
既存の難点を丁寧に改善することで生まれた
断熱・眺望・団らんを叶えたマンションリノベ

矢嶋 宏紀
やじま ひろき
ヤジマデザイン
東京都 世田谷区
幼少期の頃から絵を描いたり、工作が好きだったため、高校生の頃におぼろげに決めた進路が建築学科でした。大学で初めて建築家の存在を知り、とてつもないエネルギーを注いで建築をつくる職業に憧れたことから卒業後は、建築家 関本竜太氏のもとで修行を重ねました。数十件の案件の担当を経て、さらなる当事者意識をもって建築に向き合うため、また自らのデザインを直接届けたいという思いから独立を決意し、現在に至ります。仕事に対しては素直に、誠実に日々努めてまいります。
終の棲家は戸建てからマンションへ
安心の住まいを求めてリノベーション
息子の家からも近く、眺望にも恵まれたこの物件。しかし気がかりな点がいくつかあった。ひとつは、寒さの問題。窓は単板ガラスのアルミサッシだった。Mさんご夫妻は寒がりということもあり、窓の断熱性能は向上させたいという想いがあった。そしてもう1つ、眺望を気に入って選んだものの、既存の間取りがそもそも自分たちの生活に合っているのかどうか、疑問だったという。
そのためMさん夫妻は、間取りはそのままに、古くなった壁紙やキッチンなどの設備機器を新調する「リフォーム」ではなく、空間そのものを自分達の暮らしに合わせて再構築する「リノベーション」を選択することに。
このリノベーションを託されたのが、Mさんの息子さんの友人で、ヤジマデザインを主宰する矢嶋宏紀さん。
Mさんの息子さんは、建築やインテリアに造詣が深く、両親の家は「自分も納得する素敵な住まいにしたい」という想いがあった。また以前から、矢嶋さんが手掛けてきた住宅の雰囲気や考え方に惹かれていた。さらに人柄についても深い信頼があったことから、両親の終の棲家を託す相手として矢嶋さんを強く推薦したのだという。こうしてMさん夫妻の賛同を得て計画が始まった。
窓からくる不快感、生活に則さぬ間取り
暮らしを想定し、対話を重ねプランを作成
「角部屋で眺望は良いが、窓が大きすぎることがかえって不快な印象をもちました。熱損失の点でも不利に働くため、この点はどうにかしないといけないと思いました」
さらに矢嶋さんは、この部屋の間取りそのものにも違和感をもったという。それは「画一的な間取りで眺望を活かしきれていない。各スペースの大きさが曖昧で、家具の配置も含めた人の『居場所』が不明瞭な状態」というもの。いわば、標準的なマンションによくある間取りで、このままではせっかくの眺望が十分に生活に取り込まれないだけでなく、Mさん夫妻の生活に則したものにはならないと感じたのだ。
「Mさん夫妻との対話を重ね、眺望を活かすのはもちろんのこと、具体的な生活を思い描いてプランを練り、安心して暮らせる住まいを目指しました」と矢嶋さん。
Mさん夫妻の要望は「断熱」「眺望」以外にも「団らん」があった。近くに住む息子さん一家が訪れたとき、皆で楽しく過ごせる空間にしたいという想いだ。
矢嶋さんはこの3つの大枠を土台とし、プランを練っていった。
「断熱」については、全ての窓に内窓を設置。一部、木製の造作内窓で断熱性を高めながら、温かみを感じられる空間を演出。「眺望」については、造作内窓で既存の窓を適切に絞り、良好な景色のみを切り取った。例えばダイニング横には、ベランダへ通じる掃き出し窓がある。ここの内窓には腰壁(断熱材入り)を設け、近景のベランダを視界から消し、遠景だけが目に入るようにした。そして「団らん」においては、西側の個室を取り払い、改装してリビングとした。そしてダイニングとシームレスに繋げることで、二人暮らしで過不足なく寛げる一方、家族で集まった際にも、集いの場として機能するというプランだ。
「今回はレアなケースでしたが、施主のMさん夫妻との打ち合わせ前に、友人である息子ともやり取りがありました。彼から『こんなのを入れたい』『こうするのはどうか?』といった提案があり、度々議論を交わしました」と振り返る。
