
19坪の変形敷地を「螺旋状のスキップフロア」で解いた
2階建て30坪を実現した建築家の知恵と工夫
敷地は重機が入れない住宅密集地の変形19坪
2階建て延床面積30坪という施主の要望
この家を手掛けたのは、大阪を拠点に住宅の新築やリノベーション、店舗設計などを手掛ける建築家・若林秀典さん。
施主のYさんと若林さんは、大学時代からの旧知の仲。「いつか自邸を建てるなら若林に」—。長年育んできた信頼から、そう心に決めていたYさんは、結婚、そして子宝に恵まれたことを機に、その夢を実現へと動かし始めた。
家づくりは、土地探しからのスタート。建築のプロである若林さんを頼りながら、候補地を探していったものの、予算や条件の壁に阻まれ、難航する日々だった。そんな折、ようやく1つの土地が浮上した。駅から徒歩数分という利便性の高さや、Yさんの実家にも近い、寝屋川の住宅地だ。
しかしこの土地、面積19坪の「狭小変形地」。さらに前面道路が狭く、建築現場に必要な重機が入ってこられないという厳しい条件の土地だった。
ハウスメーカーが敬遠し、エアポケットのように取り残されていたその場所は、Yさんにとっては好条件の立地。あとは希望の家が建つかどうかだ。
Yさんは「ここに決めたいが、どうだろうか?」と若林さんに問いかけたという。
若林さんは「難しさはあるが、決して無理ではない。制約が多い土地だからこそ、それが個性となり特色ある家になる。確かなプランを提示できれば、必ず納得してもらえるだろう」と感じたという。
懸念されたコスト面についても、あらかじめ工務店と連携し、土地を見てもらったうえで「重機が使えない分通常より工賃が100~200万円ほど高くなる」とリスクを明示した。
「だったらこの土地でお願いしたい」というYさんの言葉で、家づくりがスタートした。
若林さんがまず着手したのは、施主の要望などをとらえるヒアリングだ。若林さんは通常、A3用紙5枚分にもわたるヒアリングシートを施主に渡すのだという。前半は希望の部屋数や広さ、ほしい設備など家に求める「スペック」を、後半は、現在の住まいへの不満や、新居での暮らしで叶えたいことといった「想い」を自由記述式で綴る構成だ。
この綿密なシートは、設計のヒントを得るためのものだけではない。施主自身に家づくりに真剣に向き合ってもらうことで、潜在的な思考を整理し、新たな気づきへと導くプロセスでもあるのだ。
「中にはご夫婦それぞれで別のシートを提出されることもあります。それにより、それぞれのこだわりや、優先順位を明確に把握できます。Yさんご夫妻も非常に詳しくご記入いただき、理想のイメージ画像も添えていただきました」と若林さんは振り返る。
若林さんのもとに寄せられたYさん夫妻の要望は、多岐にわたるものだった。数あるリクエストのなかでも、特に比重の大きなこだわりは3つ。「家族の団欒を大切にしたい」「延床面積は30坪程度確保したい」――そして、19坪という限られた敷地条件において最も高いハードルとなる、「3階建てではなく、2階建てで実現したい」という願いだった。
この難題に対する最適解はこれしかない!
常識を超えた螺旋状のスキップフロア
「まず考えたのは、フロアごとに空間を分断してしまう一般的な2階建ての構成では実現できないと考えました。家全体を大きなワンルームのようにとらえ、立体的に繋いでいく。そうすることで、リビングやキッチン、寝室といった各要素が有機的に結びつき、どこにいても家族の気配が感じられる多様な居場所が生まれるのです」と若林さん。
その理想を実現するカギとして浮上したのが「スキップフロア」という手法だ。
通常、スキップフロアといえば、階段を軸としてフロアをジグザグと交互に積み上げていくイメージが強い。しかし、変形狭小地のY邸では、その定石ではどうしても無理が出てしまう。
そこで若林さんは、さらに思考を深めた。この変形敷地にマッチした唯一無二のスキップフロアとは何か。
試行錯誤の末、若林さんが「解けた!」と確信した解は、変形敷地に沿うように空へ向かって旋回していく「螺旋状のスキップフロア」だった。
左右交互のスキップが二次元的な反復だとすれば、若林さんの螺旋状は、三次元的なダイナミズム。半フロアずつ上っていくたびに視界の角度と生活ゾーンが鮮やかに切り替わる。
具体的なフロア構成はこうだ。まず1階には主寝室とファミリークローゼットを配置。奥から回り込むように半階分上った先に、トイレと洗面コーナーが現れる。さらに半階上れば、家族が集う吹抜のあるリビング。その中央に設けられた階段で半階上った先に、ダイニングキッチンがある。ダイニングキッチンの階下には、リビングと一体的に繋がる高さを抑えた秘密基地のようなDENが生まれた。さらにキッチン奥から屋外階段を上ると、空へ開かれた広々とした屋上に出るというプランだ。
「階段移動の負担」から、3階建てを拒んだYさん夫婦にとって、この螺旋状のスキップフロアはどう感じられたのだろうか?
