
3つのテントを備えた、行き止まりない空間
キャンプを楽しむように住まう家

尾山 宏司
おやま こうじ
atelier torch 一級建築士事務所
岡山県 倉敷市
住み手に心地よい住まい、土地に最適な建築、日常生活が豊かになる愛着の持てる住宅を提供したいと考えています。
大きな樹の下に3つのテントが。
「ワクワクした暮らし」を叶えられる家
お施主様は40代のご夫婦。以前は関東にお住まいで、仕事の都合で岡山に引っ越してきたのだそうだ。当初は賃貸で暮らしていたが、キャンプに訪れたこのエリアを気に入り自宅の新築を決めたとのこと。
施工を担当する工務店から紹介されたのが、この家を設計したatelier torch 一級建築士事務所の尾山宏司さんだった。家づくりのためのヒアリングでは、細かな要望がない代わりに「ワクワクする家にしたい」とリクエストされたという。
普段から、ヒアリングの内容は家づくりとは関係ないことも多く、むしろ世間話をしていることの方が多いかもしれない気がすると話す尾山さん。キャンプがお好きだということ、ライフスタイル、新しい生活で何を始めたいかなどさまざまな事柄の中から「雑多でも散らからない、おおらかな空間」を実現したいと考えた。
そこで提案したのが、切妻屋根をそのまま生かした、仕切りがほぼ見当たらない大きな空間だ。空間の中には大きさも高さも、さらには配置もランダムに設けられた3つのボックスがある。「屋根を樹木に見立てて、その下にテントを張って生活するイメージ」だと尾山さん。家の中でもキャンプをするような感覚で暮らせる住まいは、まさにお施主さまがイメージする「ワクワクする家」そのものだった。そして、このファーストプランをほとんど変更することなく、家は完成したのだという。
お施主さまは、今もこの尾山さんによる手書きのファーストプランを縮小コピーし、額装して飾ってくださっている。
DIYや畑仕事を存分に楽しむための素材選び
土間の通路が家の使い方を自由にする
「きれいにつくり込みすぎないことを意識しました」と尾山さんが語るように、外観はガルバリウム鋼板を留めるビスをあえて見せる仕上げなど、無骨さを表現している。
室内も構造を表しにしたうえ、仕上げはほぼラワン材で統一。お施主さまが少しずつ家の中をDIYすることを妨げないように、例えば釘を打つのも躊躇なくできるように、という配慮からの選択でもあった。また素材の種類を少なくすることでロスが減り、コストダウンもできたとのこと。
ワクワクするイメージを暮らし方にも反映した一番大きなエリアが、玄関から見て一番奥、壁一面に計画したキッチンだ。玄関からキッチン、さらに曲がった先の壁の途中まで、ぐるりと土間の通路で繋がっている。キッチンは業務用のものを取り入れ、ステンレスの作業台を整然と並べた。
また、両端から外に出られるように計画したおかげで、庭や畑にアクセスしやすい。土や水を気にすることなく畑で収穫した野菜をカウンターに並べて処理したり、また一緒に暮らす犬が庭を出入りしたりと、アクティブに生活を楽しむことに一役買っているのが、このキッチンなのだ。
さらに、足が悪い犬のために土間からフローリングに上がる部分はスロープで計画。フローリング空間へ上がってしまえば段差はなく、さらに仕切りもないおかげで自由に動けるのだという。お施主さまの思いを上手にくみ取りながら、毎日ワクワクして過ごせる家をつくり上げた。
光と影を使いこなした空間づくりで、
視線をコントロールし奥行きや開放感を演出
玄関を入ると動線は二手に分かれており、土間を直進するとキッチンへ向かい、左へ折れてフローリングの通路に上がると、左に洋室や水回りがある。ラワン材仕上げがほとんどというこの「tent」の中で、クロスを使用しているのがこの通路部分。正面の窓からすっと光が伸びるが、手前の玄関に近づけば近づくほどその光は届かない。それによって生まれた明と暗を、グレー寄りの白というこれまた絶妙な色合いのクロスが引き立てている。
色気ある陰影のしっとりした雰囲気は、1つ目のテントの角を曲がったところで一転する。切妻屋根を生かした天井は高く開放的、そして室内がとにかく明るいのだ。テントの数は3つ。プラスして収納棚が1つ計画されている。今角を曲がったテントは寝室。キッチンと近い他の2つは、寝室側にウォークインクローゼット、反対側にはパントリーとして設けた。そして、テントとテントの間にできた空間のうち、キッチンに近いほうをダイニング、水回りに近いほうをリビングとして使っている。
ただ、その境界線も曖昧なものだ。テントと天井の間が空いているうえ仕切りもないおかげで、キッチンや土間まで含めて、家の中が大らかなひとまとまりの空間として感じられる。さらに、それぞれのテントに重なるように窓を配置し、テントの向こう側がより明るく見えるようにしたことで、空間に更なる奥行きが生まれた。
不思議なのは、仕切りもなく大きさや高さの異なるテントが置かれているだけなのに、それぞれのエリアが見えすぎないことだ。「配置や大きさに関しては、模型などを使用してかなりこだわりました」と尾山さん。視線の抜けと遮りのバランスがちょうどよく、だからこそ室内の使い方の自由度はかなり高い。これも、暮らし始めてからのDIYのイメージが湧きやすくなる理由になるのではないだろうか。
また尾山さんは、お施主さまがこの地域で新たに暮らす住民になるという点にも気を配った。窓とテントが重なる配置により、光を存分に室内に入れながらも、外からの視線はほどよく避けられる。一方で、景観を損なうことない大らかな佇まいの建物からは、なじみやすさが感じられる。きっと気持ちのよい交流が生まれていくことだろう。
木材の温もりや、素材の選び方による気軽さなど、木造であることを最大限に生かした家、「tent」。もちろん断熱性や気密性も問題なく、1年通して快適だったとのこと。そのうえで「1年以上この家で暮らしましたが、よい間取りだと思います」との言葉をくださったお施主さま。あらためて尾山さんのヒアリング力が高いことがわかる。どんな暮らしがしたいのか、この家でなにがやりたいのか。自由な発想で想像以上に応えてくれるのが、尾山さんの家づくりなのだ。
基本データ
| 作品名 | tent |
|---|---|
| 所在地 | 岡山県 小田郡 |
| 敷地面積 | 460.4㎡ |
| 延床面積 | 90.67㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+ワンちゃん |
| 予算 | 3000万円台 |
設計者情報
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