
地元の穏やかな景色とつながる開放空間。
「ここで暮らす幸せ」を実感できる家
土地の歴史や風土を
深く知って住宅をつくる意味
その理由について、「建築は、“土地に関連する芸術”だと思っているんです」と北村さん。「設計の際は施主さまのご要望に全力で応えつつ、地域の魅力も引き継いだものをつくりたい。いつも、そんな思いで臨んでいます」と話す。
確かに、建築は一度つくられたらその場所に存在し続け、土地と密接に関係しているところがほかの芸術とちょっと違う。だから、何らかの形で地域の魅力を引き継いだ建物は、その土地に根差して生きる人たちに豊かさや幸せをもたらしてくれる──というのが北村さんの考えだ。
その意味がとてもよくわかるのが、琵琶湖の南側に位置する滋賀県栗東(りっとう)市で北村さんが手がけた「畝(うね)の家」だ。施主であるSさま夫妻は、結婚を機にご実家の土地を活用して自邸を建てることになり、北村さんに設計が託された。
栗東市で育ったというSさまは地元に友人・知人が多く、交友関係も広い社交的なご夫妻だ。それだけに、北村さんはいつにもまして土地の魅力を引き継ぐ住まいを熟考した。では、この家のどこが「土地の魅力を引き継いで」いるのだろうか? そして、そこではどんな暮らしがかなうのか、次章から詳しくご紹介していきたい。
一人でも大勢でも居心地抜群
原風景を引き継ぐ「畝」のようなベンチ
天井の高い吹抜けのLDKは、東の庭に面した大窓から明るい光が入る開放空間。要望に応えて木の表情を生かした内装もナチュラルで気取りがなく、とても居心地がいい。一方で、板材の継ぎ目や2階の手すりは真鍮で丁寧にデザインするなど、ディテールにこだわった品の良い美しさも。シンプルだが上質感があり、真鍮の風合いが増す経年変化も楽しみな空間だ。
家族がくつろげる家具も豊富に設けられ、LDKのアイランドキッチンの傍らには、造作の大きなダイニングテーブル。南面には壁に沿って長いベンチもつくられている。言うまでもなくベンチは、大人数のゲストが来てもフレキシブルに対応できる非常に優秀な家具だ。そして、実はこのベンチこそが、『畝の家』が「土地の魅力を引き継いで」いる象徴なのだという。
「LDKのベンチは、栗東で見られる畑の畝をイメージしています」と北村さん。「畝(うね)」とは、野菜などを植えるために土を盛った部分で、畑には必ずといっていいほど存在する。
「栗東市は農耕を中心に発展した街です。栗東の歴史書を読むと、人々が田畑の畝に腰掛け、横並びで会話する様子が地域の原風景として描かれていました。きっと、田畑の畝は社交場的な役割も果たしていたのだと思います。その畝の魅力を取り入れて、“人が集まることができる”というご要望に応えたいと考えました」
そう、LDKのベンチは農家の方々の憩いの場だった畝のように、ホームパーティーなどで大人数のコミュニケーションを楽しむ舞台としてつくられたもの。それだけにとどまらず、北村さんはベンチの奥行きを深めに取り、大人が寝転がることもできるように設計。休日の昼下がりに日向ぼっこやお昼寝を楽しめる、うれしいオマケも付けている。一見すると限りなくシンプルなベンチは、一人でも大勢でも素敵な時間を過ごせる「この土地ならではのスポット」であり、古き良き原風景へのオマージュなのだ。
地域とつながるカウンターやブロックベンチ
住まう人もご近所さんも幸せな家
また、2階の通路沿いには多目的に使える長いカウンターも造作。LDKのベンチと同様に、畝のように伸びて奥の大窓に向かっていくのだが、この大窓との関係が面白い。窓越しの景色に、長いカウンターが吸い込まれていく──いや、本当にガラスを突き抜けているわけではないが、目にした瞬間、カウンターが景色の中に消えていくかのような不思議な錯覚を起こすデザインなのだ。
内外の一体感を強調したこのデザインの意図は、生活の中で地元の風景とのつながりを感じられること。そして、この地に縁の深いSさまがこの土地で暮らしていることを実感し、もっと好きになってくださること。そんな美術館みたいな遊び心のあるデザインが自分の家に盛り込まれているなんて、何とも贅沢な話だ。
地域とのつながりという点では、外構にまつわるエピソードもお伝えしたい。北村さんは、Sさまが幼い頃に遊んだコンクリートブロックを思い出のアイテムとして小さなベンチにリメイクし、外構のウッドフェンス沿いに設置した。
Sさまは、ここで植物を育てて楽しんでいるのだそう。すると近隣の農家のお孫さん達が、このコンクリートブロックベンチでゆっくり休憩し、勝手に(←愛を込めています)おしゃべりを楽しんでいるという。その話を耳にし、「コミュニケーションを生み出せたと思えて、うれしかったです」と北村さん。自由でおおらかな交流は、道端にコンクリートブロックベンチがあるから生まれたもの。間違いなく北村さんの建築がきっかけだ。
そんな風に豊かな時間をもたらす建築が自分の家だったら、住まう人は毎日どんなにか楽しいだろう。自分が住む街をますます好きになっていくに違いない。
北村さんは話し方が穏やかで、柔らかな雰囲気をもつ方だ。けれど、施主の要望に対し、単なるイエスマンになることはない。
「ご要望にしっかり応えるだけでなく、何らかのプラスアルファも添えてご提案したいと思っています。まずは、気楽に思いを聞かせていただけたら」
『畝の家』は、北村さんのプラスアルファが期待を上回る結果を出した好例ではないだろうか。施主の希望をかなえ、土地の魅力も引き出した良質な建築は、日常の幸せをたくさん生み出すことを教えてくれる。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 畝の家 |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県栗東市 |
| 敷地面積 | 155.86㎡ |
| 延床面積 | 114.02㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 3000万円台 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

