
設計事務所が自社で施工まで
デザインも性能も「あきらめない」家づくり
高気密・高断熱を採用した
「パッシブデザイン」の家
「いわゆる高気密・高断熱の家です」。そう話すのは、設計を手掛けたアイネクライネ一級建築士事務所の伊藤克弘さんだ。
数ある断熱材から下平尾の家で採用しているのは、吹付け硬質ウレタンフォーム(A種1H)。自己接着力がある発泡性の素材で、現場で吹き付けて施工するため住宅内部の隅々まで隙間なく充填することができるのが吹付ウレタンフォームの特徴だが、そのなかでもA種1Hはクラス最高の断熱性能を誇り、湿気も通さない性質から壁内結露の心配もない。
家の中でもっとも熱が逃げやすいのは、窓などの開口部だ。下平尾の家ではすべての窓にトリプルサッシを採用。ガラスとガラスにはさまれた空気層が2重になっているので、寒さをしっかり防いでくれる。また、窓面での室内外の温度差が少ないため、結露の発生も抑える役割もある。真冬には家内外の温度差が40度以上になることもあるので、このサッシ性能がものをいう。
加えて、窓の数がそもそも少ないのだ。「無駄と思える窓は極力付けないようにしています。窓が少ない方が断熱効果が高いという側面もあるのですが、単純にコストが下がるからです。その浮いた費用を、例えばこだわりのキッチンや床暖房に回しませんか?という提案はよくしますね」と伊藤さん。その床暖房は、1階はもちろん2階にも全館に設置しているので、家のどこにいても暖かく快適に過ごすことができる。ちなみに床暖房は電力を使ったヒートポンプ式。家全体をオール電化にすることで、ランニングコストを抑える狙いもあった。
「高気密」に関してもしっかり対応。「建物に隙間があるかどうかは施工精度に依りますので、現場で実測しないことには分かりません。なので、弊社施工物件は全棟気密検査をしています。実際にこの現場は数値的にはC値(隙間相当面積)で0.3でした。」。C値とは㎠/㎡で表し、床面積1㎡あたりの隙間の面積(㎠)のこと。つまり、C値0.3というのは、床面積1㎡あたり0.3㎠の隙間しかないということ。昔でいうところの“隙間風”とは、ほぼ無縁だろう。
伊藤さんの設計の根底にあるのは「パッシブデザイン」の思想だ。パッシブデザインとは、太陽光や風に代表される自然エネルギーを利用し、快適な住環境をつくり出すこと。例えば「リビングの窓は高さが2400mmで、南側の壁面から3尺ほど凹ませて設置しています。冬は太陽光が室内の奥まで届き、部屋の中を暖めてくれます。逆に夏は日差しがほぼ入りません」。太陽光を巧みにコントロールし、冬は暖かく夏は涼しい空間をつくり出しているのだ。
高気密・高断熱は、要はパッシブデザインの前提条件に他ならない。トリプルサッシにしても、窓の数が少ないのも同じこと。自然の持つエネルギーを最大限に活かした家、それが下平尾の家といえそうだ。
自身の経験とスキルを活かし
予算内でデザインと性能を両立
下平尾の家にも、デザイン・性能・コストを巧みにバランスさせる工夫が随所に見られる。例えばリビング。「リビングは吹き抜けにしたい」というのが施主の当初の希望。しかし、じっくり話を聞けば欲しいのは吹き抜けではなく、天井が高く開放的な空間だということが分かった。それならばと予算を圧迫する吹き抜けは止めて、天井を2600mmと目一杯高くすることを提案。開口部は2400mmに抑え、軒天と高さと素材を合わせた。高さと素材を合わせることで内と外がフラットにつながり、外の空間まで部屋の一部として認識するようになり、実際の数字以上に広く感じられるという。カーテンレールと窓枠を天井と床の面に合わせてすっきり収めたことも、広さを感じさせるためにひと役買っている。
リビング開口部の天井を低くしたのにはコスト的な狙いもあった。「トリプルサッシの規格寸法が最大で2400mm。特注品を使わず規格品を使うことで、コストがかなり抑えられます」と伊藤さん。規格外の部材を安易に使用せず、施主も納得する形に落とし込む。その積み重ねが家全体のコストダウンにつながっている。
平面図を見ていて少し驚いたことがある。この家にはほとんど廊下がないのだ。伊藤さん曰く「なるべく部屋などに面積が使えるように、廊下がほとんどない設計にしました」と。廊下らしいところは、玄関からキッチン周りと、階段を登り切ったところぐらいか。それでいて、家事動線もしっかり考えられている。
「人が通るところもただの廊下にならないように」と、ウォークインクローゼットはクローズドではなく通り抜けられるようになっている。玄関とキッチンの間にも扉を設け、買い物から帰ってきたらキッチンに最短距離で行けるように設計。「同じ30坪の延床面積でも、廊下が2坪あるのとまったく廊下がないのとでは全然違います。坪単価にしても同じで、廊下がない分だけ生活空間のコストパフォーマンスが上がりますよね」と伊藤さん。家事動線と快適な住環境、そして高いコストパフォーマンスを実現した設計には、もはや脱帽するしかない。
現在、伊藤さんは建築士であると同時に、元請けの工務店としての顔も持っている。「僕自身が現場で施工するわけではないのですが、僕が元請けとして職人さんを集め、建物が完成するところまで自分の会社でやっています。ですので、さまざまな中間マージンも省くことができるんですよ」と話す。家づくりをトータルで請け負うため、設計だけではなく、家に使用する部材や施工の工程・期間、職人の人件費などまで、すべてを自身でコントロールすることができるのが伊藤さんの強みだ。
「デザインがよくても住みづらい家では意味がありません。逆に設備が充実していても、格好悪い家には住みたくないですよね。安くするためにデザインも性能も捨てちゃうなんて論外」と伊藤さん。高気密・高断熱といったハウスメーカー的な性能は担保しつつ、建築士だからこそのデザインを提案し、さらにはコストも下げたい。その3つの要素を高次元でバランスさせることが、「自分の仕事だと思っています」。
「ポジショントーク的に言えば」と前置きしたうえで、伊藤さんは自身のことを語った。「どれかを捨てさせることは全然できるんですけど、例えば、性能だけに予算を全部突っ込んでしまうこともできる。でも、それをしてしまうと僕である必要がない」と。
デザインも性能もコストも、けっしてあきらめない──。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 下平尾の家 |
|---|---|
| 所在地 | 長野県佐久市 |
| 敷地面積 | 308.61㎡ |
| 延床面積 | 112.46㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども2人 |
| 予算 | 3000万円台 |
| 施主 | A邸 |
撮影:shiokawa kotaro
設計者情報
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