建築家の純度100%の理想が引き寄せた
機能と意匠が響き合う極上の八ヶ岳の別荘
ゼロから紡いだ、土地に最適なプランが
「求めていたのはこれ」と施主の心に刺さる
一歩中へ入りリビングに佇めば、大開口に切り取られた木々の緑の先に、雄大な富士山が姿を現す。選び抜かれた上質な家具やインテリア、そして空間を彩るアート。その洗練された内装に身を委ねていると、時の経つのも忘れてしまうほどだ。
この美しき別荘を手掛けたのは、PRIVATE建築設計事務所の佐野優子さん。彼女にとってこの建物は、建築家人生における大きな転機となった記念碑的な一棟だという。
かつてアトリエ系建築事務所で、住宅や別荘、大型施設などの設計をバリバリと手掛けてきた佐野さん。確かな実績と経験を積み上げてきたが、結婚・出産を機に、任される仕事の質やワークライフバランスに変化が生じる。そのジレンマの中で彼女が下した決断が、「独立」だった。
とはいえ、最初から見込み客があったわけではない。ゼロからのスタート。それでも「どんなに小さな仕事でも、自分の力で掴み取っていこう」という強い覚悟を抱いていた佐野さんの脳裏に、ある記憶が蘇る。それこそが、自らの建築の原風景だった。
それは幼少期から慣れ親しんだ、祖父の別荘がある地域の景色。森の中にひっそりと佇む建物や、アートのような佇まいを見せる高級建築の数々が、少女だった彼女の心に深く焼き付いていた。
その地は思い出の場所であると同時に、今なお足を運ぶ現在進行形のフィールドでもある。だからこそ佐野さんは、地域の厳しい冬の寒さも、積雪のリアルな性質も肌感覚で知り尽くしている。「その土地のポテンシャルを極限まで引き出す」という建築家としての原点。そして「この場所に最適な建物は何か?」という飽くなき問い。
自らのポリシーと情熱を証明するため、佐野さんは行動に出た。別荘のへ運営会社の事務所へ赴き、「この土地に最適なプランと模型を、無料で提案させてほしい」と直談判したのだ。その熱意に動かされた運営会社の担当者は、馴染みの建築家の枠を超え、快くチャンスを差し出してくれた。
舞台となったのは、道路から崖側へと傾斜していく1つの区画。
この地で佐野さんが導き出した答えは、富士山が見える景色を独り占めできる大開口のリビングだった。ダイナミックな眺望を堪能できる設計でありながらも、別荘地としての景観に配慮し、道路側からは高さを抑えた平屋のように見せる。一方で、崖側に向かってせり出すシャープな外観で「浮遊する船」を表現した。さらに、厳しい自然環境を知るプロとして、雪対策を考慮した深い庇(ひさし)を持つ日本の伝統的な屋根形状を融合させる。
建築家としての原体験とポリシー、そして情熱を注ぎ込んだ「ここにしかない、ここにあるべき」純度100%のプランが、こうして産声を上げた。
都内のマンションに暮らしていたKさんは、かつて自宅から楽しんでいた富士山の眺望が、周囲のビル群の建設によって遮られていく寂しさを抱えていた。大好きな富士山を、今度こそ誰にも邪魔されない特等席で眺めながら過ごす2拠点生活。その理想の地を求めて八ヶ岳を訪れたKさんの前に、佐野さんのプランが示された。
遮るもののない大空間から、どーんと目に飛び込んでくる自然と富士山。そこには、まさに求めていた豊かさそのものがあった。模型を一目見た瞬間、Kさんは「自分が求めていたのは、まさにこれです!」と心を撃ち抜かれたという。
要望のヒアリングから始まった家づくりではない。建築家が土地の本質を見据えて描いた純粋な理想に、施主の渇望が完璧に共鳴した瞬間だった。
こうして、佐野さんの原案をベースにした、幸福な家づくりがスタートする。Kさんのライフスタイルを具現化するための間取りのブラッシュアップ、そしてKさんが全幅の信頼を寄せるインテリアコーディネーターの参画。建築家の骨組みに、暮らしの息吹とアートの感性がハイレベルで融合していった。
富士山を独り占めする大開口と
建築にアートが融合する洗練の空間
別荘地内の美しい道路を進んでいくと、ウッディーな外観を持つ、平屋のような建物が姿を現す。水平に伸びやかで、地面から少し浮いたような長方形の佇まい。それこそが、森を海に見立ててデザインされた、佐野さんの代名詞とも言える「船」のモチーフだ。「道路側からの高さを抑えたかった」という言葉通り、建物は周囲の豊かな緑の中に心地よく溶け込んでいる。
「外壁には、周囲の環境に自然と馴染むように木材を使いたいと考えていました。そこで、経年変化でも劣化しにくく、非常に硬質で耐久性の高い『セランガンバツ』を採用しています。歳月を経て風合いが変わっていくのも、この建物の大きな魅力の一つです」と佐野さんは語る。
