
1つの造作でいくつもの役割
じっくり対話で叶えた優しい空間
心の中のイメージを目に見える形に
施主の思考の整理をお手伝い
高台の傾斜地に建つマンションの4階角部屋。内覧で訪れた施主のTさんと奥様は、その見晴らしの良さと陽当りに惹かれ「ここであれば気持ちのよい暮らしができるに違いない」と、リノベーションを決意したのだという。
実はTさんも大手ゼネコン設計部に勤める建築士。「もともとは、自分の住む家を自分で手がけたい。オリジナルで仕上げたいと思っていたんです」とTさん。しかし、普段はビルなど大規模な建物に携わり、住宅の経験がなかったことから、大学の先輩でもあり住宅の経験も豊富な竹味さんに依頼をすることにしたのだという。
Tさんには、竹味さん以外にも同級生や先輩・後輩、仕事で繋がりのある建築士は数多くいることだろう。その中で竹味さんにリノベーションを依頼した。いわば竹味さんはプロの目から見て、「自邸を任せたい」と選ばれる腕を持った建築家だといえる。
こうして、Tさんと竹味さん、さらにはTさんの奥様も加わった3人4脚でのリノベーションが始まった。3人でLINEグループをつくり、どんなことを叶えたいのか、どんなテイストにしたいかということはもとより、ちょっとした思いつきや気になったことをこまめにやりとりしていった。こうした竹味さんの「対話」を重視した施主とのコミュニケーションは、Tさんとの間に限った話ではない。ヒアリングを繰り返し何度も納得いくまでプランを提案するというキャッチボールを繰り返す。ときには、施主と共にショールームを訪れ、一緒に材料や機器、インテリアを選ぶこともあるという。手間や時間を惜しまずじっくり丁寧に寄り添うのが竹味流。
「依頼主が心の中でイメージしていることを掘り当てたり、漠然と持っている考えを目に見えるかたちで整理をするのが私の仕事だと思っています」と竹味さん。
そんな姿勢にTさんも「自分一人のアイデアだけでは、前のめりになってしまうところでした。竹味さんに上手く意を汲んでいただき、納得のいくプランに辿り着きました」と、とても心強かった様子。
こうして掴んだ施主の真意に、竹味さんの卓越したセンスで応えたプランは、満足度の高いものとなった。
3DKを1LDK+小上がりに
カフェのような居心地のよさ
それに対し、竹味さんはどんなアイデアで応えたのだろうか。
玄関扉を開けると、タイル張りの床が目に入る。それはパントリーさらにはキッチンまで続く土間となっている。この土間によって、いちいち靴を脱がずとも外出から帰ってそのまま進み、コートをかけたり、荷物を収納できる。さらにはベビーカーもたたまずに入ってこれる。小さなお子さんがいるTさんにとっては、うれしい作りだ。
土間を進むと1段高くなって開放的で明るいLDKに到達する。もともと3DKと細かく別れていた部屋を、L字型の大きなLDKと寝室に再構成。一番長い時間を過ごすであろうリビングを、抜群の眺望と日差しの恵みを享受できるようにした。さらにLDKの一部には畳敷きの小上がりを作り、ゴロリと寝転ぶことも可能な寛ぎのスペースを設けた。この小上がりの上部には、木製のフレームが取り付けられていて、カーテンや壁で仕切ることで個室としても使うことができる。客間としての利用や将来の子供部屋への転換も視野に入れた作りだ。さらには、畳の下は大容量の収納スペース。リビング側には、日常使いのものを、畳の下にはシーズンものをしまえるよう、蓋にも工夫をこらした。
この部屋で何より驚かされるのが、明るさと開放感だ。床を嵩上げした分、高さを出すために天井はコンクリートの躯体を現しにした。一方、床は無垢のフローリングで、窓側の壁は木の羽目板を貼り、同じテイストで庇やカウンターを仕上げた。それまで個室ごとに独立して配置されていた5つの窓をひとつなぎに感じられるようデザインした。コンクリートの無骨さと、木の温もりが見事にマッチして、のびやかで落ち着きある空間に仕上がった。
この窓まわりの仕上げに「このアイデアにはグッときました。テレワークが増えた今、カウンターで景色を見ながら、会社よりも快適に仕事ができています」とTさん。奥様も「壁は、塗るかクロスを貼るくらいだと思っていたので、想像以上に素敵に仕上げていただき、ありがたく思っています」と、驚きを隠せなかったようだ。
この家の特徴の1つでもある庇には、実は秘められた役割がある。1つ目の役割は、ダクトや照明といった設備機器の目隠し。天井を現しにしたため、むき出しになってしまうものを上手く隠す意匠だ。また、上部は棚としての役割をもたせた。絵や雑誌、植物を飾るギャラリーとして活用している。さらにこの庇は、斜めにカットされていて外の光を奥まで導く仕組みにもなっている。ここでも1つの造作でいくつもの役割をもたせた。竹味さんの手腕には驚かされるばかりだ。
明るさという点では、さらなる工夫が。寝室の壁にはシルバーの塗装を施した。この塗装が、室内に入った自然光を適度に反射し、全体を柔らかく照らすのだ。
このようにして出来上がったT邸の空間は、優しい光と木のぬくもりに包まれる、ほっこりスペース。居心地のよいカフェのような、つい長居をしてしまいたくなる空間だ。
「子供も、部屋の中で様々なお気に入りの場所を見つけ、日々楽しそうに駆け回っています」と奥様。
竹味さんの建築のポリシーの1つに「暮らしをもっと楽しく」というものがある。時間をかけ、楽しみながら育てるような、そこにしかない暮らしを実現したいという思いだ。
「家にいる時間が長くなって、ますますこの家の良さを感じています」とTさん。Tさんのこの言葉が、竹味さんの建築の真髄を現している。
竹味さんはこれからも、じっくりと丁寧に施主に寄り添い、類まれなるアイデアで快適な住まいを作り出し、住めば住むほどその良さを感じられる暮らしを作っていく。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 羽の家/wing room |
|---|---|
| 所在地 | 東京都北区 |
| 延床面積 | 59.92㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども1人 |
| 施主 | 武井光(共同設計) |
撮影:アトリエあふろ(糠澤武敏)
設計者情報
この実例を見た人はこちらも読んでいます

