
高い「デザイン性」と「機能性」を併せ持つ
大屋根が+αの効果も生む老舗企業の社屋
増築か?全面建て替えか?
建築家の親身な助言が決断のきっかけに
実はこの建物は、紙の卸売りや貼箱事業を営んでいる東信洋紙株式会社の社屋(1階:倉庫、2階:社屋)だ。
もともと同社は、近くに本社を構えこの場には築50年の自社の倉庫があった。社屋の老朽化対応が必要となる中、本社と倉庫が離れていることに伴う機能面の改善を図るため、立地の良い倉庫の敷地内に社屋を建設し移転しようと検討。数年にわたり、ゼネコンなどと計画を進めようとしたものの、予算面も含めなかなか思うようなプランは得られなかったという。
そうした状況下、同社はネットでの建築マッチングサービスに登録。その募集を見てコンタクトをとったのが、関西を中心に活動する建築事務所、マとバ…の福田さんたちだった。
マとバ…は、福田千嘉子さんと福田哲也さんの建築家ユニットが主宰する建築設計事務所。男女の視点・感性を織り交ぜたユニークなアイデアで、幅広いジャンルの設計を手掛けており、住宅や店舗はもとより、一般建築、とりわけオフィスやショールーム、工場、物流施設といった企業施設も得意にしている。構造体をデザインに活かすなど、一見大胆に感じられるアイデアにも合理性を備えた仕事が評価されており、建築自体の高い「デザイン性」はもちろんのこと、「機能性」もしっかりと併せ持つ。なかでも特筆すべきなのは、限られた予算の中でも巧みな工夫で、クライアントの要望に応えながら、同時に魅力ある建築へと昇華させる力だ。ハウスメーカーやゼネコンなどでは予算的に困難なケースでも、様々な可能性や手立てを探り、多くのクライアントの期待に応えてきた。
哲也さんは、この東信洋紙の募集要項を見て「予算的にはシビアだけど、自分たちの得意とする案件だ」と感じたという。
こうしてコンタクトをとり、状況を確認していったが、思わぬ事態に遭遇する。
もともと建築費を抑えるために既存倉庫を活かし、その手前のスペースにオフィスのみを増築するという要望だったが、倉庫の図面と実態には食い違いが散見されたという。
「既存倉庫を活用しようとすると余計な出費と時間を要してしまうだけでなく、このまま手前のスペースにむりやり増築してしまうと、将来の倉庫のメンテナンスや建て替えさえも困難になるなど、デメリットやリスクのほうが大きくなることが予見されました」と哲也さん。
土地利用を含む様々な困難な状況に対し、福田さんたちは社屋の実現に向けた具体的な課題解決の道筋を建築のプロの立場から親身になって助言していった。
同社の社長も、他社からは聞けなかった問題点の指摘や助言に対し、次第にマとバ…へ信頼を寄せ『次の代に不安を残さないためにも、福田さんたちに社屋の設計を任せよう』との考えに至り、倉庫も含めた全面建て替えを決意されたのだった。
高い機能性とデザイン性をコスパよく実現
会社と地域双方のシンボルとなる大屋根
ヒアリングや説明といった施主との対話が必要な場面は2人同席で行う。
「同じ話を聞いていても、それぞれに捉え方・感じ方が違うことがあります。2人でやっているからこそ、気づきがあったり、別角度からの考えが生かされていると感じています」と哲也さん。
計画初期の段階では、あらゆる可能性を探るために、時間の許す限りプランを検討しており、気づくと数十ものプランを検討していることもあるという。施主との初回プラン打ち合わせでは、特徴や費用感の異なるプランを3案ほど提示することが多く、それらを比較検討しつつ希望や優先度なども確認していくことで、方向性を定めていくという具合だ。
今回の案件でも、いくつかのプランを出していったという。
「社長さんにも『大屋根の延びてくるプランが特徴的で良いのでは?』と、機能性とデザイン性の一致した独特のつくりに魅力を感じていただけたようです」と哲也さん。
そのプランこそが、実際の建物に近い大屋根をもつプラン。
