
諦めない情熱と経験が導いた光の家
2つの壁を乗り越え叶えた理想の住まい
建築家・森田久雄さん。しかし取り掛かると次々と難問が立ちはだかる。検査済証のない地下室。それをクリアしたかと思えば、伸びやかな空間を阻む法規制が立ちはだかった。多様な物件を手掛けてきた経験と諦めない情熱で、森田さんは施主の期待を超える光あふれる住まいを実現した。
(共同設計者 SUGI architects 杉 拓磨)
建て替えで直面した最大の困難
検査済み証のない地下室をどうする?
一見すると何の変哲もない建物に思えるが、完成に至るまでには、いくつも困難が立ちはだかっていた。
ある日、建築家・森田久雄さんのもとへ1本の連絡が入った。相手は、以前仕事でお付き合いのあったMさん。森田さんに「娘の家の設計をお願いできないか?」との依頼だった。
Mさんは、長年建築関係の仕事をしており、住宅を手掛ける建築家の知り合いも数多くいるはずだ。それでも娘の家という大事な案件を託せる建築家として、定年退職以来、数年ぶりに森田さんに連絡をとった。それは、森田さんの仕事ぶりや手腕を高く評価しているに他ならない。つまり森田さんはプロからも選ばれる建築家なのだ。
こうして始まった家づくり。場所はMさんの家のすぐ隣の角地で、そこには地下室つきの3階建てが建っていた。
この家の第一印象について森田さんは「抜群の立地だと感じました。最初はリノベーションもアリかな?と考えていました」と語る。
しかし、Mさんご家族が希望していたのは建て替えだった。「陽当たりが良く、地べたに座れるリビングがほしい」こと、さらには「広さも確保したい」という要望があったのだ。
こうして新築へと方向性が決まったが、1つ大きな問題が立ちはだかった。
それは、地下室の存在。この既存建物には「検査済証」がなかったのだ。法的に適合しているという証明がない以上、このままでは増改築ができない状態だ。
「解体するにも費用が嵩むし、いっそ埋めてしまうことも考えましたが、面積がほしいということで、なんとか地下を残せる方向で検討を重ねました」と森田さん。
そこで森田さんが打った手が、現状が法的に問題ないことを証明する「既存調査」を行うこと。レントゲンで鉄筋の様子を確認したり、コンクリートの一部をコア抜きしたりして、強度のテストも行った。
この調査結果をもとに、審査機関とも折衝を重ねた。粘り強い対応の末、無事に地下の再利用が可能になった。ここまでに要した期間は2~3カ月、費用は100万円ほどかかったという。
「検査をしても、NGになるリスクがありました。そのうえで検査にGOサインをだしていただいたMさんご家族の決断があったからこそです」と森田さんの言葉にはMさんへの感謝が滲んでいた。
森田さんの粘り強さと、Mさんの度量の大きさ。その両輪が地下室問題という最初の壁を乗り越えた。
伸びやかな空間の夢を阻む縦穴区画問題
多様な物件経験が導いた「ロ準耐」という解
「Mさんご家族は、あれもこれもと、多くの要望があるタイプではありませんた。むしろ私からの提案を求められいるような感じだったと記憶しています」と森田さん。
森田さんは家づくりの際、施主との密な対話を通じて、真に叶えたいことを探っていくスタイルをとっている。そしてできるだけ、現状の自宅を見せてもらうようにしているのだという。
「物量や生活スタイルを拝見し、今の生活のリアルを知ることが、インスピレーションにつながるんです」と森田さんは語る。
Mさんご家族の場合は、隣の実家の様子が何よりも参考になったという。
コンセプトのカギは、要望にもあった「陽が入り快適な居住空間」をどう実現するかということ。
問題は、陽を取り込みやすい南側に実家が建っていること。そのため2階をリビングにすることを前提とした。そして南面に大きな窓を設置し、そこから光を採り込むというもの。
もう1つ森田さんが重視したのは空間の連続性。3層のフロアが分断されるのではなく、1つの大空間として縦につながりを持たせる。そしてそこに伸びやかな階段を設置する。こうすることで、開放感があり家族の気配が自然と感じられる住まいが生まれる。
しかし、ここでまたしても大きな壁が立ちはだかった。それは「縦穴区画」問題。
建築基準法では、3階以上の建物において、火災時の延焼を防ぐため、階段などを区画する縦穴区画が義務付けられている。この基準に従えば、構想した伸びやかな空間はできなくなってしまう。
どう突破するか、森田さんは杉さんと共に、徹底的に調査とディスカッションを重ねた。
その中で見つかったのが「ロ準耐」による緩和だった。正式には「ロに掲げる基準に適合する準耐火構造」といい、建物全体またはその主要構造部をこの基準でつくれば、その建物自体が高い防火性能を持っていると見なされ、階段の周りを防火壁や防火戸で区画する必要がなくなるというもの。
