
間取り改修の落とし穴?!
広々、洗練させる本当のリノベとは
2部屋をひとつにつなげるだけでは無意味なワケ
都内の一等地にある新築マンションを購入したIさん夫妻がそうだった。設備やインテリアはハイグレードなものの、約70㎡の3LDKという間取りで生活の中心となるリビング・ダイニングは10畳程度。ダイニングセットやソファ、そしてテレビボードも置きたいと考えていた夫妻にとっては、けっして十分な広さとはいえなかった。
そこでIさん夫妻はある施工会社に相談し、隣の個室との間の壁を撤去してリビング・ダイニングを広げることを計画。建築家の伊藤 悠さんへのコンタクトは、施工会社の見積もりよりも安い費用で工事できるか? という問い合わせから始まった。
だが、伊藤さんはI邸の図面を見て戸惑う。なぜなら、「壁の撤去だけでは問題は解決しない」ことをすぐに見抜いてしまったからである。
その理由とは?「リビング・ダイニングの隣の個室には、引き戸ではなく開き扉のついた収納がありました。しかも、収納前はスペースがあるように見えるのですが、実は、テーブルなどを置けば収納の扉を開けられなくなる広さだったんです。つまり、壁を撤去して空間を広げてもそこに家具は置けず、もともとあった10畳ほどのリビング・ダイニングスペースに配置するしかない。それではあまり意味のない改修になってしまいます」
伊藤さんは壁を撤去する見積もりと共に、CGでリアルな完成予想図をつくり別の改修プランも提案。そこで初めて壁の撤去のみで起こりうる現実を知ったIさん夫妻は、施工会社とは契約せず、伊藤さんへの設計依頼を決定した。
伊藤さんが壁の撤去のほかに行った改修は、大きく分けて、問題の収納の撤去、キッチンの出入口の変更、造作家具の設置の3つである。
伊藤さんのプランで完成したI邸のリビング・ダイニングは、約18畳。収納をなくしたことで、以前の個室はテーブルや椅子をゆったり置けるダイニングに一変。東側は撤去した壁で分断されていた窓がずらりと一面に連なり、とても明るくて開放的だ。
リビング・ダイニングから少々隔離され、暗くて孤立感のあったキッチンは、出入口を北向きから東向きに変更。リビング・ダイニングの東の窓に広がる景色を眺めることができ、自然光も十分入る。また、晴れてダイニングとなったスペースとの一体感が高まって家事動線も良好に。
造作家具はリビングのテレビボードと、でこぼこ出ていた構造の柱や梁を隠すクロゼット。クロゼットの一部はパソコン用デスクで、撤去で減った収納を補う衣類用スペースもある。
採光、通風などの基本的な快適さはもちろん、開放感や住み心地も飛躍的にアップ。Iさん夫妻は「建築家に相談してよかった。こんなに質の高い空間になると思わなかった」と、嬉しい感想をくださったそう。“生活空間として機能しないデッドスペースが増えるだけ”という事態になりかねなかったI邸の改修は、伊藤さんの判断とプランニングで期待以上の成果を生んだのである。
視線の抜け、光。広がりを感じられるデザインの工夫
しかし、内装や大型家具の素材にステンレスというのは、あまり聞かないような……?
「ステンレスは光を反射するため、空間の行き止まりを曖昧にし、明るく、広く感じられる効果を狙ってとり入れました。でも、ピカピカの鏡みたいな素材を多用すると日々の生活を送る空間としては落ち着かないので、表面を少しざらついた質感に仕上げたビーズブラスト加工のステンレスを使っています」と伊藤さん。
ビーズブラスト加工とは、表面にガラスなどの微粒子を噴射してごく細かなキズをつけることを指す。この加工で顔が映りそうなステンレスが適度にツヤ消しされ、反射光はまろやかなニュアンスとなって高級感を醸す。
ステンレスはテレビボードや造り付け収納の扉として、室内のコーナーや壁など、“視線が行き止まる場所”に意識的に配した。やわらかく上品な反射光を放つこの素材のおかげで空間の終わりとなる部分の表情が和らぎ、伊藤さんの狙い通り広がりを感じることができる。
広がりを感じる仕掛けはまだある。リビング・ダイニングの入口には、キッチンの出入口変更でつくった壁のコーナーがあるのだが、角の一部を切り落とすような形で飾り棚を設えた。たったこれだけで、リビング・ダイニングに入るときに視線が抜け、“壁に邪魔されている”感覚がなくなってしまうから不思議だ。
「Iさんは『そうはいっても新築のものを壊すのは抵抗があるし、エコじゃないからあまり工事部分を増やしたくはない』というお考えで、僕としてもそれは同じ思いでした。ですから、素材やデザインの工夫によって広さや快適さをどう生み出すか。そのことはすごく考えましたね」と伊藤さん。
確かに、造作家具は家具の新調の代わりとすれば、伊藤さんが当初の壁の撤去以外に行ったことは、キッチン周辺のわずかな壁の調整くらいである。
“この間取りをできるだけ少ない操作で変更して、最も効率的に使えるようにしなさい”というパズルのようなお題に対し、大正解を出した伊藤さん。面積は変えられなくても、設計とデザインのテクニックで空間はこんなにも変わるのだ。
【伊藤 悠さん コメント】
住空間の設計においては、そこがお施主様にとっての「特別な場所」となってほしいと思い取り組んでいます。I邸はマンション住戸の小規模の改修でしたが、壁の撤去とあわせて、光の反射を活かした素材を効果的に配置するという丁寧な操作で、面積以上の空間的な広がりと、空間の雰囲気もデザインできたと思います。この部屋でIさん夫妻に食事を御馳走して頂き、一緒に寛がせて頂いた時間は何よりも嬉しい思い出となりました。
間取り図
基本データ
| 所在地 | 東京都港区 |
|---|---|
| 延床面積 | 40 (改修対象部分面積のみ)㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 〜2000万円台 |
| 施主 | I邸 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