快適コンパクトな2拠点向け規格住宅が誕生 気負わず楽しむ憧れのデュアルライフ
都会と郊外を行き来する2拠点生活の人気が高まるにつれ、気負わずに建てられるセカンドハウスへのニーズも増えている。そんなニーズに応えるために建築家の李孝哲さんが自ら土地を購入、2拠点生活実験ハウスとネーミングをつけ、神奈川県青野原に建てた快適・コンパクトな規格住宅をご紹介。

遊ぶ、眺める、家族で家を楽しみ尽くす、中庭の存在とは!?
この家に住むIさんは、造園の仕事をしていたため、緑の楽しみ方をよく知っていました。子どもたちが思いっきり走り回れる芝生の広場、お風呂につかって眺める坪庭、自分で手入れする前庭。家族と暮らす新たな住まいはたくさんの緑で彩られていました。

東京から山梨に移住した家族が目指したのは、地域とののりしろ空間。
Mさんご夫婦と小さなお子さんの3人家族が、それまで住んでいた東京から移住先に選んだのは山梨だった。都市部では人間関係が希薄になりがちな印象だが、移住先によっては、地域との結びつきが大切になることも少なくない。そのことを何より重視し、何らかの方法で住まいにも投影できないか?そんなMさんご夫婦の想いを形にしたのが建築家の稲山貴則さんだ。地域の人から愛されつつ、季節を問わずに快適に過ごせる理想的な家づくりをご紹介します。

北向きでも明るく、快適省エネ生活。 雄大な景色を美しく楽しむ家
J邸は一般的なセオリーに反した「北向きリビング」の家。しかしLDKは年間を通して快適な室温を保ち、心地よい光に満ちている。しかも眺望は抜群で、インテリアは木目を上手に活かしたナチュラルな洗練空間。性能もデザインも大満足の住まいは、どのようにつくられたのだろうか?

住宅展示場の来場者から高い評価を得ている モデルハウス。その背景にある理由とは?
山形県山形市の住宅展示場に、来場者からとても高い評価を受けているモデルハウスがある。なぜ評価が高いのか? 取材を進めると、設計した建築家の考え方に魅力があることがわかった。注文住宅を考えている方や、店舗のリノベーションを検討している方のどちらにとっても参考になる、その魅力をご紹介しよう。

可動の家具で緩く仕切ったモダンなワンルーム空間
1977年築、2LDKのマンションをリノベーションして出来上がったのは、広いワンルームに、そっと生活の補助線を引くように家具を配置した開放的な空間。リフォームに向く物件探しから家具探しまで全面的に協力したという、建築家こだわりの家づくりを覗いてみよう。

居場所を見つけるのが楽しくなる 心地よさが詰まった自然体の住まい
建築家の熊澤安子さんの自宅兼アトリエは、光や緑が自然に溶け込んでくるような心地よい空間。しかも、単に自然を感じられるのではなく、気持ちよく落ち着ける穏やかな品がある。日本人が本能的に「幸せ」と思える居場所を数多くつくり出す、熊澤さんならではの設計のルーツとは?

住まう人の気持ちに寄り添い 京町家のよさを新しい形で提案
京都の中心部を流れる鴨川の東側に位置する、『旧市街地型美観地区』に指定される大黒町通。細い通りには町家が軒を連ね、落ち着いた雰囲気を漂わせている。その一角に、板壁と塗り壁のファサードが印象的な2軒。設計したのは井上直大建築設計事務所の井上さんだ。

古い空き店舗が建築の力でみんなの居場所に 社会課題の解決に繋がるリノベーション
空き家問題、放課後の子どもの居場所、地域コミュニティーの衰退など、日本には様々な社会課題がある。これらの解決に、とある古いクリーニング店が一役買っているという。その建物のリノベーションを手掛けたのは、YN studioの一級建築士並木さんだった。




