
施主、大工、建築家の「共創」から生まれた
北アルプスを望むハーフビルドの“新築古民家”
クライアントが見つけた理想の土地に
自分たちの手で家をつくるという選択
家を建てるにあたり、ご夫妻の希望は大きく5つあった。ひとつは、北アルプスを望む絶好のロケーションを活かすこと。ふたつめは集落の家屋に馴染む古民家のような家であること。3つめは縁側があること。4つめは飲食店・ゲストハウスとしても使える間取りであること。そして、5つめはハーフビルドで家を建てたいということ。
「ただ、ハーフビルドの壁が高かったみたいです。クライアントはとても器用な方で、家の間取り図面やパースまで自分で描いていました。私と出会う前にそれを持って地場の工務店などを回ったそうですが、色よい返事が貰えなかったそうです」と、坂さん。
それでも、ある縁からクライアントと知り合った坂さんは、打ち合わせを重ねるうちに直感的に「いい家ができそうだ」と思ったという。
「もともと私は古民家とか京都の伝統建築に興味があり、建築も京都で学びました。また、独立直後は実家の蔵を改修して事務所として活用していたり、店舗設計も手掛けていましたので、クライアントと感覚が合ったといいますか」。クライアントと出会って、坂さんはすぐに現地へ車を走らせた。そして、北アルプスを一望する土地に立ち、クライアントの要望である「集落に馴染む古民家のような家」を、どのような形で実現できるか考えたという。
その後も打ち合わせを重ね、当初クライアントが描いていたプランから大きく変わったものの、現在のプランに落ち着いた。「当初のプランは大きすぎて、また、店舗兼住宅ということですから、土足のエリアつまり土間の導線を見直したプランを提案したところ、クライアントから賛同いただけましたので」と話す。
クランク型の土間を中心に、台所、居間兼食堂、寝室2部屋、工房、水回りを配置。建物南側は主に店舗やゲストハウスの機能を持つパブリックスペース。洗面所やトイレ、浴室はゲストと共用だ。クライアントのプライベートな空間は北西角の寝室のみという、なんとも大らかなレイアウト。
「あまりプライバシーにこだわらないというか、ご夫婦の暮らしぶりを含めて、古き良き日本の生活を体験してほしいというのがクライアントの希望でした」と、坂さんは話す。
坂さんが設計するうえで、ひとつのルールがあるという。それはクライアントの希望に決して「NO」を言わないこと。
「お客さんに『できない』とは言いたくありません。もちろん、建築基準法などで物理的に不可能なことはできませんが、それ以外の要望はなるべく叶えたいんです。クライアントの思いを実現したいんです。また、自分には思いつかないような発想をクライアントからもらえることもありますしね」。
「土間の家」が上棟した際、クライアントご夫妻から「想像よりもカッコイイ」とお言葉をいただいたそうだ。結果的にクライアントの当初のプランからは大きく形を変えたが、クライアントの思いを形にした家となったことは間違いないだろう。
腕利きの熟練大工を中心に
分離発注方式で家を建てる
家造りの過程で、ハーフビルドゆえの難しさもあったという。
「設計はもちろんですが、現場を仕切る工務店が入っていないので、私が現場監督もしなければなりませんでした。また、大工さんも職人さんも腕はいいのですが、見積もりが丼勘定でしたので、コスト管理も大変でした」と坂さん。職人さんたちとコミュニケーションを図るため、ほぼ週に1回は現地へ通う生活が続いたという。
「現場に泊まったりとか、たまたま近くに宿泊施設もあったので、最後の追い込みではそこに1週間ぐらい泊まって、毎日一緒に作業したりとか」と、坂さんは苦笑いしながら振り返る。
そんな苦労をしながらも、「土間の家」の家造りは楽しかったという。
「クライアントも職人さんも、私も、『絶対いい家ができる』という確信がありました。なぜかって聞かれても分からないのですが、根拠のない自信のようなものがあったんですよ。家造りに携わったすべての人間が、それを信じてやりきったっていう感じです」と、坂さん。
「職人さんの腕もよかったし、私にとって熟練の大工さんは、もう80を超えている方ですが、相談役でもありました。また、クライアントも大工さんや職人さんにいろいろ聞きながら建具づくりや壁塗りをしていたりして、雰囲気がよかったですから。みんなの思いが一緒で、共に創造する『共創』という言葉が頭に浮かびました」とも。
ハーフビルドは自分の手で家をつくる楽しみが一番の魅力だろう。また、建築コストを下げるためハーフビルドを選択する方もいるだろう。ただ「ハーフビルドはクライアントの時間がとてもかかります。だからこそ、どこまでを専門家に任せて、どこまでを自分たちで施工するかを考える必要があります。専門家の視点から、『自分たちの手でつくりたい』方を積極的にサポート・応援させていただきたいと考えています」と、坂さんは話す。
さて、「土間の家」がひと通りの形となったのが2021年の6月。
「でも、ハーフビルドという形式でしたので、通常の引き渡しは行われませんでした。ハーフビルドは建物が建ったから完成ではなく、住みながらつくっていくという考え方が馴染みます。『土間の家』も、あれからさらに変わっていると思います」。
現在「土間の家」は、薬膳料理の茶房兼ギャラリー、暮らしの体験宿として営業中。古民家の造りやハーフビルドに興味のある方は、一度訪ねてみてはいかがだろうか。
基本データ
| 作品名 | 土間の家 |
|---|---|
| 所在地 | 長野県小川村 |
| 敷地面積 | 577.05㎡ |
| 延床面積 | 144.91㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 3000万円台 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

