難しい敷地条件を生かし居心地のよさを向上
美しい海を眺めながら暮らす、週末住宅

小さな建物が点在する状態から、夫婦で住まう1棟の週末住宅への建て替えを決意されたお施主さま。敷地は高低差があるなど、難しい条件だったという。岸本姫野建築設計事務所の岸本さんと姫野さんはその敷地にできるだけ手を加えず、むしろ生かし切って居心地のいい家をつくりあげた。

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高低差がある土地はできる限りそのままに、
周囲の風景がよりよくなる新しい家をつくる

公園や観光名所など見どころが多く、自然も豊か。さらには温泉も楽しめると、日本きってのリゾートタウンのひとつとして知られる和歌山県白浜町。その白浜町の中でも、素晴らしい海の景観を享受できる場所に「白浜町の家」はある。お施主さま夫妻より建て替えを依頼されたのは、岸本姫野建築設計事務所の岸本将太さんと姫野友哉さんだ。

宿泊施設として、本棟と4棟の独立した小さな宿泊棟で構成されていたという以前の建物。日常で住まうわけではない週末住宅のため、お施主さまもしばらくの間はそのまま使用されていたのだとか。しかし、トイレに行くにも一度外に出なくてはならない、湿気がすごいなど気になる点もあり、老朽化も進んだことから建て替えに踏み切ったという。普段の週末は夫婦おふたりで過ごし、長期休暇のときにはお子さまたちとそのご家族など10人程度の人数になっても対応できる家をつくることになった。

まず直面したのが敷地の問題だ。白浜町の家は玄関から奥に向かって敷地が1m程度上がる。さらに玄関左手を走る道路に向かっては急な斜面になっており、それをカバーするように鉄骨が配置されていた。

「敷地の造成など、家ができた後に見えなくなる部分に関してはできるだけお金がかからないようにしたいと思いました」と岸本さん。土を捨てるのにもコストはかかる。今ある状態をうまく生かしつつ考案した形が、平屋のようにも見える一部2階建ての建物。上がっていく地面の問題は、屋根の高さを変えずに、内部空間で床のレベルを徐々に上げることでクリアした。敷地の最も高い部分は鉄骨を残し、アネックスを設けている。

岸本さんと姫野さんは家をつくるとき、周りの風景との関係も大事にするのだという。「かなり広い範囲の地図なども参考にしながら検討します。その土地の風景にうまく馴染んで、気が付いたら家が建っていたというくらいが理想ですね」と岸本さん。周囲の環境から白浜町の家の外観に欲しいと感じていた落ち着きと、室内空間に関するご要望を叶えるプランがうまく組み合わさって生まれたのが現在の形だ。

高さを抑えたフラットな佇まいが、背面の木々とも調和し、落ち着いた雰囲気を与えている白浜町の家。「その土地の風景にうまく馴染むように」と2人は言うが、白浜町の家は周囲に馴染むというよりも、周辺の景観をさらに引き立たせているという表現のほうがぴたりとくる。
  • 外観。道路から家まで上がる外階段は以前のものをそのまま残した。白浜町の家は画像右側の玄関から奥に向かって地面が1mほど上がる、一部2階建ての建物。しかし室内の床レベルに変化を持たせ、屋根の高さはぐっと抑えたことで平屋のように見える

    外観。道路から家まで上がる外階段は以前のものをそのまま残した。白浜町の家は画像右側の玄関から奥に向かって地面が1mほど上がる、一部2階建ての建物。しかし室内の床レベルに変化を持たせ、屋根の高さはぐっと抑えたことで平屋のように見える

  • デッキからアネックスを望む。夏場は室内に直射日光が入らないよう軒を深く取り、その下にデッキを設けた。海側の敷地は道路に向かって下がっているが、予算を考慮しできるだけ手を加えずに整地。以前は玄関付近まであった鉄骨を一部残し、アネックスを配置した

    デッキからアネックスを望む。夏場は室内に直射日光が入らないよう軒を深く取り、その下にデッキを設けた。海側の敷地は道路に向かって下がっているが、予算を考慮しできるだけ手を加えずに整地。以前は玄関付近まであった鉄骨を一部残し、アネックスを配置した

  • 美しい景色が見られるアネックス。以前の建物にあった鉄板焼き用の鉄板(画像右)を活用したいとのご要望を受け、皆で食事をする場所として計画した。鉄板とテーブルのみが置かれたシンプルなスペースだが、続くデッキ部分にはオーニングを張れる木枠を設置。大人数に対応できる

