
「こと」をテーマに空間をデザイン
それぞれの「世界観」をカタチに
“雑談”から見えてくる
家族の「こと」と「世界観」
大学の建築学科を出て、さまざまな設計事務所で経験を積み、2016年に「たてこと空間研究室」を設立。端から見れば建築家以外の何物でもない。にもかかわらず「家をつくっているという感覚がない」とは、いったいどういうことなのだろう。
「自分が本当につくりたいものは何だろうって考えた」とき、つくってる間も楽しいし、つくった後もそこで人が喜んでたり、生活をして楽しんでいるシーンが好きなんだということに気付いたという。
「結局、“ことづくり”が好きなんですよ、僕は。言い換えると、人が活躍できる環境や空間(=こと)をつくることに興味があるんですね。最初から家をつくるんだって決めつけてしまうと、間取りはどうだとか、何LDKだとかになる。でも、要するにそれは箱でしかありません。僕はそういう箱ではなくて、家族でいる時間帯に、どんな行動をするか、どう過ごすかというところから空間をつくっていく方がよっぽどいい結果、いいカタチになると思っています。そのカタチを“家”と言うのでれば、“家”って呼んでもらっていいですよ、ぐらいの感覚なんですよ」。
「家=もの」ではなく、日々の生活をビビッドに彩る「できごと=こと」に寄り添った空間づくりこそ、佐藤さんが最も大切にしていること。それだけに、独り立ちして会社を設立する際も、社名に「建築設計事務所」という文字は絶対に入れたくなかったと。今の社名にある「たてこと」という言葉は、「建てることを通じた、ことづくり」との想いをこめて自身がつくった造語だ。「2050年までに広辞苑に載せてやろうとわりと本気で思っています。名刺の裏にも広辞苑風に『たてこと』の説明文を書いています」と目を細める。
「こと」に寄り添った空間づくりのため、佐藤さんが施主と向き合うときに重きを置いているのが“雑談”だ。「ちょっと無理かもと思えるような夢みたいな話や、矛盾してるかもと思うような話とかでもいいんです。他愛もない雑談のような会話のなかから、お客さんそれぞれが持っている“世界観”が滲み出てきますから」。
大切なことは実現できるか否かではなく、世界観をどれだけ想像できるかということ。リラックスした状態で、枠にとらわれない会話を重ねることで、施主自身も気付かなかったキラリと光る世界観が生まれてくるという。その世界観を具現化するお手伝いを「全力でしたい」と佐藤さんは話す。
話し合いを幾度も重ね
感覚的な「好き」をカタチに
「施主のNさまの世界観は、わりとはっきりしていました。大学の研究職に就いていることもあり、家の性能について多岐にわたって興味を示されました。全館空調システムやガス床暖房、気密断熱、遮音性など、あらゆることに関心を持たれるので、各メーカーと協力して説明を丁寧に重ねましたね。こっちもしっかり勉強をして、しっかり説明しないといけませんので結構大変でしたが、振り返ってみるととても楽しい時間でしたね」。
性能や仕組みに興味があったご主人に対し、奥さまの関心事は主に家のデザインや素材のテクスチャーだった。
「奥さまはクールでスタイリッシュなデザインがお好きでした。でも、好き嫌いって感覚的なところがあって、その感覚、世界観を僕たちは具体的なカタチにしないといけません。ですので、打ち合わせを重ね雑談を交えながら、具体的なサンプルも見せつつ、お客さんも言語化できない好みを探っていくのが常です。この家の場合も、例えばリビングの床のタイルは片っ端からサンプルを取り寄せて、全部並べて奥さんと決めていきました。洗面化粧台も奥さまの好みを反映していますね」。
また、ご主人の義理の弟さんが家具製作会社をされていたこともあり、弟さんが手掛けた造作家具を各所に配置。「造作家具の打ち合わせはかなり密に行いましたね。家具が見せ場となるポイントをつくり、建築デザインとのバランスを図りました」と佐藤さん。
ほかにも、家族が多くの時間を過ごす1階に開放的なリビング空間を設け、家族で安らげる空間になるようにプランニング。2階には寝室やご夫婦と子どもたちの各個室、ご主人の仕事場となる部屋があり、家族それぞれが気兼ねなく寛げるプライバシー空間も確保している。
敷地が南北に長く住宅が密集したエリアのため、塀の高さや窓の設置位置にも配慮。家の西側には中庭も設け、外からの視線をコントロールしながら、採光と風通しも十分取り入れられる設計となっている。
「いろんな箇所に隠れた換気扇を付けることで、空気が入って出る時間をある程度均等になるようにコントロールしています。家全体で空気の質を同じにして、フレッシュな空気が循環するようになっているのもこの家の特徴のひとつです」と、佐藤さんは話す。
便利=豊かさとは限らない
家づくりは家族の時間づくり
「例えば、エスプレッソマシーンで淹れたコーヒーも美味しいけど、手間暇かけてドリップして淹れてもらったコーヒーは残したくないですよね。手間をかけている時間は、飲んでくれる人のことを考える時間でもあります。では、どちらが豊かなんでしょう。そういったささやかな“匙加減”が、家族の装いや、空間が纏う空気感、家族が紡ぐ質をコントロールするので、その家の本質的な部分のあり方を、一緒に考えて行くことが大切だという提案をいつもします」。
もちろん利便性を頭ごなしに否定するわけではない。また、手間暇かけることを、無条件に肯定しているわけでもない。
「苦手なことに手間暇かけたり、さらに負担を強いる必要はないと思っています。例えば、皿洗いが苦手で、食事のたびに憂鬱になるようであればストレスが溜まりますよね。それならば食洗機を導入した方がよっぽど穏やかに過ごせます。逆にいうと、苦手な家事や嫌いな家事を、ちょっと好きになれる仕掛けを建築家がつくれると思っています。不得手な手間を省いて、得意なことに集中できるような環境をつくること、それも豊かさにつながるんじゃないでしょうか」。
家をつくるということ。それは「家族のコンセプトや夫婦の関係性、子育て、そして家族全員のライフスタイルを考える大切な時間」だと佐藤さんは言う。
佐藤さんと家をつくるということ。それは、自身の世界観を見つめ直すことであり、本当の豊かさとは何かを考える契機であり、そして、掛け替えのない家族の時間であるのかも知れない。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 北方の家 |
|---|---|
| 所在地 | 岡山県岡山市 |
| 敷地面積 | 249.64㎡ |
| 延床面積 | 242.84㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども2人 |
| 予算 | 5000万円台 |
| 施主 | N邸 |
撮影:浅沼 郁
設計者情報
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