七里ガ浜と大島を望むパノラマビュー。 海好き憧れの暮らしがここに
敷地は南に七里ガ浜の海を望む恵まれたロケーション。鎌倉に事務所を構える建築家の工藤宏仁さんはその贅沢な眺望の魅力を、設計の力で最大限に引き出した。耐震性能や土地の課題も見事にクリアし、施主の理想の暮らしをかなえた家づくりとは?

実家も勤務先も“お隣”!子どもたちがのびのび過ごせる家
建築業に携わるご主人とその奥さま+小さな子ども3人、一家5人が仲良く暮らす家。若いご夫婦が「子どもたちの成長をずっと見守っていける、心のかよい合う住まいを」と願い、細部にわたり杉山靖彦さんと話し合いを重ねてできたのがこちらのお宅だ。施工にはご主人やご主人のお父さまも参加。家族みんなが心地よく暮らすための工夫が随所に施された、こだわりの家を紹介する。

想いを最大限に具現化する 「十人十色」の家づくり
いくつもの設計事務所やハウスメーカーに足を運ぶも、なかなか納得できなかったというNさま夫妻。しかし、インカラーアーキテクツの遠藤彰さんが提案したプランはひと目で気に入り、ほぼ即決したという。めぐり巡ってようやく手に入れた、Nさま夫妻の“理想の家”を拝見してみよう。

1つの造作でいくつもの役割 じっくり対話で叶えた優しい空間
戸建と比べ制約の多いマンションのリノベーション。自由度が低いということは、裏を返せば、建築家の腕が最も試される場であるということ。その眺望の良さに惹かれた施主のTさんが、築26年のマンションリノベを依頼したのは、竹味佑人建築設計室の竹味さん。大胆な発想と確かな力量で、家族がゆったりとした気持ちで過ごせる優しい空間に仕上げた極意に迫る。

【注文住宅の事例集】モダンな戸建て 東京
東京の敷地であろうと、たまたま残っちゃった背戸をつくるためには母屋と納屋が必要不可欠。塔状個室群と小屋型リビングをそれらに見立て、二枚の大きな壁で挟み込んで出来たのがサンドイッチハウスだ。

住宅街にこんなにも豊かな空間が誕生 緑・光・風を楽しみながら暮らす
新築でありながら、ずっと前からここにあったように周囲に溶け込む家がある。設計を手掛けたのは、遊び心あふれる発想と、自然との調和を大切にするアトリエウィの宇佐美さん。周囲環境にも住む人にとっても馴染む設計によって、心地良い住まいが実現した。

街のシンボル!住む人、行き交う人も心豊かにする家づくりとは?
ドクターとしてクリニックを営んでいるご主人とその奥さま。大規模リフォームしたマンションを終の住処と考えていたご主人ですが、奥さまが見つけてきたクリニック近くの角地に惚れ込み、周囲の環境に配慮しつつ希望を取り入れた新しい住まいが完成。人生の後半を心地よく暮らすための礎が出来上がりました。

憩いの時間を豊かにする空間と洗練デザイン 人が集まり笑顔が満ちる「人生を楽しむ家」
施主さまが望んでいたのは「訪れた人にとっても居心地がよく、出会いと交流をはぐくむような家」。その思いを形にしたのは、建築家の水間寿明さん。楽しい時間を過ごしてホッとくつろぎ、英気を養う。そんなバカンスのような暮らしがかなう住宅の魅力とは?

無限の可能性を秘めたシンプルな構造。 多様なスケール感が居心地いいカフェ
いつか自分のお店がやりたいというクライアントの夢を叶えるために建てられたカフェ。建築家の五十嵐理人さんは、カフェとしての使い勝手の良さ、居心地の良さを追求すると同時に、建物のこれからも考えた。壁や窓を全て取り払っても建物は残り、新しい使い方ができるというこの建物がどのように生まれたかを探る。