コンパクトでも、居心地はこんなにのびやか 快適動線もうれしい森林の別荘
齋藤文子さんが設計した『北杜の別荘』は、延床面積約53㎡のコンパクトな住宅だ。けれど実際に住んでみると、想像以上にのびやかな居心地や機能的な動線に驚くこと間違いなし。数字では表せない、心地よい開放感はどのようにしてつくられたのだろうか?

夫婦2人暮らしにうれしい工夫が満載。 豊かな居心地を楽しめる田園の平屋
ご実家を建て替え、当面はセカンドハウス、いずれは終の住処にしたいと考えていた施主さま夫妻。依頼を受けた建築家の谷山武志さん・裕子さんがつくり上げたのは、心地よい光や緑に包まれながら、いくつになっても安心・快適に暮らせる家だった。

建築家が自分のために設計!四季を楽しむオーナー邸付き賃貸住宅
オーナー邸付きの賃貸集合住宅は珍しいものではない。だが、この住宅のオーナーは設計者である渡辺 仁さん。つまりオーナー邸は“建築家の自邸”なのである。渡辺さんは自分たちと入居者双方のプライバシーを確保し、快適さとデザイン性を両立。完成した住空間には、建築のスペシャリストならではの発想が満載だ。

「スラー」のように母屋と響きあい、 豊かで楽しい暮らしを奏でる小さな離れ
離れの増築は母屋との関係性がテーマの1つ。今回、最初から一緒に計画したのかと思うほど母屋との調和が取れた離れを設計したのは、東京と和歌山を拠点に設計活動を行う「icai architects」の猪飼洋平さん。ストーリー性のあるデザインや楽しい居心地の魅力に迫る。

お気に入りのアンティーク家具ありきで設計。「自然とともに暮らす」平屋
施主が理想の家づくりに抱く夢は大きくて、予算は限られている。これは当たり前のこと。だからこそ、設計士もやりがいを感じるというのが、「トミタ建築設計スタジオ」の富田さんの思い。その中で、「建築には“場所性”がある。どこに建てるか、日本だからこそどう建てるか。これが建築の面白さでもあります」という。Y様邸は、そんな富田さんの仕事ぶりが、とことんまで徹底された実例の一つだ。

趣味の釣りを満喫! 船上デッキから海を望む家
大阪に住まいを持つYさんが、趣味の釣りを楽しむためのセカンドハウスとして建てたY邸。その設計を担当したのが、ef設計の木下太さんだ。このY邸最大の魅力が、雄大な海を望むルーフバルコニー。生活の中にうまく海の景色を取り入れた、木下さんの家づくりの技に迫る。

お施主さま、職人、建築家は1つのチーム。 贅沢な環境で趣味を存分に楽しむ家
新築する自宅では、趣味を存分に楽しみたいと考えていたお施主さま。依頼を受けた建築家の武本さんは、敷地から見える富士山を生かしながら同時に暮らしやすさを考慮し、分棟を提案。武本さんによるお施主さまの好みに合った職人選びから生まれた相乗効果で、ディテールにも妥協しない最良の家ができた。

親と子、大人3人が暮らす住まい。 互いに心地よい距離感を叶えた「3本の道」
40代後半の息子さまとご両親がともに暮らす家を新築したいと依頼を受けた、建築家の保坂さん。家族皆が過ごしやすくするためには、適切な距離感を保つことが重要と考えた。提案したのは室内なのにまるで外にいるような雰囲気が得られる「3本の道」。同じ空間にいながらも感覚的に離れた場所で寛げる家が完成した。

安心の伝統工法、現代の耐震性能の両立は、かくして実現された!
本当に安心して暮らせる家――、それは建て主自身が、「何を使って、どう建てたか」をよくわかっている家なのかもしれません。建築家と協力しながら、建築資材の一つひとつまで自ら吟味し、信頼を寄せる伝統工法にこだわって建てた、納得のわが家です。



