
住まいと暮らしの30年後まで考え抜いた、
1年1棟の家づくり
原点は両親のために建てた別荘。その「変化」が教えてくれたこと
その別荘は、栃木県の那須にある。日本中が列島改造の土地ブームでわいた頃、立岡さんの父が約150坪の土地を購入した。「親は裕福だったわけでなく、土地を買ったら家の建築にかけられる予算は700万円しか残りませんでした。そこで、当時まだ20代前半で設計事務所に勤めていた私に『アルバイトでやってほしい』と依頼されたのです」。
立岡さんはさほど深く考えることなく、「予算重視」で必要最低限の機能を持つ家を提案した。「建坪は18坪ほど。一番安かったスギ材をメインに使った平屋です。ただ、安かろう悪かろうにするつもりはなかったので、廊下にはヒノキの板を敷き、構造だけはしっかりしたものを設計しました。飾り気のない、言ってしまえば骨組みだけの家です」と立岡さんは笑う。ところが、そのシンプルさが思わぬ効果を発揮することになった。
「父がコツコツと家を改造していったのです」と立岡さん。「ご近所に大工仕事の好きな方が住んでいらっしゃったこともあって、2人で日曜大工的に手を加えていきました」。しかしそれは、日曜大工のレベルを超えていた。リビングの横にデッキを増築し、無粋なコンクリート壁に自然石を貼り付け、露天風呂を作り、隠れ家料亭のような門を作り、踏み石を置いた。「専門の業者にお願いした部分もありますが、基本的には手作業です。実益を兼ねた趣味、のようなものだったと思います」。
こうして年月をかけて変化していく家の姿を見て、立岡さんは建築家として重要な発見をしたそうだ。「家は、建築家が作るのではない。家族が暮らしながら作っていくのだ。我々はそのベースをお届けしているに過ぎない。そう思い知りました。ならば建築家は、専門家として可能な限り変化を見越し、それに対応できるフレキシブルな家を建てるべきではないか。それが今に至るまで、私の重要な設計コンセプトになったのです」。
もちろんその信念は、那須の別荘だけから得られたものではない。イントロン社の本業とも言えるマンションや商業施設の新築・修理の仕事からも、立岡さんは多くの教訓を得ている。「たとえば12年ほど前に手がけた都内の賃貸マンション新築プロジェクトでは、建物の経年劣化はもちろん、市場価値の経年変化も考慮した設計を行いました」。
立岡さんは、多くの改修工事の経験から得た「こういう施工をすると早く劣化する」「こういう構造は後々クレームが出やすい」といった“マイナスの種”を、設計の段階で細かく除いていった。「建物を建てる際には、本来イニシャルコストだけでなくランニングコスト、修繕のコスト、さらに解体のコストまでを考える必要があります。我々は数多くの経験から、かなり具体的に長期のコスト計算ができますので、特に商業建築の場合は施主様と『いつ、どこにコストをかけるか?』という話を綿密に行います」。
考えたのは劣化に対するコストだけではない。「ワンルームを中心とした賃貸物件は、周辺に同種の新築物件が増えると急速に市場競争力が落ちてしまいます。そこで、将来的には2住戸をひとつにしてファミリータイプに改築できる構造を提案しました」。こうした「変化を前提とした設計」は、一戸建てでも常に意識しているそうだ。「高齢のご家族がいらっしゃる施主様であれば、その方が亡くなった後のことも考えます。不謹慎? 必ず訪れる変化を想定しておくのは、プロとして当然のことだと思います」。
10年前にあるマンションのフルリフォームを手がけた際にも、意識したのは20年30年後のことだったという。「当時高校生の娘さんが2人いらっしゃる施主様で、お子さんが小さい頃に購入したままの間取りでは生活しにくくなったとのことでした。私は『10年もすれば娘さんはお嫁に行くかもしれない。さらに何年かしたら、今度はお孫さんを連れて泊まりに来るようになるかもしれないし、同居するかもしれない』という未来の家族史をまず頭に描きました」。そこから施主様と何度も協議を重ね、将来不要になる可能性のある壁は取りやすいように設計するなど、フレキシビリティの高いリフォームを行ったという。
施主様一家と本気で向き合うために、1年1棟以上は手がけない
そうした設計を心がけると、「1年1棟が限界なのです」と立岡さんは言う。「住まいは、施主様にとって一世一代の買い物であり、ご家族の日々の暮らしを左右する重要な存在です。それを片手間に設計することはできません。施主様と真摯に向き合ってやりとりを重ねたら、1年などあっという間ですよ」。
念のために言うと、「シンプルでフレキシブルな設計」とは決してデザインを犠牲にするものではない。「凝ったデザインはメンテナンスに手間のかかることが多いので、修繕の仕事をしていると『建築家に勝手にこんなデザインをされてしまった』なんていう苦情も聞きます。私からすればそういう設計はあり得ないことですが、施主様と相談した上でデザイン性を優先させることは、当然あります。あるデザインや施工方法が持つ長期的なリスクやコストを事前に想定し、『こうなりますよ』とお伝えできることが、我々の強みだと思います」
さて、那須の別荘に話を戻そう。仕事をリタイアした15年ほど前から、両親は生活の拠点を那須の家に移したそうだ。「この家が教えてくれることは本当に多いのです。たとえば東日本大震災で那須もかなり揺れましたが、この家はほぼ被害ゼロでした。木組みの平屋が地面といっしょに揺れたことで、力を吸収したようです。屋根のガルバリウムも30年持つことが実証できました。両親とも80歳を過ぎて、今後はバリアフリーをどうするかが課題です。ちょっとした実験ハウスですね(笑)」。ちなみに将来は息子さんが「この家を使いたい」と手を挙げているという。「そうなれば、息子の暮らしに合わせた変化が始まるのでしょう。どう変わるのか、建築家としてとても興味深いです」。
基本データ
| 家族構成 | 夫婦 |
|---|---|
| 施主 | T邸 |
撮影:Mizuho Hasegawa
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