ここでもまた、森田さんのいい意味での諦めの悪さが、道を切り開いた。
この画期的な解決策を導けた背景には、森田さんが共同住宅や店舗、小規模ビルなど多様な物件を手掛けてきた経験がある。これらの建物は、戸建て住宅よりもはるかに厳しい法規制のもとで建てられる。その蓄積がここで活きたのだ。
こうして森田さんは、2つの大きな壁をも乗り越えた。
大窓からの光が降り注ぐ開放的空間
細やかな心配りで施主の期待を上回る
外観は、コンクリートの土台の上に、白い箱、グレーの箱、さらに白い箱が重なったような洗練された佇まい。リビングのある2階部分を強調するため、白い箱にグレーの箱が一部重なるようなデザインとした。白壁は塗装仕上げ、グレーはジョリパットのCLIMATELIAを重ね塗りして、色調の対比だけでなく質感の違いも際立たせた。2階部分の中央には3面にわたって同じサイズの窓を配置し、デザインのバランスも整えた。
邸内に足を踏み入れると、タイル張りの床に白い壁が織りなす洗練された空間が広がる。まるで都会的なオフィスやマンションのエントランスを思わせる。その中央に鎮座するのは、スケルトンの鉄骨階段。まるでオブジェのような美しさを放っている。
「光を遮らないよう、細い丸鋼で階段を吊っているような構造にしました」手すり部分は、構造の柱に対し斜めに渡し、上階への伸びやかさを演出した。
南面には3階まで続く大きな窓。そこから降り注ぐ光が、空間を驚くほど明るく照らす。窓の先には、木々が植えられ、この家と共に成長し、やがて心地よい木陰を生み出すことだろう。
階段を上り2階へ行くと、広がるのはLDKの大空間。4方向に設けられた窓が、明るく開放的な空間を生み出している。1階のクールな印象とは対照的に、オーク材のフローリングや木製建具によって、温もりある柔らかい表情を見せる。室内に現れる鉄骨の柱は丸いカバーで覆うことで、フォルムを和らげた。
北側の窓際にはカウンターデスクを設置。「子供たちはリビングで勉強してもらいたい」という奥様の思いに答えた。
リビング西側は、要望のあった「地べたに座るスペース」を確保。床暖房を設置し、夏は涼しく冬は暖かく、四季を通じて快適に過ごせることだろう。カウンターデスクの延長線上はテレビ台になっている。机としての使いやすさ、地べたに座ってテレビを見るのにちょうど良い高さを両立させた。
一方の東側はダイニングとキッチンのスペース。奥様の要望でシステムキッチンを採用したが、森田さんもショールームに同行し、部屋のテイストとマッチするパネルを一緒に選んだという。
「スイッチ類は右奥の棚の中に集約して見えないようにしています。また、リビングの階段も収納棚と組み合わせて、デザイン性を高めました」と森田さん。
この家には随所に森田さんの細やかな心配りと洗練されたデザインが散りばめられている。
3階には2つの個室とテラスを配した。将来、2人のお子さんのそれぞれの個室となることだろう。
階段を降り地下へ。こちらの階段は、上階とは趣を変え、木の温もりを感じさせる仕上げ。途中の壁は一部をアクリル製とし、上階からの光を地下室まで導いている。
室内に入るとそこには驚きの大空間があった。3階の個室よりも広いゆとりある部屋があった。
「実はこの家の地下空間は、ここだけではないんです。駐車スペースの下にあたる部分が、倉庫になっているんです」と森田さんは明かす。
広々とした個室に加え、季節の物や大型の物をしまえる大容量の倉庫まで。苦労して地下を活かした甲斐が、ここに結実した。
この家の出来栄えに、Mさんご家族からは感謝の言葉が寄せられたという。Mさんからは、「地下の空間を活かしていただいてありがたい」。実家のご両親からは「すごい空間をつくってくれた」「素敵な家をありがとう」と驚きと感謝の言葉をいただいたという。
この家は、ここに住まうMさんご家族4人の生活を豊かなものにしただけでなく、実家の両親も含めた家族全体の絆をより深めたに違いない。
これからも森田さんは、豊富な経験と諦めない情熱で、どんな難題も乗り越え、施主の期待を超える住まいをつくり続けていくだろう。
撮影:Ippei Shinzawa Photography
基本データ
| 作品名 | 下馬の家 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都世田谷区 |
| 敷地面積 | 73.38㎡ |
| 延床面積 | 149.85㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子供2人 |
| 予算 | 7000万円台 |
| 施主 | M邸 |
設計者情報
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