「このプランなら、1階から屋内最上部まで1.5階分の上りで済みます。主要な居場所間の移動も、それぞれ身近に配置しているので、心身ともにストレスが少ないはずです。例えばトイレは、寝室とリビングの中間階にあるため、それぞれ半階分の移動で済みます。それでいて居住空間から少し距離が取れるので、音などのプライバシーの距離感が保てるというメリットも生まれました」
この鮮やかな発想は、Yさん夫妻の心を鷲掴みした。
「最初のプレゼンで『家づくりで最も大切にされている3つのこだわりを満たすには、これ以外の解き方がないかもしれない(笑)。それくらい上手くまとまった』と伝えたところ、Yさんからも『あれもこれも叶えられていて、確かにこれしかないかもね!』と、とても喜んでいただけました」と若林さんは振り返る。
とんでもない難問を若林さんは、見事に解いてみせた。
将来の可変性まで見据えた4つのゾーン
木の温もりと開放感に満ちた家族の拠点
外壁には、白のガルバリウム鋼板(小波板)を採用。降り注ぐ光の角度で表情を変えるその佇まいは、住宅密集地にあって清廉な存在感を放っている。
玄関ポーチは、敷地背面の斜めの敷地境界ラインと平行に切り取ることでシャープな印象を強調。あえて窓の数を絞ることで、プライバシーに配慮するとともにコストも抑え、計算された位置に配した開口部が、室内への豊かな採光と外への視線の抜けをもたらしている。
内部は、螺旋状の動線に沿って4つのゾーンで有機的に構成。1階の第1ゾーンは、プライベート空間。玄関左手には、将来の子ども部屋としての分割やワークスペースへの転用も見据えた可変性のある主寝室。中央には家族の衣類を一括管理するファミリークローゼットを配置。そして右奥には、玄関土間からそのままアクセスできる天井高を抑えた納戸スペースがある。自転車やアウトドア用品を収める、「蔵」のような役割だ。
回り込むように半階分上った先にあるのが、第2のゾーンであるトイレと洗面コーナーだ。1階の寝室からも、2階のリビングからも、半階分の移動でたどり着ける絶妙な配置。なお、この階下スペースを余すことなく使ったのが先ほどの土間の納戸スペースだ。
さらに階段を上り、3つ目のゾーンであるリビングへ足を踏み入れると、そこは驚くほどの開放感が待っている。天井も高く、高窓から光も降り注ぎ、明るく開放的なスペース。白い壁とラワン合板の天井・床という木の温もりが、明るい家族と実にマッチする。
視線の先には、第4のゾーンである宙に浮いたようなダイニングキッチンが現れる。まるでお気に入りのカフェにいるかのような、ゆったりとした時間が流れる特等席。
ダイニングキッチンの階下スペースはお子さんの遊び場にもなる隠れ家的DEN。ここにはカーテンレールが取り付けられ、お子さんたちが1階に個室をもった際には、この一部が夫婦の寝室となる予定だという。
キッチン奥にはバスルームと洗濯機置き場、パントリー。さらに屋上へと続く外階段がある。
「庭やバルコニーが確保できない分、屋上を最大限活用しました。最上部にキッチンと水廻りをもってきたのは、洗濯物を干したり、BBQやプール遊びをしたりと屋上利用に便利だからです」と若林さん。
この家の出来栄えに、Yさん夫妻の喜びもひとしおだ。「不安だらけの家づくりが、若林さんの丁寧なヒアリングで、ワクワクに変わっていきました。全部がお気に入りといえるほど満足しています。単なる『建物』ではなく、家族の『暮らし』『居心地のよい空間』『明るい未来』を作っていただけて感謝しています」と声を寄せてくれた。
建築中に、施主自ら天井や床のラワン合板を塗装したり、奥様が現場を毎週のように見に来ていたり、家づくりのプロセスも楽しんでいた姿が若林さんの記憶に深く残っているという。
わずか19坪の変形敷地に、2階建て延床面積30坪を確保し、かつ家族が一体となれる空間を生み出す。若林さんが、この難問を解けたのは、これまでも数多くの難題に真摯に向き合うことで培ってきた、手札の多さがあるからに他ならない。そして施工を担う工務店などの関係会社との強固な信頼関係を築く誠実な人柄が、緻密な設計を現実のものにしてきた。
若林さんは、これからも施主にしっかりと寄り添い、どんな難題であっても、その家族にとっての「世界に一つの正解」を導き出すことだろう。
下記リンクに寝屋川の家を紹介したルームツアーの紹介動画がありますので、ぜひご覧ください。
https://www.wakabayashi-aa.com/neyagawa
基本データ
| 作品名 | 寝屋川の家 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府寝屋川市 |
| 敷地面積 | 62.71㎡ |
| 延床面積 | (施工床面積) 101.61㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子供2人 |
| 予算 | 3000万円台 |
| 施主 | Yさん |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