    美しい景色が見られるアネックス。以前の建物にあった鉄板焼き用の鉄板(画像右)を活用したいとのご要望を受け、皆で食事をする場所として計画した。鉄板とテーブルのみが置かれたシンプルなスペースだが、続くデッキ部分にはオーニングを張れる木枠を設置。大人数に対応できる

  • デッキ部分や、アネックス横の木枠にも照明を配置。夜、外に出ても足元が明るく安全だ。また、雰囲気がある照明が夜をさらに魅力的なものにしている

    デッキ部分や、アネックス横の木枠にも照明を配置。夜、外に出ても足元が明るく安全だ。また、雰囲気がある照明が夜をさらに魅力的なものにしている

家族が集まり美しい海を堪能するLDK。
大人数が集まっても、主寝室は静けさを確保

では、内部の構成を見てみよう。一部2階建ての白浜町の家で1階とされる部分は、玄関を入ってすぐのお子さまたち用の寝室と、トイレやシャワーがある一角のみ。階段を上がると主な生活空間であるLDKが広がっている。LDKの一部には寝室としても、お孫さんたちの遊び場としても使えるロフトを計画。ロフトからは使い勝手のよいストレージにアクセスできる。

LDKは見通しがよく広々とした空間になっている。手前にキッチンとダイニング、そこから進んで一段上がった箇所にリビングを設けた。リビング脇の通路を抜けるとともに床はさらに一段上がり、一番奥には主寝室を配置した。

この流れは、「ご夫妻がゆったりと寛ぎ、落ち着いて眠れる」ということに主眼に置いて考えられたものだ。まず、日中過ごすLDKから海が美しく見えることはマスト。2人は更地の状態のとき実際にその場所で脚立に乗ったりしながら、LDKを最高の眺めが得られる場所を探して収めたという。

敷地の中で一番地面が高い位置に主寝室を配置したのは、天井高が最も抑えられる位置にあり落ち着きを得られるという理由がひとつ。もうひとつ「水回りが間に挟まることで主寝室とLDKの間に距離ができますので、ご家族が集まったときでも静かに過ごしていただくことができます」との意図がある。また、1階の水回りにはシャワーのみ設けているため、お子さまたちが主寝室側のお風呂を使うこともあるのだとか。「そのときも、浴室と主寝室の間にランドリールームがあるおかげで静けさを確保できます」と岸本さん。

主寝室側とお子さまたちの寝室側、それぞれに水回りも設けて両端に完結させたという2人。お互いのエリアは明確に分けながら、皆が家の中心に集まってくるイメージだ。

集う場として、アネックスもある。以前の建物に置かれていた、鉄板焼き用の鉄板を活用したいというご要望から計画することとなったアネックスは、鉄板とテーブルが置かれるのみのシンプルな場所。大人数が集まったときには、隣接する木枠を組んだスペースにオーニングを張り、テントのようにしてもいいとのこと。日中もさることながら照明がついた夜間の雰囲気は抜群で、まるでグランピングに来たような贅沢な時間が過ごせるに違いない。
  • 家の軸として、海が一番美しく見えるところにLDKを配置した。海側の窓は框を隠したつくり。まるで柱しかないように見え、海の景色がより迫力あるものに感じられる。週末住宅のため、留守中に割れる心配がないよう窓ガラスは10mm厚のガラスを採用した

    家の軸として、海が一番美しく見えるところにLDKを配置した。海側の窓は框を隠したつくり。まるで柱しかないように見え、海の景色がより迫力あるものに感じられる。週末住宅のため、留守中に割れる心配がないよう窓ガラスは10mm厚のガラスを採用した

  • LDK。画像奥に向かって敷地の地面が上がるため、ダイニングとリビングの間、リビングから主寝室へ続くエリアに向かうところで床レベルを上げた。この床レベルの変化と、ダイニングとキッチンの間の柱で領域を曖昧に区切ったことより、LDK全体の居心地のよさが高まった

    LDK。画像奥に向かって敷地の地面が上がるため、ダイニングとリビングの間、リビングから主寝室へ続くエリアに向かうところで床レベルを上げた。この床レベルの変化と、ダイニングとキッチンの間の柱で領域を曖昧に区切ったことより、LDK全体の居心地のよさが高まった

