
日常風景を「新たな景色」として再発見した
農家の営みに寄り添う『雲仙の家』
建て替え後も変わらず大切にしたかったのは
農業が生活の一部となったこの土地での暮らし
施主Oさんはこの地に約60年暮らし、兼業農家として葡萄や野菜を育ててきた。東側には父の代から残る農舎が建ち、奥に葡萄畑が広がる旧家屋は、家族代々の生活の場であり、家業を支える大切な拠点だった。
かつて旧家屋を設計し、大工としても建築に携わったOさん。前面道路の拡張による移設要請を受けた際には、思い出の詰まった家が解体されることに複雑な感情を抱いていたという。
「家が新しくなっても、葡萄や野菜を育ててきた畑、農舎とのつながりを変わらず大切にしたい」。そんなOさんの想いを反映した、建て替えを経ても、日々の暮らしと農業の営みが切り離されないよう考えられた『雲仙の家』。
STUDIO MOUNの二人が目指したのは、この土地に以前から存在してきた風景や暮らし、素材、光、時間を読み取り、関係を整え、新旧の要素がヒエラルキーの上下なく、静かに共存する状態をつくること。
「住宅を一棟の建物として完結させるのではなく、葡萄畑や既存の農舎、周囲の風景まで含めた『ひとつながりの環境』として捉え、全体の調和を図る」。
この提案は、Oさんが抱く懐旧の情に寄り添うとともに、新住居棟の形状やボリューム、屋根の高さやかけ方を考える上での着想点にもなったという。
土地に対して建築はどう在るべきか
そのシンプルな問いこそが出発点
施主が長年この地で感じてきた、敷地固有の風・光・季節変化に対する知見のヒアリングと現地調査から、環境を丁寧に読み解いた二人。そこで考慮すべき事象として挙がったのが、強烈な西日と田畑が広がる土地を吹き抜ける風。
敷地西側には田畑が広がり遮蔽物がないことから西日への対策が求められる一方、周囲が開けたこの土地は雲仙普賢岳との標高差もあり強い風が吹くため、過去には風害が生じたこともあったという。
そこで新住居棟は、西側に屋根を傾けて東側に開くとともに、既存の農舎と新住居棟の間に中庭を設けて風の抜け道を確保。屋根の高さを揃えて向かい合う二棟が応答する関係をつくり、敷地全体を一体的な生活の場として再構成した。
「とはいえ西日もデメリットなだけではなかったのです」。続けて二人はこう話す。
「現地調査の際、赤く染まり沈む夕日が余りに美しく、この風景を生活の中に取り込めないかと思い立ちました。何十年と暮らしているお施主さまにとって、田園風景はずっとそこにあり続ける日常。でもそれこそが、この土地の変わらない魅力なのだと伝えたかったのです」。
西側は最大限に閉じて日差しを遮りつつ、視線を限定的に切り取る2つの窓で景色を取り込む。以前から存在していた風景や暮らしに目を向け、施主自身が当たり前と感じていた土地の魅力を再発見したこの提案は、「過去の思い出を継承しつつ、新たな記憶として残していきたい」と考えていたOさんを大いに喜ばせた。
土地の持つポテンシャルを引き出しながら、日常の中に潜在するささやかな美しさを顕在化させること。人の感覚に働きかける環境を設計すること。
STUDIO MOUNにとって、建築とは「形」をつくることが目的ではない。周囲との関係を整える中で姿を現す「時間や季節の流れ、光の濃度の変化、奥行のある陰影」、言葉を必要としない「状態」を立ち上げることこそが、建築家としての役割なのだという。
振り返るたびに外の景色が目に入る
映画のワンカットのような動線を設計
ここでいう動線とは、空間から空間を最短距離でつなぐといった機能面を指すものではない。
人の動き=動線を「映画のシーン」のように考えることにより、移動中に異なる景色・光・空気感が連続的に現れる空間体験。それを支えるのが、土地の風景を室内へ引き込み、時間や季節の変化を切り取る装置とした「窓」という存在だ。
「玄関とダイニングの窓のほか、室内各所に様々な開口を設け、農舎、足元の草花、田畑、夕日といった環境との接続点をつくっています。内部空間を奥に進むたびに身体の向きが変わり、振り向くと、窓の先に視線が抜ける。アプローチから住居への動線上においても、途中までは視界を抑え、玄関方向へ身体の向きを変えた瞬間、目の前に田園風景が広がるようなシーンを設計しました。この一連の空間体験が、お施主さまがこれまで意識してこなかった土地の魅力を再発見するきっかけになれば嬉しいです」。
土地、文化、地形、人の営み。すべてが
重なり合い生まれる「深度」のある建築
雲仙の景色を形づくっている、畑の赤土、石積みの景観。それらをこの土地の文化、環境の一部として読み取った二人は、赤土の色を取り込んだ外壁、石積みの外構を提案。
「雲仙という土地柄、農業文化、山並みの地形といった複数の要素が重層的に重なることによって生まれる『深度』こそが、人の感覚に訴える力を持つのではないでしょうか」と、古城さんと小畑さん。
建築やインテリアといった枠組みそのものではなく、人が長い時間をかけて磨き上げてきた営み、土地に積み重なった時間に心を寄せる。二人が大切にする姿勢が、住宅という事例で視覚化された『雲仙の家』。
周囲の風景や既存建築とどのような関係を結び、光や時間の変化を受け止めながら存在しているのか。20枚の写真にもぜひ目を通し、その全体像に触れてみてほしい。
基本データ
| 作品名 | House in Unzen |
|---|---|
| 所在地 | 長崎県雲仙市 |
| 延床面積 | 115.93㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 4000万円台 |
設計者情報
この実例を見た人はこちらも読んでいます