10トンウイング車の入庫にも対応できる大きな軒下をもち、雨風を凌ぎながら商品を出し入れできる機能性。それだけでなく、明るく爽やかなその空間は地域の方たちにも開放したくなる懐の深さをもつ。また、倉庫がもたらす裏方イメージを感じさせないばかりか、むしろそれを逆手に取った、倉庫らしからぬ高いデザイン性は、きっとここで働く社員も誇らしい気持ちで働けるに違いない。そしてこの大きな庇部分は途中に柱がなく、せり出したトラス構造のフレームだけで支えられている。超軟弱地盤だったそうだが、こうしたつくりが、基礎の縮小や地盤対策の軽減を可能にし、低コスト化にもつながっているという。
構造体をもデザインの一部としてうまく使い、さらにコストダウンも図る、マとバ…の仕事の真骨頂が発揮された設計といえるだろう。
新規事業「gamoyon Art labo」
地域と共生し発展していく会社に
通りを進んでいくと大きな屋根が特徴的な建物が見えてくる。広々としたオープンスペース、植栽が植えられたエントランス。階段の先には、テラス席のような場所もある。「一体、何の建物なんだろう?」と思わせる外観だ。
大きな庇はヒノキの板張りに。「倉庫・社屋」というと無機質な金属といったイメージがあるが、ここは訪れた人を優しく雨や日差しから守ってくれるかのようだ。
実際、この軒下空間は、日常はトラックヤードなのだが、休日には地元の恒例イベント「がもよんフェス」の会場など、地域にも開放されることもあり、毎回多くの人でにぎわうという。
階段を上った先の中二階には「木漏れ日テラス」と名付けられたスペースが。大屋根の一部がガラス張りとなっていて、光が植栽に降り注ぐ。木製のベンチ・テーブルがあり、社員がホッと一息ついたり、訪れた人がひと休みしたくなる空間だ。
扉を開け、さらに階段を上って社屋に入る。受付の先に広がる空間は、今回の社屋移転を契機にスタートした東信洋紙の新規事業の場「gamoyon Art labo」。400種類もの紙が展示販売されるペーパーギャラリーとして、またリソグラフやシルクスクリーンなどのアートのクリエイティブスペースとして、一般に開放されている。「紙」を扱う会社として、より多くの方々に紙に親しんでもらいたいとの想いから生まれた。この新社屋だからこそ実現できたといえるかもしれない。
このgamoyon Art laboはジワジワ人気が広まっており、常連さんも多く、昨今は海外からのインバウンド客の利用もあるという。また、様々なワークショップも開催され、まさに地域に開かれた場にもなっているのだ。
gamoyon Art laboの隣は、社員の執務スペース。中央には大きな植栽があり、その周りを取り囲むのが社員のデスクだ。植栽の上部には、天窓があり柔らかい光が降り注ぐ。なんとも贅沢で落ち着いた空間。こんなモダンな空間で仕事ができるなんて、うらやましい限りだ。
この社屋の出来栄えに社長さんや社員さんも「通りを歩かれる方や、いろんな方々に興味をもっていただき、屋根が凄いねと言われることも多い。会社のブランドにもつながっていると思う」とコメントされていたという。
「何度かイベントにも行かせてもらったのですが、毎回大盛況で、たくさんの地元の方たちが愉しまれていて、社員さんたちの生き生きとした様子にも嬉しくなりました」と千嘉子さん。
「地域に根差して、これからも発展し、次へより良い状態でバトンを渡したい」という社長の想いが、形となったこの新社屋の実現には、マとバ…という良きパートナーとの出会いが欠かせなかったことが良くわかる。こうした建築や場所ができることで、そこに関わる人たちが輝き、その会社も地域も互いに魅力を高め合える好循環が生まれることだろう。
建築は多くのコストを必要とするものだ。しかしその潜在的な可能性は計り知れない。マとバ…の2人は、その可能性を上手に引き出し、建築の価値を最大化させてくれる建築家だ。
基本データ
| 作品名 | gamoyon Art labo|東信洋紙株式会社社屋 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府大阪市城東区 |
| 敷地面積 | 569.10㎡ |
| 延床面積 | 596.76㎡ |
| 予算 | 1億円台 |
| 施主 | 東信洋紙株式会社 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