  • キッチンはレンジフードを設けずコンロの下を通って排気するシステムを採用。LDKがすっきりとした空間に

    キッチンはレンジフードを設けずコンロの下を通って排気するシステムを採用。LDKがすっきりとした空間に

敷地条件からできた床レベルの差も
領域を区切り心地よい空間にするために活用

LDKが開放的で気持ちよく過ごせる空間になった秘密は、床のレベルを変え緩やかに領域を区切っていることだという。「単純に広いだけでは、使いにくい空間になってしまいます。ほっと落ち着けるような拠り所をつくることが大切」と語る2人。同様に、構造的に必要だったキッチンとダイニングの間の柱もエリアを感覚的に分ける役割を果たしており、それぞれの場所で落ち着いて過ごすことができる。

一方で、領域を分断しすぎないことにも心を配ったという。キッチンではダイニング側に設けられたコンロの上にレンジフードを設置せず、下から吸い込んで排気できるようにした。ワークトップから天井までに遮るものがなく、一続きのLDK空間をより強く印象付けている。

ソファや床に座って過ごすため視線が下がるリビングを、立って作業したり、高めの椅子に座って過ごしたりすることが多いダイニングキッチンよりも上に配置したことにも意味がある。ダイニングキッチンよりも天井高が低く落ち着きが得られることはもちろん、家族が集まったとき、それぞれの場所からうまく視線が重なるのだ。LDKにいる皆に一体感が生まれ、団らんがより楽しいひとときになるだろう。

海をまるごと感じられるような大開口の窓も印象的だ。一見すると柱と柱の間にガラスがはめ込まれているだけのようにも感じる、不思議な窓。聞けば、框を隠し、FIX窓の隣に引き込める窓をつくったのだという。視線を遮るものを可能な限り省き景観を最大限に生かしているのみならず、窓を開けていても閉めていても受ける印象がほぼ変わらない。

窓の外は直射日光を遮るための軒と、アネックスまでつながるデッキを設けた。玄関脇には直接デッキにアクセスできる外階段を計画。大きな荷物は玄関からではなく大開口の窓から搬入できるほか、靴を履いたままアネックス側まで行くことができとても便利だ。

住宅に温泉が引き込める白浜町。もちろん白浜町の家もお風呂のお湯は温泉とした。さらに、週末住宅だからこそ贅沢したい部分は思い切り贅沢にと、広々とした浴室に大人が手足を伸ばしても余るほどゆったりとした浴槽を設置。ジェットバス機能も付いており、海を見ながら極楽気分が味わえる。

独立する以前は、住宅メーカーで数十件の設計を担当したという岸本さんは「メーカーのよさもわかりますし、だからこそ、自分たちのよさもわかっているつもりです」と語る。建築家として、お施主さまと一緒に家について考え、相乗効果でよりよいものをつくりたいと考えているのだそうだ。だからこそ、この白浜町の家も難しい敷地条件をものともせず、ゆったりとした時間を過ごせるおおらかな家にできたのだろう。
  • 1階、玄関ホール。右にご家族の寝室、左に水回りを設け1階部分だけでも寝泊りできるよう完結させた

    1階、玄関ホール。右にご家族の寝室、左に水回りを設け1階部分だけでも寝泊りできるよう完結させた

  • ダイニングから玄関方向。画像左の梯子の上には寝室にもなるロフトやストレージがある

    ダイニングから玄関方向。画像左の梯子の上には寝室にもなるロフトやストレージがある

  • 一段高い位置にあるリビングは、ソファや床に座るため視線が下がる。その下のダイニングはソファに比べ置かれた椅子が高く、立っていることも多い場所。視線の高さと床レベルの差の違いを計算し、室内のどこにいてもお互いの視線が重なるようにした

    一段高い位置にあるリビングは、ソファや床に座るため視線が下がる。その下のダイニングはソファに比べ置かれた椅子が高く、立っていることも多い場所。視線の高さと床レベルの差の違いを計算し、室内のどこにいてもお互いの視線が重なるようにした

撮影:笹の倉舎 笹倉 洋平

間取り図

  • 間取り図

基本データ

作品名
白浜町の家
施主
H邸
所在地
和歌山県西牟婁郡白浜町
家族構成
夫婦
敷地面積
619.6㎡
延床面積
171.00㎡
予 算
5000万円台