
ここだから住みたい、ずっと住みたい
永く愛され地域と共に歩む集合住宅
三野 貞佳 みの さだよし
アリアナ建築設計事務所 大阪市北区
建築家と施主の考えが一致
価値ある建物で長く愛される住まいを
全長80mにもなるコンクリート打ちっぱなしの建物は、ずっと以前からここに存在していた何かの施設のようにも感じるが、これは新築の集合住宅だ。
この建物をつくったのは、大阪に事務所を置き関西を中心に、戸建てや集合住宅、店舗やオフィスなど幅広く手掛ける建築家、アリアナ建築設計事務所の三野さん。
三野さんがこの建物をつくることになったきっかけは、施主である不動産会社、株式会社Zizouの永田さんからの連絡だったという。
もともとこの地には、古い木造アパートが2棟あり、建て替えを検討していた永田さん。これまでハウスメーカーから「建て替えをしませんか?」との提案があったそうだが、何度も断っていたという。それは、「どこにでもあるような集合住宅にしたくない」という想いがあったから。自分の理想とする集合住宅をつくってくれる建築家をWEBで探していたところ、三野さんを見つけ、これまでの実績と集合住宅を手掛けた経験も申し分ないことから連絡をとったのだという。
「実際お会いしてみて、永田さんと私の考えや価値観がとても近いことがわかりました」と三野さん。
一般的な集合住宅づくりで最も重視されることは、収益性だ。部屋数、広さや間取り、使う部材などは、想定される家賃収入を元に最も収益性の良いパターンで建てられることが多い。効率よくつくり、短期間で建築資金を回収することが基本なのだ。
三野さんは、これまでの経験でいくつもの集合住宅づくりに関わってきた中で、この効率重視の姿勢に疑問を持つようになっていたという。
「一般的な集合住宅は、完成当初の価値が最大で、年を経る毎に徐々に下がってきます。そうすると、家賃競争に陥ることもあります。私は、年を経ても価値が落ちない、ここに住みたいと選んでもらえる、そして長く住み続けていただける、そんな集合住宅をつくりたいと思っていました」と三野さん。
永田さんは地元であるこの地に新たな住人が集い、その人達が長く住んでいただける、そんな集合住宅を作りたいと願っていた。そうすることが、この街の活性化にも繋がるとの想いを持っていたという。
奇しくも同じ想いを持っていた2人。集合住宅づくりにおいては、いくら価値ある建物をつくるといっても、収益性の計算などは欠かせない。その点、三野さんにはこれまで集合住宅を手掛けてきた経験と知見がある。永田さんにとって三野さんは心強く感じたに違いない。
分棟形式で敷地内に中庭を
廊下を設けず効率的な建物に
「まずは、長い共用廊下をもつ一般的な建物を思い浮かべ、そのデメリットを考えていくというアプローチをとりました」と三野さん。
三野さんは、まず手始めに長い共用廊下を極力なくすことを考えたという。長い廊下は建物の一部となるため、それなりにコストがかかる。また、長い共用廊下は他人が通る可能性があるため、窓があったとしても開け放つことはしにくいだろう。であるならば、廊下は極力なくし、最短ルートで自室に行ける動線とすべきと考えたという。こうして導き出されたのが、建物をいくつかに分けるという分棟形式にすることだった。
また、この敷地は三方を道路に囲まれた線路脇の低くなった土地。こういった土地では、線路側を裏側と考え、バルコニーを持ってくるのがセオリー。しかしそれでは、電車に乗っている人からバルコニーが見えてしまう。女性は敬遠してしまうに違いない。
「バルコニーが見える外観は、決してキレイなものではないし、外からバルコニーだと思ってもらう必要はありません。であるならば、バルコニーは外壁の中に収め、ぱっと見ではわからないようにしようと思ったのです」と三野さん。
これにより、どちらが表でどちらが裏かがはっきりわかる外観ではなくすこともできる。
