
地域に馴染み、人も猫も楽しい毎日。
郊外の新生活を満喫する店舗兼用住宅
郊外の穏やかな住宅街で
焼き菓子の店舗兼自邸を建てる
ここは3匹の猫と暮らすAさまご夫妻の店舗兼用住宅。1階の約半分は奥さまが営む焼き菓子店『TSUCURITE(つくりて)』の店舗および厨房で、残りの1階と2階がご夫妻と猫たちの住まいだ。
奥さまはデパートの催事出店やカフェなどへの卸しをメインに活動しているが、都内から引越して厚木に自邸を建てるにあたり、店舗兼用住宅を計画。ご主人はお菓子のパッケージなどを手がけるデザイナーで、二人三脚でこの店を運営していこうと考えた。
そんなご夫妻が設計を依頼したのは、暮らしやすくデザイン性も高い住宅設計に定評がある『吉田裕一建築設計事務所』の吉田裕一さん。住宅はもとより、首都圏のメジャーな商業施設やカフェなどの店舗設計の実績も多く、多方面から厚い信頼を得ている建築家だ。
ご夫妻の主な要望は、「シンプルであること」「猫が快適であること」「在宅で仕事をするご主人が気分で仕事場所を選べる間取り」というもの。
加えて、特に奥さまの大きな要望だったのが、「地域に馴染んでいけるお店づくり」。2人が引越す厚木市はご主人の地元だが、奥さまにとっては友人・知人がいない街。これからつくる自分のお店が、新しい環境で人とのつながりが生まれる場所になることを望んでいた。
【店舗】ちょっと立ち寄りたくなる佇まい。
交流が生まれる工夫も満載
「駅から離れた住宅地ですが、住居兼用と思われる美容室や駄菓子屋さんなどの個人店がぽつぽつと点在し、豊かだなと感じたんです」
かつて駅前商店街などには住居兼用の個人店が連なり、お店を介して近隣住民も顔見知りになるような、温かなコミュニティが存在した。しかし今ではそうした個人店が減り、地域のつながりも希薄になりつつある。
対してA邸の環境は、地元密着の個人店と近隣住民のコミュニティがあるように感じたのだという。
「ですから『TSUCURITE』も、そういう街の豊かさを担う店舗の1つになれたらいいなと考えました」
敷地は角地で店舗には好条件。しかしAさまご夫妻は、自己主張の強い佇まいを望んでいなかった。そこで吉田さんはシンプルな白い建物をデザインし、敷地の奥に配置。道路と距離を取り、あえて控えめな印象に仕上げた。
ところが、緑に彩られたアプローチや三角屋根の真っ白な外観が逆に目を引き、「何だろう」と立ち寄るお客さまが続出。「出過ぎず、引き過ぎず」の絶妙なバランスは、店舗設計の知見が豊富な吉田さんの狙い通りの結果を生み出した。
店舗入口は中の様子がわかり、温もりもある木製のガラスドア。外にはベンチが置かれ、「気軽にお立ち寄りください」と声をかけられているかのよう。こうした親しみの湧く演出も全て吉田さんの提案だ。
そしてカフェのような店内に入ればおいしそうな焼き菓子がずらりと並び、奥さまと相談しながら選ぶ楽しいひととき。吉田さんは「奥さまは気さくな方なので」と、通路の幅を広めに計画。複数のお客さまが来店しても、会話やお菓子選びをゆったりと楽しめるようにしている。
控えめながらも確かな存在感のある『TSUCURITE』は、開店早々に近隣で話題となり、今ではすっかりこの街の一員に。営業は週末のみだがお店が開くと客足が途絶えず、奥さまと地域の方々、ひいては顔見知りのお客さま同士がおしゃべりを楽しむ温かな場所になっている。
【自邸】気分で仕事場をセレクトOK。
目からウロコの配慮で猫も幸せ
東西南に大小さまざまな窓を設けた2階のLDKはL字型。自然光にあふれ、現しの山形天井が木の温もりも醸し、外観同様シンプルでナチュラルな居心地のよいスペースだ。
L字型の空間はスペースの使い分けがしやすく、現在はL字の一辺をリビング&ダイニング、もう一辺をキッチンとご主人の仕事スペースとして使用。奥さまの不在時などはリビングで仕事をすることもでき、要望通り、気分で仕事場所を変えられる。
そしてもう1つ、A邸の大きな特徴といえるのが「猫がのびのび暮らせること」。吉田さんは窓際で昼寝する猫たちのことを思い、LDKの至るところに猫窓や窓台を設置。床は、傷が目立ちにくく張り替えも容易なマーブル模様の塩ビタイルを選んだ。
一方で、壁は少しコストをかけて珪藻土に。自然素材の風合いをプラスする狙いもあるが、「猫が壁をひっかいても、珪藻土ならご自分で部分的な補修をしやすいのです」と吉田さん。壁はAさまご夫妻が自らの手で塗ったので、補修の予行演習は万全。「傷つくからコストを抑えたクロスで」と考えてしまいそうなだけに、吉田さんの理にかなった逆転の発想には、目から何十枚もウロコが落ちる思いだ。
働き方が多様になった今、郊外に家をもとうとする人が増えている。Aさまご夫妻も都内から厚木市に移って新生活をスタートさせたわけだが、実は、住まいが特段広くなったわけではない。
だが、ここでの暮らしは明らかに違うだろう。敷地いっぱいに家を建てず、隣家との距離を取ったことで生まれる心のゆとりと贅沢感。光と風が通るリビングで仕事や読書をする気持ちよさ。お昼寝スポットが豊富な家で気ままに過ごす猫を眺めるひとときも、何ともいえない幸福感があるだろう。
ご夫妻の好みやライフスタイル、大切にしていることをしっかり具現化した家は、穏やかで充実した毎日をもたらした。郊外ならではの環境メリットを最大限に感じられる吉田さんの設計は、知れば知るほど奥が深い。
基本データ
| 所在地 | 神奈川県厚木市 |
|---|---|
| 敷地面積 | 245.53㎡ |
| 延床面積 | 99.36㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+猫3匹 |
| 予算 | 2000万円台 |
| 施主 | A邸 |
撮影:くすきはいね
設計者情報
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