建築家ならではの工夫が満載の1Rリノベ 「ここに住みたい!」と選ばれる物件に
どこも同じようなつくりになりがちな、都心部にある1R。立地以外の差別化が難しく、とかく家賃競争になりがち。中古マンションの1R一室を自ら購入し、「ここに住みたい!」と思わせる物件へと再生、しっかりと収益性も確保したのは、蟻川建築設計事務所の蟻川さんと村田さんだった。

プライバシーと採光を叶える「ずらし」の妙 個の時間も、家族の団欒も楽しい2世帯
住宅密集地での二世帯住宅づくりは、プライバシーの確保、さらには採光・通風など解決すべき課題は多い。その難問を様々な手法で見事に両立させてみせたのは、顧客との「対話」を通じて価値観や家づくりのプロセスを「共有」することを大切にしている建築家、河野有悟さんだった。

憩いの時間を豊かにする空間と洗練デザイン 人が集まり笑顔が満ちる「人生を楽しむ家」
施主さまが望んでいたのは「訪れた人にとっても居心地がよく、出会いと交流をはぐくむような家」。その思いを形にしたのは、建築家の水間寿明さん。楽しい時間を過ごしてホッとくつろぎ、英気を養う。そんなバカンスのような暮らしがかなう住宅の魅力とは?

土間が暮らしに広がりを生む2階リビングの住まい
お子さんが生まれ、マンションでは手狭になり、新たな住まいを計画したSさん夫妻。祖母から受け継いだ土地があり自由設計で考えたい、また建材を把握して自然にやさしい家を建てたいという思いから、知人の紹介もあって建築家の道家さんと家造りを行うことに。完成したのは大きな土間を1階に設け、家族が集うLDKを2階にレイアウトした、ちょっと個性的な家。その狙いとは?道家さんとSさん夫妻の家造りの工夫に迫りました。

完成してからがはじまり 時間をかけてつくりこむ家
家が完成するとはどういう状態だろう。工事が終わったとき? 引っ越しを終えたとき? それとも、住む人が思い描いた暮らしができるようになったとき? もしかしたら、家には完成という言葉はそぐわないのかもしれない。そう思わせる建築家が、N.A.O代表の加藤直樹さん。加藤さんが設計したHOUSE Kに迫ります。

鋭角のコーナー越しに堪能する郊外の風景 定年後も仕事に打ち込める防音完備の住まい
半導体の研究者であるお施主さまのご希望は、部屋の隅が透けたすっきり美しい部屋と、研究を継続するための防音・防振設備の整ったラボ。建築家の木島さんは、鋭角に惹かれるお施主さまに、多角形で面積以上の広がりを感じられる空間を提案した。直角の少ない室内からの眺望の豊かさには、誰もが驚くことだろう。 (メイン画像:木島千嘉建築設計事務所 提供)

片流れ屋根の下、家族がひとつになりながら プライバシーを保って暮らせる住まい
開放的で、同じ空間に家族皆がいると感じられる家が欲しい。けれど子どもたちのプライバシーは保ちたいと考えられていたお施主さま。購入したのは2方向に見える山の風景が美しい、山裾にある土地だった。建築家の中川さんは、恵まれた環境を生かしつつこれらの希望を全て叶えた家をつくり上げた。

斜めのリビングと広いテラスで居心地抜群。 熱環境も快適な自然素材の家
居心地のよさにこだわった間取りと、ホッと落ち着く自然素材の風合いが魅力のS邸。どこにいても「気持ちよさ」を感じる空間はどのようにできたのか、設計を担当した安藤建築設計室の安藤大輔さん・かおりさん夫妻に話を聞いた。

構造ではなく、素材として魅せる コンクリート壁の可能性
クールでスタイリッシュなコンクリート打放しに憧れる人は多いのではないでしょうか。しかし一般的な木造建築に比べるとRC造(鉄筋コンクリート造)は坪単価が高く、コスト面から諦めてしまうことがあるのも事実。住記屋の鈴木貴晴さんが手掛けた「朝日の家Ⅱ」は、ある方法でその憧れを実現。さて、その方法とは。