そして最大のアイデアが、敷地を取り囲む分棟の間に「緑のある庭」を設けること。この庭は、各自の部屋を出入りする際の共用の通路でもあり、屋外でのんびりできる住人専用の公園にもなる。建物内部だけでなく、敷地の中に豊かな空間を設けるという案だ。将来的には、ここを地域にも開放し、お祭り的なイベントをすることもできる。1つのアイデアでいくつもの意味を持たせる。三野さんのアイデア力には驚かされる。
このプランを永田さんも大いに気に入ってくれたという。
様々なタイプの部屋にいろいろな住人が集う
今後の集合住宅づくりのさきがけに
コンクリート打ちっぱなしに大きさの違う開口が並び、角が丸くなった外壁。シルバーの勾配屋根をもつこの建物は、一目で新築の集合住宅とわかる人は少ないだろう。「どのまちにも1つはありそうな、何の施設かわからないけど、ずっと前からそこにある建物」そんなイメージだ。この建物がそれだけまちに溶け込んでいるのだ。それは三野さんの狙いでもある、年月を経ても色褪せず今と変わらない姿で佇むということに繋がる。
「集合住宅は陸屋根とすることが多いのですが、ここは線路から見下ろす形になり屋上が見えることが美しくないし、周りの家々が勾配屋根が多いので、それと調和させるため、屋根をかけました。そうすることで、屋根裏スペースにロフトを設けることができました」と三野さん。ここでも、一石二鳥のアイデア力が発揮された。
「実は外観が出来て足場が外れた頃、雪が降ったんです。角の丸い部分の屋根に雪が積もった様を見た永田さんが『笠地蔵』のように見えたと。社名の『Zizou』とシンクロしたようで、建物名をサンスクリット語で笠を意味する『チャトラ』にされました」と三野さん。
チャトラは、3棟の中に16の部屋と1つの事務所をもつ。広々とした半地下スペースを持つ部屋や高い天井を活かしたロフトのある部屋、店舗やアトリエとしての利用も可能なメゾネットタイプの部屋など、多彩なラインナップで多くの人のニーズに対応できるという。
エントランスを入り、歩を進めていくと広々としたホールがある。ここは各棟との連結点でもあり、雨に濡れずに過ごせる場でもある。視線の先にには多種多様な樹木が植えられた庭が広がる。ベンチが置かれゆったりと寛げるスペースや、緩やかな弧を描く小径が延びて、まるで公園のようだ。自分の部屋から出るとき、また帰ってきたときに通るであろうこの場所は、住まう人にとって癒しの場になるに違いない。またこういったスペースがあることで、住人同志が交流することもあるだろう。それは、きっと永田さんが求めていた、地域住民の交流にも繋がっていくことだろう。
「効率を第一に考える設計にはしていませんが、実は、スペースやコストを緻密に計算してかなり苦労して、デザイン、利便性、快適性、コストのバランスをとっています。通常の3倍くらいの手間ががかかっていると思います」と三野さん。理想の建物をつくるためには、労力を惜しまないのが三野さん流なのだ。
チャトラを内覧に来た人の中には、即決で入居を決断する人も多く、周辺家賃相場よりも高いにも関わらずほぼ満床でスタート。人気のある部屋は、空室待ちにもなっているという。
この状況に永田さんも、今後の集合住宅づくりの新たな形として手ごたえを感じているという。
独創的なアイデアと緻密な計算によって、デザイン性、利便性、快適性だけでなく、経済性も兼ね備えた建物をつくった三野さん。「ここだから住みたい」と他地域から、様々な人々が集まり、そして「ずっとここに住みたい」と思いコミュニティーが形成される。ひいては、このまち自体が価値あるものになっていく。
三野さんの建築の力は、住まう人だけでなく、施主も地域住民も満足させる「三方良し」を実現してくれる。
基本データ
| 作品名 | つづき屋根の集合住宅 |
|---|---|
| 所在地 | 京都府向日市 |
| 敷地面積 | 825.3㎡ |
| 延床面積 | 1027.08㎡ |
| 予算 | 2億円台 |
撮影:エスエス大阪 土出将也
設計者情報
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