
まさか室内に水面!?
震災に学んだ、住まいと自然の付き合い方
二度の震災体験で実感した「水の尊さ」を住まいに
桜本邸の大きな特徴は、やはりこの水盤だろう。何しろ、家の中に2000リットルの水が溜められているのだ。透きとおった水をたっぷりたたえた水盤はそれだけで新鮮かつ美しいのだが、日中は建物の南面からさんさんと入る陽光が、水面をキラキラときらめかせ、心洗われるようなすがすがしさをもたらす。
真っ白な壁や天井に映る反射光も、楽しみのひとつだ。ゆらゆらと泳ぐように揺れる光の陰影は清らかで幻想的。時間を忘れ、ずっと眺めていたくなる。桜本邸がインテリア関連のコンテストで高い評価を受け、賞を獲得した理由のひとつがこの水盤であることは間違いない。だが、よくよく話を聞くと水盤の役割はインテリア性だけではないらしい。
「インテリアとして楽しめるように設計していますが、水盤をつくろうと思った一番の理由は、災害時に備えた貯水です。僕は関西出身で、学生の頃に阪神大震災を経験しています。東日本大震災のときは関東に移り住んでおり、たまたま所用で栃木にいて強い揺れに遭いました。これらの二度の震災体験から、災害の際に水がどれほど尊いものかを痛感したんです」
水盤は玄関ホールのほか、屋外にも2つある。張られた水は雨水を溜めたもの。3つの水盤はつながっていて、屋内の水盤がいっぱいになると屋外の水盤に流れる仕組みだ。すべての水盤が満ちたときの水量は、約5300リットル。桜本さんによれば、一般家庭におけるトイレ、洗い物、体を拭くなど飲料以外の使用水量としては約10日分になり、「ご近所の方と分け合っても、3~4日はしのげる計算です」とのこと。
この家に暮らし始めてからの写真を見せていただいた。外観、各居室などの写真に混じり、子どもたちが水盤で無邪気に水と戯れる写真が何枚もあった。桜本さんが幼稚園に娘さんを迎えに行くと子どもたちが集まってきて、「また水遊びしに行っていい?」「約束ね!」と、ねだられる。着衣のまま水盤に入り、屈託のない笑顔で遊ぶ子どもたちからは完全にプール扱いである。
桜本さんは「水遊びに来てくれるのは大歓迎。床はびしょぬれになるし大騒ぎですけど、後で拭けばいいだけのことです」と、いたって鷹揚。インテリア性とエンターテインメント性、そして実用性を兼ねた水盤から水盤へ流れる水は、邸内に小川のせせらぎを思わせる心地よい水音を響かせる。水盤に込められた建築家のさまざまな思いを想像しつつ耳を傾けていると、なんともいえない温かな気持ちになってくる。
自然を取り込み、湿気対策も兼ねる大胆な開口
当然のことながら、桜本さんはその対策も講じていた。「まず、構造上の入念な防水は必須です。さらに、開口を思い切って大きく取り、家の中も仕切りを極力なくすことで通気性を高めています」
少しずつ高さが上がるスキップフロアの邸内はほとんど壁がつくられておらず、開閉可能な仕切りとして、閉めても適度な通気性を保つ障子が用いられている。こうした配慮と意識的な開口との相乗効果で、年間を通して 臭いやカビ等の問題はないという。
あちこちに大きく取られた窓は、家の中に外部の自然を持ち込む。光と風だけではない。素晴らしい眺めもそのひとつ。特筆すべきは、敷地の北側に位置する公園の桜だ。中でも、2階の居間とテラスは北に視線を向けると迫るように桜の木が目に飛び込み、春は絶好の花見スポットに。窓枠で大きく切り取られた“桜のある風景”は襖絵を彷彿とさせ、まるで桜本家のためだけに存在しているかのようだが、もちろんこれも桜本さんの計算だ。
大胆な開口には、建築家としての別の思いもある。「最近の住宅は高断熱、高気密が重視されるあまりどんどん密封された造りになり、風の通る昔の民家から遠ざかっています。僕は高断熱、高気密化の流れに少し疑問を持っていて、この家ではあえてその逆、外部を遮断しないことを考えました」
とはいえ、暑さ寒さも気になるところ。「実際の生活では、冷暖房は局所的に効けば十分。壁や床は断熱材を入れていますし、住んでいて何の問題もありません。電気代も以前住んでいた家とほぼ変わっていないですよ」と話す桜本さんは、こうも語ってくれた。「屋内にこれだけの水を溜めることも、これだけ開口することも、自分の家だからできたんです。生活の中でメリットがあり、計算上で大丈夫と確信しても、あまり前例のないことをお客さまの家で試すわけにはいきませんから」
屋内の水盤、大胆な開口、壁が見当たらないスキップフロア。建築家が自邸を設計すると、こうも斬新で洗練された家になるのかと感心しきってしまうが、どうやらそんな単純なことではないようだ。自らの家は、住宅の可能性を模索するための実験台。桜本邸を形づくっているのは、豊かな暮らしが叶う住まいを真摯に目指す、建築家のパイオニア精神なのかもしれない。
【桜本 将樹さんコメント】
自然を感じられる家に住みたいと考えていた矢先、公園の緑地に隣接した理想的な敷地に出合い、建設を決めました。自分の家をつくるとなると人生観に立ち返るようなところがあって、「暮らしとは」「睡眠とは」といちいち考え込んでしまい、設計には1年ほどかかりました。せっかくなので、水盤を始めいくつかの実験も試みています。すべて計算通りで住み心地は快適。初めて遊びに来る方は斬新過ぎて引いちゃうこともあるようなんですが、普通のお宅もつくっていますので安心してください(笑)
基本データ
| 家族構成 | 夫婦 |
|---|---|
| 施主 | S邸 |
設計者情報
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