラスの設計に組み込んだ。新調した照明も、「ギラギラした照明がない町なので」と、町に漏れる光が強くなりすぎないように配慮。それでいて、外からほどよく目につく温かな光になるよう心を砕いている。
おかげで『JU-ZA』は子浦の風景にしっくり馴染み、居心地のよさとノスタルジックな温かさが見事に共存。洗練されたモダンなデザインの中に穏やかなぬくもりを感じる空間に仕上がった。
そしてもう1つ、水間さんが意識したのが、地域の人々に愛着をもってもらえるようにリノベーションを進めること。施工は地元の会社に依頼し、ワンチームとなって一緒につくっていくことを大事にした。例えば、造作したテラスのベンチやダイニングテーブルは通常ならディテールまで設計するが、『JU-ZA』のこれらの造作で水間さんが行ったのはおおまかなディレクションのみ。製作における細かな仕様は職人さんにまかせている。
「みんなで相談してテラスにベンチを置こうという話になったら、職人さんが自らすすんで『つくるよ!』と言ってくださって」と、うれしそうに振り返る水間さん。
細部までしっかり設計しながらも、適度に余白を残してクライアント、職人さん、町の人々が参加できることに重きを置く。そうやってつくられた建築は、参加した全ての人にとって「自分ゴト」となり、愛着も湧いていく──。水間さんは仕事のプロセスにおいても、『JU-ZA』と地域との確かなつながりを生み出したのである。
「まだ見ぬ何か」を生み出すときに、
建築ができることを考える
水間さんはそんな思いもくみ取って計画を進めており、『JU-ZA』の完成時には顔見知りになった近隣の方々を招き入れ、中を案内したという。
「みなさん、空き家になる前の民宿時代をご存知だから、『こんなに変わるものなんだね』と驚いてくださり、『私たちもここに来ていいの? 毎日来たいね』と言ってくださったんです。もちろんいらしてくださいとお答えしましたが、その笑顔を見て、受け入れていただけたんだと心底安堵しましたし、喜んでくださったことがとてもうれしかったです」
この町にあったもの・今ある町並みへのリスペクトを込めた水間さんの設計が花開いた瞬間だ。
『JU-ZA』はサイクリスト宿としても好評で、早速、ファンができ始めている。運営者である株式会社プレジャーの木村さんとは、地域活性につながるサイクリストスポットを各地に展開できないか、夢のあるディスカッションを引き続き重ねているという。
『JU-ZA』は、「何かやりたいね」というふんわりした会話から、たった1年でオープンを迎えることができた。これだけのスピード感で成し遂げられたのは、同じ思いで同じ方向を向くプロジェクトメンバーが集結したからだろう。
ただ、ちょっと驚いてしまうのは、建築家である水間さんが「建物をつくるかどうか」さえ固まっていない段階からプロジェクトに参加していたことだ。そんな曖昧な話でも相談に乗ってくれるのか? と訝しんでしまうが、当の本人は「そういうケース、多いんですよ」と、なんだか楽しそうである。
水間さんは、思いを共有できるプロジェクトがあったら、建築家としてどんな風に貢献できるか独創的かつ能動的に考えられる人なのだろう。
依頼された建物を設計するだけじゃない。みんなの思いを建築という形に落とし込む水間さんのプロデュース力は、これからも「ワクワクする何か」を見せ続けてくれるに違いない。
間取り図
基本データ
| 作品名 | JU-ZA CYCLE YADO Minamiizu |
|---|---|
| 所在地 | 静岡県 |
| 敷地面積 | 150.59㎡ |
| 延床面積 | 169.71㎡ |
撮影:髙橋菜生(Nao Takahashi)
設計者情報
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