
外に閉じ、中に開く別邸
新たな人生に彩りを与える大人の遊び場

江ヶ崎 雅代
えがさき まさよ
e do design 一級建築士事務所
茨城県 土浦市
住宅だけでなく店舗やオフィス、幼保施設や宿泊施設等、様々な建築&空間づくりを行っています。 用途や規模も様々、空間の雰囲気やテイストも様々です。 クライアントと密にコミュニケーションをとりながら、使い手の記憶に残るような素敵な空間を目指して、きめ細やかなデザインを積み上げていきます。
会社を手放し、人生の新たなステージへ
求めたのは音楽スタジオ備えた新たな拠点
この建物を手掛けたのは、県内を中心に活動する建築家、e do design一級建築士事務所の江ヶ崎雅代さん。
江ヶ崎さんはこれまで、シンプルでありながらも上質さを感じさせる建物を数多く手掛けてきた。江ヶ崎さんの作品は、例えるならダイヤモンド。シンプルなのに、どこか華やかに光り輝く。
そんな江ヶ崎さんのもとに、あるとき1通のメールが届いた。つくば市内に、音楽スタジオを備えた別邸を建てたい、という依頼だった。
施主は、これまで経営していた会社を手放し、新たなステージに立とうとしていたIさん。すでにつくば市内に自邸を構えているが、これ以上の拡張が難しいこと、そして都内へ出る際にはつくば駅からのアクセスが便利なことから、この地に別邸を建てることにしたのだという。
新たな活動拠点であり、仲間が集まる場所でもある。趣味や挑戦したいことを存分に楽しめる大人の遊び場といったところだろうか。
Iさんの要望は、あらかじめコンセプトシートにまとめられていた。動画撮影や演奏ができる音楽スタジオ、サウナといった娯楽の要素はもちろん、全館空調や3階建てへの希望、エレベーターの設置まで考えが細かく整理されていた。
江ヶ崎さんは、この話を聞いたときの第一印象を「面白そうだと感じました」と振り返る。普通の住宅でも別荘でもない、規模も大きい。そして、音楽という要素に対しては、自身が得意とする「外に閉じ、中に開く」という設計手法がマッチしそうだという手応えもあった。
江ヶ崎さんはそしてこう考えたという。「今回の案件は、部屋としての要素や欲しい機能を満たすだけでは不十分だろう」と。ここで過ごす時間が、「楽しい」「癒される」「素敵と感じる」「満たされる」といった、人生に彩りを与えるような時間を生む空間でなければならないと決意を新たにしたという。
3階建てという要望の裏を読み解く
壁の内側に、開放的な中庭を
Iさんのコンセプトシートに書かれていたのは、3階建てというボリュームだった。しかし江ヶ崎さんは、その言葉を字義通りには受け取らなかった。「3階建てにしたい」という要望の背景にあるのは、様々なものを詰め込みたいという想いなのではないか。必ずしも3階という形にこだわっているわけではないだろう、と読み解いたのだ。
もともと敷地には2階でも十分な広さがあった。3階建てにすれば、道路斜線の制限から、階段は敷地の奥に押し込まれ、せせこましいものになってしまう。また、江ヶ崎さんはビルのようなものにはしたくはないと思っていたという。だからこそ、空間そのものの豊かさを追求したほうが、邸宅としての格が出せるのではないか。そう考え、あえて2階建てのプランを考えていった。
江ヶ崎さんが得意とする「外に閉じ、中に開く」という設計思想も、この建物でも具体化されている。通り側にはあえてほとんど窓を設けず、プライバシーをしっかりと確保した一方、その内側には、建物がぐるりと囲むようにして、広い中庭を設ける。外から見た閉ざされた印象からは想像もつかない、開放的な光景が中に隠されているのだ。
そのギャップを演出するように、エントランスもあえて中庭を経由する動線とした。扉を開けて中に入ったかと思えば、そこは中庭。もう一度扉を開けて、ようやく邸内へと至る。この奥行きのあるアプローチが、邸宅としての格や、訪れる人をもてなす仕掛けにもなっている。
外観にも工夫を凝らした。この土地は2面が道路に面した角地。その隅切り部分は、壁をへこませた上で色味を変え、視覚的な奥行き感を持たせたデザインとした。
こうして練り上げた渾身の1案を提案。江ヶ崎さん自身、大きな手ごたえは感じなかったというが、しばらくして、Iさんから契約したいという連絡が入った。理由や決め手について多くは語られなかったというが、結果として最初のプランはほぼ原案通りに採用されたという。
その後の打ち合わせでは、間取りの細かな調整を重ねながら、設備の仕様を詰めていった。ここで江ヶ崎さんは、普段とは少し違う進め方を選んでいる。
全館空調やエレベーターといった機器類の選定にあたっては、メーカーや仕様を比較検討できる資料を用意し、Iさん自身が判断できる形で提示した。感覚的なやりとりを重ねるのではなく、選択肢と根拠を示していく。まるで、企業へのプレゼンテーションのように。
経営者として、自らのコンセプトを明確に持っているIさんに対しては、こうした進め方のほうが合っているのではないか。そう江ヶ崎さんは考えた。相手に合わせて手法を柔軟に変えられることもまた、江ヶ崎さんの強みのひとつなのだろう。
