
「使う」から「愛でる」。日々の移ろいを
切り取り小さな発見を楽しむ「眺める窓」
価値観を明確にするプロジェクトシート。
庭へ出るための窓から、中から眺める窓に
設計を担当したのはa/樋口建築事務所の樋口綾子さん。樋口さんは必ず「プロジェクトシート」をご家族で記入していただくことからプランニングを始めるという。どんな風に暮らしたいかというイメージや、広さなどの具体的なものまで、自由に、思いつくままそれぞれに書いてもらい、それを基にヒアリングを丁寧に進めていく。
ヒアリングの目的は、樋口さんとだけでなく、ご家族の中での価値観や「普通」を明確にすることがひとつ。そして、より重要なのは「本当に大切にすべきことは何なのかを探すことです」と樋口さんは語る。要望を伺いそれがなぜ必要なのかを突き詰めたうえで、プランを提案するのだ。
この「南矢三のいえ」でも、こうしたヒアリングが大きな意味を成した場所がある。「庭と繋がる家」という要望に応え、庭に向かって開口した大きな窓だ。
庭と繋がる、というキーワードから当初は庭にすぐ出られるようデッキを計画していたという樋口さん。ただ、ヒアリングを重ねていくうちに庭にすぐ出られる開口部も必要だが、日々の暮らしの中で室内から美しく庭が見えることのほうが大切なのではないかと感じた。庭を使って生活するというより、穏やかな時間に寄り添う窓が存在するほうがご夫妻のライフスタイルに合っていると見抜いたのだ。
そこでデッキの予定だった部分をLDKの一部に取り込み、そのうえで庭に向かって大きな窓を計画。庭を眺めるためという目的から、余計なものが付かないFIX窓とした。さらに、より美しく景色を切り取るために庇を出し、視線の広がりをコントロール。まるでひとつの作品として庭が見られるようになった。家中どこにいても庭が目に入る。季節によって移り変わる庭、時間によって移り変わる光と影の魅力をふと感じる瞬間も多いことだろう。
まさに開かない窓によって、室内にいながらも庭と繋がっている環境ができた。
土間と繋がる、半外部空間のテラス
1階完結の動線とゆるやかな分離
LDKの窓が「庭を眺める窓」ならば、玄関土間からテラスへ抜ける掃き出し窓は「庭と繋がる窓」だ。テラスは半屋外空間。屋根があり、壁に囲われているおかげで天候に左右されず庭を楽しむことができる。キッチンからも近いので、外の空気を感じながら食事をすることも多々あるのだとか。
テラスの壁面には収納を計画し、奥さまの庭仕事用具などを収納した。この家は住宅街の中にあるため、庭は外構に囲まれており、道路からは庭が見えないようになっている。そこで、テラスと玄関ポーチを通路で繋ぎ、行き来できるようにしたとのこと。玄関ポーチ側の樹木の世話や掃除をするのにとても便利なうえ、外部と繋がる建具は一見開閉するようには見えないデザインとなっているので防犯的にも安心だ。
2階には娘さまの個室を配置。勝手口からすぐに2階への階段、浴室・洗面室を直接結ぶ動線を用意したのは、ご夫妻と生活時間帯が異なることに対しての配慮だ。遅く帰って来ても、LDKなど他の部屋を経由せず入浴して自室に上がれるのはお互いにありがたいことだろう。
もちろんLDKからも浴室、脱衣室や階段へと進むことができる。キッチンを中心として回遊性があり家事動線も無駄がない。
時を経て味が出る自然素材を使用し
快適に、心地よい空間をつくる
自然素材にこだわる理由を、「長く暮らす間に味が出るのが魅力ですよね」と樋口さん。それに、例えば無垢の床板は傷がついても簡単に復活させる方法があるなど、自然素材はとにかくタフなのだという。感覚的な部分においても、上がり框で見られる30mmの厚みを持つ床材や力強い構造材などは、安心感や包容力を住まう人に与えている。
「庭を眺める窓」をFIXとしたため、滑り出し窓など開閉できる窓を適所に計画。それ以外にも部屋の建具は全て引き戸とし、また階段の上部など高い位置に意識的に開口し、風の流れをつくり出した。
ワンルーム空間とした玄関土間とLDKの中で、さまざまな居心地が得られるのも魅力のひとつといえる。キッチンとダイニングエリアではより明るさが必要になるため、天井を設け照明を設置。他の部分は構造現わしになっているおかげで、天井高の差から開放的な雰囲気と籠り感、異なる居心地を得られる。また、感覚的にエリアが区切られるのも暮らしやすさを高めている。
さらに、本をたくさんお持ちだったお施主さまご家族のために、LDKの壁面に造作本棚を複数計画。玄関脇にはコートも収納できる下足収納を、ご夫妻の寝室には着物や布団をしまうための奥行きが深めの収納を設けるなど、用途に合わせた収納を的確に配置。雑多な雰囲気にならずに室内を整えられるのは、造作ゆえの利点といえる。
ひとつひとつのことが全てお施主さま家族のためだけに考えられたのだなと感じ、ヒアリングを丁寧に重ねる意義がよくわかる「南矢三のいえ」。もうひとつ驚くのは、家の佇まい自体がとても美しいということだ。手仕事感あるジョリパットの黒と木の質感の対比、ミリ単位で調整されたという庇のライン、少し奥まる窓の様子……その全てから樋口さんの美意識を受け取ることができる。
竣工後、日本画を描かれるという奥さまから「描ききれないほどの願いを包み込んで美しい形にしてくださいました」とご感想をいただいたとのこと。それは樋口さんが、美しい庭とともに暮らすイメージを深く深く見極め、小さなディテールひとつひとつにまでこだわって見事に表現したからだろう。
撮影:朝日 直子
基本データ
| 作品名 | 南矢三のいえ |
|---|---|
| 所在地 | 徳島県徳島市 |
| 敷地面積 | 305㎡ |
| 延床面積 | 120㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども1人 |
| 予算 | 3000万円台 |
設計者情報
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