
「施主の想い」に寄り添ってプランニング
高低差のある段丘地形を活かした共同住宅
近隣に少なからず不安を与えていた
二段擁壁の解消を第一義にスタート
「まずは近隣の方々にも少なからず不安を与えていたであろう二段擁壁を解消することを第一義に計画をスタートさせました。同時に、本来正面である南側接道へきちんと向いた建物ととしたかった」。そう話すのは、プランニングを手掛けた建築家の苅部寛子さんだ。
高低差がある土地に建物を建てる場合、盛土をして土地を上げるか、逆に切土で下げるのが一般的なのかも知れない。しかし、そんな大掛かりな造成は開発行為にあたり、開発許可を得る必要があるため、その分だけ工期も費用もかさんでしまう。また、南側道路は浸水想定区域にかかるため、道路レベルまで建物を下げるのは得策ではなかったという。
そこで、「土地の形状を活かす方向でプランニング。道路から約1.7m上がった所を一段目の地盤面とし、さらにそこから2m上がった元々の地盤面を二段目の地盤面としました。敷地に段差を設けることで周辺住戸との高さにもズレが生まれ、それが敷地内部のプライバシー確保にもつながりました。同時に、一段目の高さを抑えることで、南側接道への生活導線も確保できました」と苅部さん。
南側接道に面した敷地の一角には、道路からセットバックした駐輪場と駐車場をあえて設けたという。「セットバックする必要はなかったのですが、風通しが良い“抜けのある空間”があった方が近隣の住環境にはプラスであろうと。お施主さまも『少しは地域に貢献できたかな』と喜んでおられました」。
敷地奥へ徐々に丘を登って行くような、山肌に沿って建つ共同住宅は、そんなお施主さまの“想い”にも寄り添っている。
「丘の中腹に位置する本敷地の隣に暮らすお施主さまからは、かつては直接、帷子川まで駆け降りて川遊びができたとうかがいました。川からの帰り道に腰掛けながら望んだ眼下の景色の清々しさ、届きそうで届かない事象との距離感の不思議さ、住宅街となった今も記憶に残るかつての地形のあり様。そこにあった情景が表出される場所を目指しました」と、苅部さんは目を細める。
敷地を最大限に活用するため
中央部に4棟の建物をレイアウト
段差のある土地を活かした敷地には、南側の低い場所に2棟、北側の高い場所に2棟、高さの異なる合計4棟の建物が佇んでいる。垂直方向だけではなく水平方向にも各棟が少しずつズレていて、実際の距離以上に空間的な広がりと落ち着きを感じさせる。
「条例により延床面積500㎡未満、容積率90%に満たない要件でしたので、敷地を最大限に活用したいと考えました」と苅部さん。
敷地を最大限に活用するために、建物を敷地中央にレイアウト。各住戸が背中合わせとなり外周部へと開くことで、全住戸が角部屋となる形式とした。建物が敷地中央にあり外周部まで距離が確保されていることにより、いわゆる“建物裏”となる場所がないことも特徴だろう。敷地北側の両隅は103号室と104号室の専用庭に。南側両隅は、接道レベルに合わせた駐輪場と駐車場になっていることは前述のとおり。
各住戸へアクセスする敷地中央部には、高低差を活かした幅広の階段が設けられている。階段左右で段差を変え、腰掛けながら住人同士がコニュニケーションできる共同の通り庭のような役割を果たしている。
また、建物を中央に配置することによって近隣住戸と程よい距離が生まれ、建物が密集する住宅地ながら、おおらかで余裕のある空間となっていることにも着目しておきたい。
横浜市では500㎡を超える敷地に建物を建てる場合、10%以上の緑化が義務付けられている。敷地内の専用庭や共用部には、ハクモクレンやシルバーティーツリー、シデコブシ、キンモクセイなど、さまざまな樹木を植樹。
「お施主さまの敷地から本敷地へと大きな古い栗の木がしだれかかっています。新たに植えられた樹木とともに、時間をかけて野趣に富んだ景観となり、近隣にも新しい風景を醸成することを願っています。そして、栗の木の寿命は建物のそれよりも短いかも知れませんが、“栗の木のある風景”として地域の記憶に残ってほしい。街並みに寄与し、風景を創出しうること、それは設計に従事する者としての職責であると思っていますから」。
「かつての風景へと紡ぎなおす」
壮大なプロジェクトのプロローグ
「向きによって地面に埋まっているような場所があったり、宙に浮いているような場所があったり、住戸の外の空間が単に面としての広がりではなく、気積として感じられるダイナミックな空間となっています」と苅部さん。
またズレによりすべての住戸が角部屋となっていることによって、「街へ投げ出されたかのように大きく取られた開口部によって、充分な採光と通風が確保されています。カーテンなど住まい手によって境界が調整されつつも、敷地内の緑豊かな共用部や川の向こう側に見える山、さらに遠方に見える新幹線や環状二号線の車の往来など、奥行きのある重層的な風景も享受できることもこの『栗の木テラス』の魅力のひとつだと思います」とも。
各住戸には広さは異なるものの、ウォークインクローゼットと独立した寝室を確保。間取りは、基本的に主寝室+LDKという1LDKスタイルだ。ただ、LDKも単なる長方形ではなく、あるいはコの字形、あるいはL字形といったデコボコした形となっている。住人の家族構成やライフスタイルに応じて自由に使える空間とすることで、多様な入居者像を許容しているという。
面白いのは、部屋によって設けられた玄関の土間スペース。この空間もワークスペースとしたり趣味の部屋としたりと、アイデア次第で使い方は自由自在だ。
「近年、最寄りの西谷駅にJRや東急が乗り入れ、東京都心へのアクセスも便利になりました。そのため、単身者やご夫婦、子どものいるファミリーなど、さまざまな方に入居していただけるよう間取りをプランニングしました」と話す。
苅部さんは最後にこう話してくれた。
「お施主さまは自宅周辺に数棟の賃貸住宅を持っていますが、それらは互いに無関係に計画されてきた建物の集積となっています。この『栗の木テラス』は、いわばバラバラになった風景を、つながりのあるひとつの風景へと再び紡ぎなおすはじまりなのです」と。
いわば「栗の木テラス」は、これから帷子川左岸の段丘地に生まれるであろう、“つながりのあるひとつの風景”を紡ぎなおすプロローグといったところか。その壮大なプロジェクトにおける今後の展開に、大きな期待を寄せたい。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 栗の木テラス |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県横浜市 |
| 敷地面積 | 565.88㎡ |
| 延床面積 | 491.78㎡ |
撮影:西川公朗
設計者情報
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