通常、矢嶋さんはヒアリングをもとに、その時点でベストな一案を施主に提示する。ただしそのプランは「この段階で決定してほしい」といったものではない。むしろこのプランをたたき台として、対話を重ねて、さらに検討していくというスタイルだ。そして、ときには施主の要望が、建築家の目から見てバランスを崩すものである場合もある。そんなときも即座に否定するのではなく、一度デザインに落とし込んでみる。「こうなってしまいます。こういうデメリットがあるので、私としてはお勧めしません」と、施主に説明を尽くすという。
M邸のリノベーションにおいても、息子さんやご夫妻とそんなやり取りがあったそうだ。
こうして検討を重ねた最終プランをMさん夫妻に提案。反応もとても良く採用に至った。
造作内窓で窓を再構成し断熱と眺望を獲得
間取り一新で、明るく温かみのある家に
玄関を入ると、自然な素材感で柔らかく温もりある空間が広がる。以前より面積を拡大したこともあり、薄暗く無機質な印象が一変した。片隅には、木製ベンチを配置。ちょっとした荷物置きや靴の脱ぎ履きに重宝する。また既存の窓を活かした玄関収納も壁一面に設けた。
さらに「断熱」に対する工夫として、玄関と廊下を仕切る内扉を設けた。こうすることで、玄関からの冷気を防ぎ、室内の冷暖房効果を高めてくれる。
内扉を開け、廊下を進むと左右に2つの個室。その先には、洗面室とクローゼットを配した。
「洗面室は、脱衣所から独立させました。こうすることで、浴室の湿気が漂わず、洗面室をパブリックな場所にできます。来客時も利用しやすい工夫です」と矢嶋さん。
反対側の奥は、キッチンにもつながるクローゼット。日常使いの道具の収納やパントリーとして重宝するスペースだ。
さらに進んだ先に広がるのが、ダイニングスペース。これまでは大きなサッシに囲まれ、人の居場所も曖昧だったが、杉材で作られた内窓や造作のキッチンとともに、家具配置を含めた居心地の良いスケールで整えることで、温もりある空間に生まれ変わった。西側には広いデスクを造り付けて、夫婦で利用できるワークスペースを生んだ。
また既存の窓に、新たにデザインした造作内窓を取り付け、窓を適切な大きさに再構成した。こうすることで、視界に余計なものが入らず、遠くの景色だけが見えるのだ。これらはキッチンに立つ、ダイニングに座るといった各シーンでちょうど良い角度となるよう設計されている。
このダイニングに連なるのが、個室を改装したリビングスペース。木製のベンチ兼飾り棚や、本棚、息子さんが選んだチェアなどが配され、寛ぎのスペースであるとともに、家族が集まる際にも重宝する居場所となった。
壁で仕切られ、閉鎖的だったキッチンは、ダイニングと一体化し、眺望が楽しめるオープンキッチンに。
「眺望が楽しめて、家族の様子も伺えるようにオープンなキッチンにしました。さらに回遊性をもたせることで移動もスムーズになるなど、居心地の良い場所にしました」と矢嶋さん。
こうした矢嶋さんの数々の工夫により、明るく温かみのある家に生まれ変わった。そして、課題だった「断熱」「眺望」「団らん」を見事に実現してみせた。
この家の出来栄えに、Mさんご夫妻からは「想像をはるかに超えた素敵な空間になった。」と感謝の言葉が贈られたという。
また、この住まいはテレビや雑誌にも取り上げられていて、「Mさん夫妻に再会する度に喜びの言葉をいただきます」と矢嶋さんは語る。
息子さん一家も毎月訪れるようで、家族の絆が深まる家になった。
矢嶋さんは家づくりの際に「感性」を大切にしているという。M邸では「居心地の悪さはどこからくるのか?窓の構成か?間取りや各スペースの大きさではないか?」という違和感に気づき、立ち止まって考えた。そして「どうあるべきか」に落とし込んでいったのだ。この感覚があるからこそ、全体のバランスを整えて、居心地の良い住まいを実現することができたのだ。
矢嶋さんはこれからも、この感覚を研ぎ澄まし、施主が真に望む家をつくり続ける。
撮影:新澤一平
間取り図
基本データ
| 作品名 | 下馬の家 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都世田谷区 |
| 延床面積 | 74.43㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 1000万円台 |
| 施主 | M邸 |
設計者情報
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