意匠の美しさだけでなく、この地域の気候を知り尽くしている佐野さんだからこその配慮は、屋根の形状にも表れている。あえて日本家屋でよく用いられる「寄棟(よせむね)」を採用。庇を大きくせり出させることで、夏の高い日差しは遮り、冬の低い陽光は室内の奥まで導く設計とした。さらに、この深い庇の下の空間はデッキや通路となり、雨や雪の季節であっても快適に行き来できる。
一見すると道路側に走る1本の美しい横長スリットに見える窓も、すべての部屋に効率よく光を届けるためのもの。細かなサッシの分割を1つの連続した横長窓に見せるなど、ノイズを削ぎ落とす細部へのこだわりが、外観の洗練度をいっそう際立たせている。
駐車スペースから森の奥へ進むようにして、エントランスへ。足元の地窓から漏れる玄関照明の光が、幻想的な雰囲気を演出している。正面に貼られた表情豊かな石材のアクセントウォールは、実用的な薪の保管スペースを目隠しする役割も兼ねる。上部を一部くり抜き、室内へと軒が続いているかのように見せる演出も見事だ。
扉を開けて玄関に足を踏み入れると、そこは自転車もゆったりと置ける広々とした土間スペース。愛犬の足洗い場も設けられており、ペットとの暮らしを快適にする配慮も忘れていない。
そして、さらに扉を開けてメインリビングへ入った瞬間、なんとも贅沢な光景が目に飛び込んでくる。視界を埋め尽くす木々の先、その真正面に、あの雄大な富士山が座しているのだ。訪れた人は誰もが思わず「おおー」と感嘆の声を漏らすに違いない。
このダイナミックな抜け感は、単にロケーションの恩恵だけではない。サッシ部分を極力視界から消し去るため、床から天井までが1枚の大きなガラスになるよう緻密に計算されている。さらに、構造を支える柱やバルコニーの手すりに至るまで、安全性を担保しつつ、景色のノイズにならない極限の細さを追求した。ロールスクリーンを天井裏に完全に収納する構造など、こうした目立たない細かな配慮の積み重ねにこそ、佐野さんの設計の真骨頂がある。
リビングを彩るのは、おしゃれで洗練された家具やアートの数々。建築家である佐野さんが構築した完璧な骨組みに、Kさんが信頼を寄せるインテリアコーディネーターの感性が混ざり合い、ハイレベルで融合した果実がここにある。
リビングの一角に配された格子戸の先には、シックな和室が広がる。和服を着ることもあるというKさんの 要望から生まれた空間だ。琉球畳を市松敷きにしたモダンな和室には、まるで森の景色を切り取ったかのような一面の大窓が穿たれている。作家の卓越した筆致により、水墨画のように仕上げられた襖絵や壁のテクスチャーは、コーディネーターがセレクトしたもの。床には昇降式のテーブルが埋め込まれるなど、圧倒的な上質感の中に優れた利便性を兼ね備えている。
メインフロアであるこの2階には、リビングのほかにキッチンや水回り、寝室、そしてKさんの仕事場ともなる書斎など、日々の営みを完結させる主たる機能が集約された。
美しい月を思わせる円形のアートに彩られた階段を下り、1階へ向かう。そこは、現在トレーニング空間として活用されているGYMスペースだ。
「もともと原案の模型段階では、1階は基礎のみの予定でした。しかし、Kさんと対話を重ねていく中で、ここも部屋として活用しようというアイデアに変わっていったのです」と佐野さんは微笑む。
友人を招いての賑やかなBBQや、「いつか庭にピザ窯をつくりたい」というKさんのこれからのライフスタイルにとって、この1階の空間は、暮らしの可能性をどこまでも広げてくれる実用的な遊び場となっている。
竣工後、この家での暮らしについて、Kさんからは「とっても快適に過ごしています」「こんなに寒い地域なのに、驚くほど心地いい」といった温かいメッセージや年賀状が定期的に届くという。
そしてもう一つ、嬉しい誤算があった。 この広大な別荘地全体のオフィシャルパンフレットの表紙に、なんとこのK邸の写真が採用されたのだ。
佐野さんが掲げた「この土地に最適なプラン」がKさんの心の渇望に深く刺さり、細やかな建築的配慮と、コーディネーターとの協業による家具やアートが息を吹き込んだ。それらが最高の化学反応を起こしたからこそ、この空間は、誰もが憧れる「真の豊かな別荘」の象徴となったのだろう。
独立という、ゼロからのスタートから始まった佐野さんの旅路。その最初の一歩であり、彼女の力量のすべてが結晶したこのK邸は、八ヶ岳の美しい森の中で、今もっとも眩い大輪の花を咲かせている。
基本データ
| 作品名 | 富士山を望む八ヶ岳の家 |
|---|---|
| 所在地 | 長野県南佐久郡 |
| 敷地面積 | 1100.49㎡ |
| 延床面積 | 170.75㎡ |
| 予算 | 8000万円台 |
| 施主 | K様 |
設計者情報
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