空間の快適さを高める曲線の壁全ての人にデザインを
リノベーションは現状の住まいが持つ問題を解決するためのもの。SAKAKI Atelierの戸川賢木さんは、住む人の思いにじっくり耳を傾けることが大切だという。住む人が感じている問題の本質を見極め、大胆な提案をすることも。ここで紹介する住まいの施主、S様は提案により気持ちまで明るく変化した。

快適性、機能性、デザイン性が三位一体 夫婦も鳥たちもずっと巣ごもりしていたい家
注文住宅づくりにおいて「どんな家にしたいか」ということと同じくらい重要なのが「誰に依頼するか」だろう。東京都内に住んでいたTさんご夫妻が、家づくりのパートナーに選んだのは、インターネットで見つけた茨城県土浦市を中心に活動する建築家、e do designの江ケ崎雅代さんでした。

出入り自由、誰もが使える通り土間。 美しい田園風景になじむ、切妻屋根の家
建築家の林田さんが自邸を建てるため選んだ土地は、一面に田んぼが広がる農村地帯にある。田んぼを眺めつつ生活できる平屋は、切妻屋根も美しくしっくりと風景になじんでいる。それだけではない。出入り自由、誰もが使えるパブリックスペースとして通り土間を設けるなど、本当の意味で地域に根付いているのだ。

野辺山の広大な自然に調和する伝統工法の佇まい
都会から緑豊かな野辺山に移り住んだご主人と奥様。野辺山が見渡せる大地に「こんな家に住みたい」との希望を叶え、自然素材のみを使用した伝統工法の住まいが完成する。そして広大な自然と調和した、心地よい新生活が始まった!

四季の太陽の動きもバッチリ計算!徹底的に快適な家づくりとは?
転勤で東京暮らしのNさんは、地元長野へ戻るのを機に、自宅の建て替えを決めました。長野の気候風土に合った「明るく開放的な住まいづくり」をテーマに建築家選びを開始しましたが、依頼することにしたのは東京在住の建築家、冨田享祐さん。「自然の力を最大限に生かしながら快適な暮らしの場をつくるという考え方に共感できた」というのが、その理由です。

うなぎの寝床の敷地がこんなにも明るく 家族もペットもそれぞれが心地よい2世帯
家づくりにおける難しさの1つに土地環境がある。裏を返せば、形状や陽当たりなどが厳しい条件下で、どれだけ快適な家に仕上げるかが、建築家の腕の見せ所。これまで数多くの物件を手掛け、施主の想いに応えてきたef設計の木下さんが挑んだのは、いわゆる「うなぎの寝床」を2世帯住宅へ建て替えるというものだった。

海外でも注目される建築美。 内と外がシームレスにつながるのびやかな家
ぽっかりと屋根に穴が開いたモダンでユニークなデザインが印象的なY邸。設計を担当したのは、若手建築家の川本達也さん。独創的なアイデアで屋外の開放感を生活空間に取り込んだY邸は、川本さんの建築の魅力がわかる好例だ。

じっくり丁寧にお客様に寄り添い実現した 移住者の理想の住まい
家を建てたい人には、叶えたい暮らしがある。とりわけ都会から田舎へ移住をする人には「こういう生活がしたい」という想いがある。山梨県北杜市に移住を決めたCさんもそんな1人。Cさんに寄り添い、望んでいた暮らしの実現に導いたのは、Vent計画設計室の遠藤さん。遠藤さんの仕事ぶりに迫る。

屋根裏部屋風の2階は総畳敷き。庭と建物の境界を感じさせない「繋がる家」
見た目はもちろん、長く暮らしていくうえで快適な住環境づくりを実現するため、図面を詳細に至るまで検討し、熱の動きや空気の流れまでを設計することに努めているという「ELEPHANT DESIGN」の門脇さん。周囲の環境に溶け込むデザイン、可能な限り既製品を使わずに、その1軒の建物のためだけにデザインするという姿勢が、家づくりの常識の枠を超えた、Y様邸のような住まい空間を生み出すのだ。