スタジオも、リビングも創作の舞台に
少年のように目を輝かせる新たな日々
角地に建つこの建物。磁器質タイルを纏ったライトグレーの壁が、通りに沿って伸びていく。窓をほとんど設けていないのは、プライバシーを守るためだけではない。音楽スタジオの音を外に漏らさない防音性も兼ねた選択だという。塗り替えの必要がないタイルを選んだことで、将来のメンテナンスコストも抑えられている。夜になると、壁の一部に仕込まれた間接照明が縦のラインを浮かび上がらせ、昼間とはまた違った表情を見せる。
余談だが、完成後につくばで開催された建築家展でこの家の写真を展示したところ、来場していた一般の方から「これ、見たことあります」「実は気になっていたんです」と声をかけられたという。建築関係者ではなく、たまたま近所を通りかかった人の記憶にまで残る建物だったのだ。それだけ、江ヶ崎さんの建築は人の目を引くのだろう。
扉を開き進むと、外観からは想像もつかない光景が広がっている。現れるのは、建物に囲まれた開放的な中庭だ。室内へのエントランスはまだ先にある。庇が張り出し、雨に濡れることなく玄関へとアプローチできる仕掛けだ。中庭にはIさんが希望した白樺が植えられ、青いモザイクタイルを敷いた水盤とともに、四季の移ろいを映し出す。焚き火を囲めるテーブルセットも置かれ、キャンプ気分を味わえるプライベートな屋外空間になっている。
2つ目の扉を開け、邸内に入ると目に飛び込んでくるのが階段だ。ここは単なる上下移動のための空間ではない。吹き抜けを通して光が降り注ぎ、いくつもの球体の照明が下がる、ホールとして設計されている。
さらにその奥にあるのが、55.59㎡の音楽スタジオだ。正面には大きなスクリーン、傍らには映画館のような赤いシート。奥にはドラムセットやギター、キーボードが据えられている。バンド演奏も、シアターとしての鑑賞も、そのままできるライブハウスさながらの空間だ。
江ヶ崎さんはこの音楽スタジオという特殊な要件を実現するため、設計段階から専門の音響工事会社と連携し、防音・配管・配線までを一体で計画したという。通常であれば建物が完成してから着手する内装設備工事を、あえて工事期間中に組み込むことで、竣工と同時にすぐ機材を運用できる体制を整えた。
スタジオに隣接するコントロールルームには、ミキサーとパソコンが据えられている。ガラス越しにスタジオの様子を見ながら、音源制作や配信作業ができる本格的な環境だ。
階段を上がった2階には、開放感のあるリビングダイニングが広がる。折り上げ天井に仕込まれた間接照明がベース照明となり、空間全体を柔らかく照らす。空間の広さに負けないキッチンにしたいという希望を受け、存在感のある黒い天板の対面キッチンが選ばれた。キッチン背面の飾り棚には、Iさんがセレクトしたという品々が並ぶ。
このリビングダイニングは、先ほどの吹き抜けを介して1階のホールとつながっている。Iさんは、吹き抜けをいかして音楽を流してみたらどうかと、スピーカーの置き場所を検証したという。「訪問した時に、玄関脇にスピーカーが置かれており、ホールを介してリビングダイニングにも心地良い音楽が流れていました。『そこに置いたらいい感じなんだ』と説明していただきました」と江ヶ崎さん。
「リビングで演奏しても面白いかもね」。Iさんはそんな想像をふくらませているという。スタジオだけに留まらず、暮らしの中のあらゆる場所が創作のきっかけになる。そんなクリエイティビティを刺激する住まいになっているようだ。
その他、寝室には温かみのある質感の壁材と木目の天井が採用され、落ち着いた雰囲気を演出している。トレーニングルームには、重い器具を置いても支障のない床材が敷かれ、本格的なマシンが据えられた。思い立ったときにすぐ汗を流せる環境をつくったことで、日々の暮らしのなかに自然と体を動かす習慣が生まれたという。浴室・洗面まわりにはサウナも設けられ、隣接するテラスでは外気浴も楽しめる。
竣工から時間が経った今、Iさんはこの空間でどんなことができるかを日々模索しながら過ごしているという。
「この家やこれからのことを語られるIさんが、少年のように目を輝かせている姿に、私も嬉しくなりました」。かつては寡黙な方という印象をもっていたという江ヶ崎さんは、そう振り返る。
江ヶ崎さんの手がけたこの家で、Iさんは今、新たな人生を心から楽しんでいる。江ヶ崎さんの建築には、そんな力があるのだ。
撮影者:西川公朗
基本データ
| 作品名 | '’next’’ つくばの中庭のあるRC造の家 |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県つくば市 |
| 敷地面積 | 312.86㎡ |
| 延床面積 | 351.14㎡ |
| 施主 | I邸 |
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設計者情報
この建築家が建てた家
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