
レイヤーの壁で生まれるモダンな表情。
自然が暮らしに寄り添う、多摩川沿いの家
地球を感じる多摩川沿いの風景に、
しっくり馴染む平屋の家
建設会社で監督を務めるSさまは、伊藤寛アトリエの伊藤寛さんと何度も仕事をしてきた方。それだけに伊藤さんが手がける住まいの性能・暮らしやすさ・豊かさを熟知していたのだろう。自邸建築でも迷うことなく伊藤さんに設計を依頼した。
いわばプロ同士がタッグを組んだ家づくり。Sさまは計画当初、ご自分が考えた間取りのスケッチも見せてくださったという。そのスケッチは2階建ての家だったが、伊藤さんは、「僕はこの敷地に2階建ての家を建てることがイメージできず、平屋をご提案したのです」と話す。
S邸のように広い敷地の家づくりでは、贅沢な空間使いの平屋を勧める建築家が少なくない。しかし伊藤さんが平屋を勧めた理由は、敷地が広いからだけではなかった。
「周囲の環境が、本当におおらかなんです」と伊藤さん。「住宅街を抜けて敷地にたどり着くと、景色が一変する。やっぱり多摩川は広いんですよ。どこまでも続く空の下を悠々と流れる大きな川、快い水音やきらめく水面。遠くには富士山も見え、地球を感じるほどのスケール感があります。その風景の中に家を建てるなら、地面と一体感のある平屋が似合うし、暮らしも豊かになると感じました」
伊藤さんの提案に、Sさまもすぐに賛同。かくして完成したS邸はシンプルな四角形の平屋だ。だが、シンプルなのに、一見すると住宅とは思えない独特の存在感がある。建築アワードで数多の受賞歴をもち、大学で教鞭を執り後進を育てている伊藤さんならではの、本物の上質感と独創性がにじみ出ているのである。
プライバシー、外とのつながり、デザイン。
3役をこなす「入れ子の構成」
S邸は家の外周部にモルタル仕上げの構造壁が複数立ち、その内側に木板壁の住空間がある「入れ子の構成」。モルタル面の強固な殻が、サワラ、スギなどの天然木材とガラス窓で覆われた柔らかな住空間を囲んでいる。
「敷地の南は、視界がひらけた多摩川の堤防道路。南を大きく開口したいところですが、道路から邸内が見えるのは避けたい。そこで、敷地の奥に住空間を配して視線を遮ろうと考えました」と伊藤さん。
それなら単に、敷地の奥に建物をつくればいいだけのようにも思う。しかし伊藤さんは住空間のセットバックだけで終わらせず、外周部に構造壁を立てている。目的は、「家の中で内と外が入り混じる豊かさ」の創出だ。
外周部の構造壁はS邸全体を支える役割を担っており、1つの屋根で住空間とつながっている。そして外周の構造壁と住空間の中間領域は土間仕上げ。1つ屋根の下に、住空間と広々した土間スペースが共存しているのだ。
1つ屋根の下にあることで土間スペースは立派な住空間の一部になり、光や風といった屋外の要素が生活の中にしっかりと入り込む。
加えて、構造壁部分はガラスがはめこまれていないため、住空間の壁とレイヤー状になると外観に奥行き、凹凸が生まれ、陰影をつくり出す。
陰影はシンプルな四角形のファサードに奥深い表情を与え、印象的な建築美となって見る人を惹きつける。その証拠に、地元のジョギング・散歩コースである堤防道路を行き交う人は、必ずといっていいほど立ち止まったり振り返ったりしてS邸に目を留める。
特に、明かりが灯った夕刻のS邸は、洒落たレストランか美術館かと思うほど美しい。プライバシーという機能確保をきっかけに、これだけ豊かなデザインを生み出す伊藤さんの柔軟なセンスと力量をあらためて実感する住宅だ。
陽光や空を届ける「光庭」
心地よい自然とともに暮らす贅沢感
邸内は奥の北側に水まわりや寝室、収納などが並び、堤防を望む南側は広々したダイニングとフリースペース。驚くのは、南から北まで奥行きがあるのに、どの場所も明るくてのびやかで居心地がいいことだ。
その秘密は最大で4.6mもの高い天井と、「光庭」と名付けられた中庭にある。光庭を囲むダイニングとフリースペースは大きな掃き出し窓で光庭と接し、屋外の爽快感をダイレクトに感じることができる。
光庭への掃き出し窓の上部が、ガラス張りになっていることもポイントだ。光庭の上に広がる空まで見え、とても気持ちがいい。そして視線を南に向ければ軒下の土間と堤防の緑。上にも横にも視線が抜けて外とつながり、「家の中で内と外が入り混じる豊かさ」を体現している。
伊藤さんは「敷地は堤防道路より低く、邸内から多摩川が見えないので」と、堤防側の窓際の上部に、物見台として使えるキャットウォークやデッキも設けた。
奥の水まわりの一角にテラスはあるものの、奥さまは物見台に洗濯物を干すことが多いという。ゆるやかに流れる川と青空を眺めつつ、さっぱり洗った衣類を干す。朝は光庭から入るまばゆい朝日の中で朝食をとる。休日は柔らかな日差しに包まれる土間でお子さまが遊び、ご主人は日曜大工……。
内と外がそこかしこで入り混じるこの家では、何気ない日常にいつも屋外の自然が寄り添う。「贅沢ですね」というと、「家づくりでは、外も大事な場所ですから」と伊藤さん。
環境のポテンシャルを最大限に取り込み、暮らしの豊かさを多面的に見つめる。そうやって伊藤さんがつくり出す家は、デザイン性が高いのに冷たさはない。今も、ずっと先の未来も住まう人の温かな生活が目に浮かぶ、そんなやさしさに満ちている。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 多摩川沿いの家 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都昭島市 |
| 敷地面積 | 399.15㎡ |
| 延床面積 | 153.06㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども2人 |
| 予算 | 2000万円台 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