メリット多彩な大屋根が「家族を守る」 バルコニーや庭からは名物の花火も鑑賞
お施主様との会話や、敷地の特性からヒントを得て設計を行っている建築家・高瀬さん。今回は、厳しい気候条件に備える「大屋根」をかけた新築事例を紹介。敷地配置から外観デザイン、間取りのすべてを、お施主様ご家族のライフスタイルに合わせて、多彩な工夫を凝らしたプランの一邸だ

出入り自由、誰もが使える通り土間。 美しい田園風景になじむ、切妻屋根の家
建築家の林田さんが自邸を建てるため選んだ土地は、一面に田んぼが広がる農村地帯にある。田んぼを眺めつつ生活できる平屋は、切妻屋根も美しくしっくりと風景になじんでいる。それだけではない。出入り自由、誰もが使えるパブリックスペースとして通り土間を設けるなど、本当の意味で地域に根付いているのだ。

正面は「田」の字形のコンクリート外壁。防火地域ながらも、外壁の安心に囲まれて家族の将来を見守り続ける木造の家
20年~30年後、50年後、100年後の未来を見据え、家族構成の変化や、その時々に住まう人のライフスタイル、将来的なリノベーションなども考慮して設計している「裕建築計画」の浅井さん。キーワードは「長く住み継げる」&「ライフスタイルの変化に順応できる」家。今回紹介するK様邸は名古屋の商業地、防火地域にあり、難しい諸条件を斬新な発想で解決して、末永く住み継いでもらえる住まいだ。

沖縄の気候風土、文化を熟知した匠がつくる 混構造と赤瓦屋根の二世帯住宅
本土と気候風土や文化が大きく違う沖縄の家づくりには、沖縄ならではの知識や工夫が必要。沖縄で生まれ育ち今も沖縄を中心に活動を続ける建築家、山城さんは建築士歴50年を超えるベテラン建築家。沖縄を熟知した匠の家づくりに迫る。

快適コンパクトな2拠点向け規格住宅が誕生 気負わず楽しむ憧れのデュアルライフ
都会と郊外を行き来する2拠点生活の人気が高まるにつれ、気負わずに建てられるセカンドハウスへのニーズも増えている。そんなニーズに応えるために建築家の李孝哲さんが自ら土地を購入、2拠点生活実験ハウスとネーミングをつけ、神奈川県青野原に建てた快適・コンパクトな規格住宅をご紹介。

住んでたことが一生の思い出に。豊かな空間性が自慢の集合住宅
敷地に入ってすぐ「何だろう、この楽しさ!」と感じるT様のマンション。「ここは特別」とT様が言うマンションは、元・花市場だった広い敷地を生かしきった遊び心あふれる住まいだ。

二世帯の新しい形、見つけた! 親から子、子から孫へ継がれる家
形がいびつで高低差があるばかりか、防火指定地域や斜線規制などさまざまな制約がある土地に、4世代が暮らす2世帯住宅を建てたいというリクエスト。そんな難条件をクリアし、家族の夢を叶えるため、スタジオすぅ 西村佳大さんがとった手法がスキップフロアを使った「継」の家だった。

夫婦が憩い、人の縁を育む ずっとここに居たくなるウッドデッキ
「地域に根ざした確かな仕事をしたい」と、自身の故郷でもある結城市を中心に活動している建築家NIDO一級建築士事務所飯野さんが作ったのは、夫婦が憩い、人との縁を育む大きなウッドデッキが特徴の家でした。

飼い主も5匹の猫も、楽しく健やかに。 猫が生き生き暮らす「猫的町並み」のある家
5匹の猫と暮らすKさまの家は北欧ヴィンテージ感のある素敵な住まいだが、実は、猫が喜ぶ「猫的町並み」が展開されているという。設計を担当した犬猫専門建築家の廣瀬慶二さんに、K邸から読み取れる「猫と暮らす家」のセオリーを教えてもらった。