コンクリート・土・木という素材を共存 将来の家族の暮らし方に配慮した家づくり
不変性の高いコンクリートをコアにして、可変性の高い木造、土壁を組み合わせる設計は、今回紹介するT様邸の実例だけではなく、既掲載のK様邸の家づくりにも共通している。そこには、今の暮らしだけでなく何十年も先の暮らし方や、建物の行く末までを見据えた、建築家・浅井さんの建築思想が深く根付いている。

遠くに見える山並みとも調和した おおらかな大屋根の3世帯住宅
高知と徳島の県境にまたがる高知県の最高峰・三嶺。標高1894mのその頂へと連なった峰々を仰ぎ見る山間の集落の一角に「大栃の家」は立つ。地域の環境とも馴染むように佇むこの家の設計を手掛けたのは、水野淳一建築設計事務所の水野良太さんだ。

映画の家?3年間工事を止めて待った!理想の家追求ストーリー
さまざまな人生経験を重ねてくると、良いものを見極める目が養われます。Sさんもご自身の経験から、自分が生活する住まいに対しては明確な理想像を持っていました。その理想を大事にしてくれる建築家を探し続け、とうとう出会ったのが菅原浩太さんでした。

天井高4mのスケール感あふれるLDK。水平ラインの美しさが目を引くモダン邸宅
「天井が高く、屋外とつながる広いLDKが欲しい」という要望を、想像をはるかに上回る理想的な形でかなえた建築家の八田政佳さん。完成した住まいは邸内へ入るまでの動線も訪れる人を楽しませ、デザイン・住み心地ともに魅力満載の住宅となっている。

すぐ隣の母屋と庭を共有。視界いっぱいに 緑を取り込む大開口を実現した「斜めの軸」
親世帯の家が立つ敷地の一角に子世帯の家を建てる依頼を受けた建築家の平野さん。お施主さまが望む解放感を実現するためにも、母屋の緑豊かな庭を子世帯の家にも取り込みたいと考えた。ただ、家を建てるのは母屋のすぐ脇。いかに視線を庭へ向かわせ、母屋と程よい距離を保つか。可能にしたのは「斜めの軸」だ。

施主、大工、建築家の「共創」から生まれた 北アルプスを望むハーフビルドの“新築古民家”
北は北海道から南は九州まで、移住先を探すため日本各地を訪ねたというクライアントご夫妻。そしてようやく巡り合ったのが、北アルプスを一望する山間の集落の土地だった。その素晴らしいロケーションを活かした「土間の家」を手掛けたのは、建築家の坂利春さん。さて、どんな家となったのか、これから見ていこう。

好きなモノと暮らす。こだわりを持った土間のある家。
武蔵野の緑豊かなエリアはここ30年ほどで宅地化が進み、住宅ばかりが続くロケーションに変貌した。だが、そんな環境の変化の中にあっても変わらないものがあり、今回取材に伺った場所には玉川上水が並行して流れ、そのロケーションをいかに生かすかが設計のポイントとなった物件だ。そんな立地を考慮し、暮らしの拠点として施主のこだわりに満ちたお宅にお邪魔した。

つくるのは、住まいではなく暮らし 今見直される、これからの暮らしのカタチ
コロナ禍において、通勤することを前提とした住まいが見直されつつある今日。 いち早く都心の喧騒を脱し、ワークライフバランスを確立されている建築家、増木奈央子さん。 街にいながらも、自然豊かな環境でゆったり過ごす「トカイナカ」暮らし。 そこには、ポストコロナに相応しい、人間本来の暮らしがあった。

あえてのセオリー破りが叶えた 光が降り注ぎ、風が通り抜ける家
南北に長く南北からしか有効な採光が望めない土地においては、南面にリビングなどの主要な部屋を、北側に水回りや個室を置くのが一般的。そんなセオリーを打ち破り、LDKを南北に貫通させるというゾーニングで、光が降り注ぎ風も通り抜ける家をつくったのは、自然環境を巧みに取り入れた家づくりを行う建築家、TAWs DESIGNの田辺さんでした。