狭小地で8つの豊かな住空間。 開放感と快適さを生む「踊り場」の活かし方
敷地は約13坪。しかし、一見、2階建てに見えるこの住宅の内部には8つの層に分かれた住空間があり、青空と緑の爽快な眺めも楽しめる。コンパクトな敷地でここまで豊かな住まいをつくることができたのはなぜなのか? 設計を担当した松浦荘太さんの、空間を自由に操るマジックを紹介しよう。

ここだから住みたい、ずっと住みたい 永く愛され地域と共に歩む集合住宅
住まう人を満足させるだけでなく、収益性も満たさねばならない集合住宅の建築。とかく、「効率的で利回り良く建てる」ことばかりに眼が行きがちな集合住宅づくりに一石を投じたのは、アリアナ建築設計事務所の三野さん。高いデザイン性とオリジナリティーで「ここに住みたい」と選ばれ、長く住み続けてもらえる住宅が完成した。 三野 貞佳 みの さだよし アリアナ建築設計事務所 大阪市北区

築15年の鉄骨造の家を大胆リフォーム。 森のような庭を楽しむための贅沢な住まい
洋風な外観、建売住宅を彷彿とさせるインテリアの築15年の家を、リフォームすることに決めたお施主さま。素材感が楽しめる、格調ある家にしたいと考え建築家を探し始めた。依頼を受けた傳寶さんは、お望み通りの品格ある佇まいの家と、豊かな庭を実現。居心地も含め全てが上質な家ができた。

1棟4役? 毎週3時間かけて通いたくなる 富士山の見える別荘
あるときは、家族が休日をのんびり過ごす別荘として。あるときは、社員の保養所・研修所として。またあるときは友人や取引先を招く迎賓施設として。さらには一人集中して仕事に没頭できるプライベートオフィスとしての顔をもつ建物。非日常の高級感と使いやすさを兼ね備えたセカンドハウスを作ったのは、建築家の牧野嶋さんでした。

築50年のマンションをリノベーション 自然と新しい関係をつくる開放的な住まい
これまでと同じエリアに居を構えることを決めたお施主さま。選んだのはビンテージマンションのリノベーションだった。都心にありながらも身近な自然を家の中に取り込み、日射や風、雨音などを感じながら暮らせる住まい。建築家の鎌松さんは、室内を開放的なつくりにすることでそれを叶えた。

狭小でも明るくほっこり 1階と2階が緩やかにつながる家
深い庇に切り取られた豊かな緑が美しい広々バルコニー。木のぬくもりを感じる開放感抜群のリビング。狭小地であることを感じさせない、居心地の良い住宅を設計したのは、ESPAD環境建築研究所の藤江保高さん。狭小・ローコストという難題をクリアし、家族4人が快適に暮らせる住まいの秘密に迫る。

生活感はなくしても、利便性は損なわない 施主と建築家のタッグで叶えた理想の家
自らも建築士の資格をもち「自邸を自ら手掛けたい」という思いをもっていた施主のTさん。経験不足の自分に寄り添って、共に家を設計するのを依頼したのは、製図を学んだときの講師であり、使い勝手のよい家をつくることに定評のある、OARK一級建築士事務所の近藤さんでした。

ホール・LDK、ライブラリー。「3つの集いの場」で家族がつながる家
緑豊かな公園そばの土地に家を建てることを決めたHさんご夫妻。お2人が最初に希望したのは「周囲に対して開かれた住まい」だった。この要望に応えて設計者である角倉剛氏が考えたのが、大きな土間のある玄関ホール、LDK、そしてライブラリー、3つの場で家族や友人が集う住空間だ。随所に斬新なアイディアがあふれる、角倉氏の家づくりを覗いてみよう。

緑に寄り添う窓辺を、旗竿地で。理想の職住一体をかなえた陶芸家の住まい
旗竿地につくられた陶芸家ご夫妻の住居兼アトリエは、柔らかな光と緑に彩られ、仕事と暮らしのバランスも取れた心地よい空間。旗竿地というハードルを見事にクリアしたオノ・デザイン建築設計事務所 小野喜規さんの、秀逸なアイデアと感性を紹介する。