吹抜け空間に部屋が浮く? 家族がつながる、無柱の開放的なLDK
吹抜けは開放的だが、木造住宅では多くの場合、居住スペースに上階を支える柱が出てしまう。この柱をなくし、光と風が通るおおらかな吹抜け空間をつくった建築家の大塚新也さん。土地探しから空間演出まで、施主の思いに寄り添う大塚さんの家づくりを紹介。

住んでたことが一生の思い出に。豊かな空間性が自慢の集合住宅
敷地に入ってすぐ「何だろう、この楽しさ!」と感じるT様のマンション。「ここは特別」とT様が言うマンションは、元・花市場だった広い敷地を生かしきった遊び心あふれる住まいだ。

テーマは「日本建築の茶室」。光の陰影を生かした旗竿の家
一級建築士である手塚勝也さんが手掛けたのは、都内の旗竿地での家づくり。北斜面ということで採光に課題があったが、手塚さんはそこを逆手に取り「日本建築の茶室」をイメージした家づくりを提案する。そして完成したのは、光の陰影を生かした和の住空間だった。

スケール感あふれる吹抜け空間でかなえた、 光と空がきらめく「緑と戯れる家」
暮らしの中で植物を楽しみたいという施主さまの思いに、「天井に緑を映す」という独創的な発想で応えたのは、かまくらスタジオの福井啓介さんと森川啓介さん。希望を表面的に捉えず、本質を見極めた提案で期待以上の住まいをつくる設計スタイルに迫る。

薪ストーブの周りを部屋が囲む 家族がほどよくつながるスキップフロアの家
「薪ストーブのある暮らしがしたい」「地面に近い位置に書斎がほしい」という施主の要望を叶え、家族が程よい距離感で過ごせる家を作った荒谷省午建築研究所の荒谷さん。困難かと思われた2つの要望の両立を成立させたのは、家の中心に設置した薪ストーブをぐるりと取り囲むように、スキップフロアの部屋で取り囲むという、画期的アイデアでした。

中古物件リノベの新手法!?惚れ込んだ空間をさらに自分仕様に!
建築家と建てた一戸建てに一目惚れし、中古で購入したTさん。より自分たちの家族にあった住まいにしようと思ったとき、迷わず相談に行ったのは、新築時に設計した建築家、河辺近さんのところでした。

とことん拘ったローコスト住宅!建築家が自分の為に建てた家とは
建築家が自分の為に建てたローコスト住宅。拘った部分や反省点、そして建築に掛った金額など、普段はあまり聞けない部分も丁寧に説明をして下さる建築家石田摩美子氏。敷地の魅力を最大限に生かすことを心がける石田氏の住まいは、土地探しに1年、条件の厳しい立地に工夫を重ねた拘りの家だ。

店舗と母屋、程よい距離感で暮らしが交わる「ハナレ」の家
かつて城下町で、今も路地や町並みにその風情を色濃く残す埼玉県行田市。Kさんは子育てのため故郷であるこの地に戻り、ご実家の敷地内に家を建てようと計画。Kさんのお母様が住む母屋は残し、空いた土地に新居を建設しようと考えた。依頼を受けた金子さんは、1階はお母様が営む店舗、2階がKさんご家族の住居という、それぞれの生活が交わる「ハナレ」を提案する。

四季の太陽の動きもバッチリ計算!徹底的に快適な家づくりとは?
転勤で東京暮らしのNさんは、地元長野へ戻るのを機に、自宅の建て替えを決めました。長野の気候風土に合った「明るく開放的な住まいづくり」をテーマに建築家選びを開始しましたが、依頼することにしたのは東京在住の建築家、冨田享祐さん。「自然の力を最大限に生かしながら快適な暮らしの場をつくるという考え方に共感できた」というのが、その理由です。









