
施主に寄り添いじっくりと下ごしらえ
自然と人に生かされて暮らす、大人の住まい

増木 奈央子
ますき なおこ
市中山居 一級建築士事務所
埼玉県 所沢市山口
<住まいへのこだわり> 細部まで心を配り、さり気なくデザインし、丹精に造り込んだ住まいは、仕立ての良い麻のシャツのように、様々なコーディネートを楽しめ、着る人を美しく引き立てます。 心地よさ、落ち着き、気品があり、澄み切った空気が流れる住まいを設えます。 <私の暮らし> 庭のブルーベリーやチョークベリーでジャムを作っています。 剪定した草木を器に生け、部屋に飾るのが好きです。 猫のように、時間ごと、季節ごとに居場所を変えて、ゴロゴロしています。
家づくりを託せる人にやっと出会った
「下ごしらえ」でじっくりサポート
これまで長く都会の賃貸物件に住み続けてきたという施主のYさん。織田流煎茶道の正教授としての顔ももち、お稽古をしたり、お茶会を開くこともあるものの、これまで住んできた家では、茶室を設けることも叶わなかった。自前の茶室を持ちたいという思いのもと、都内でマンションや中古住宅などを見て回るものの、思い通りの物件に巡り合わず3年の月日が流れていた。
そんな中たまたま参加したのが、市中山居が自邸で開催していた薪ストーブ体験会「大人の火遊びのすゝめ」。ここで市中山居の和を感じさせる上質な佇まいや、増木さんの人柄に触れ、すっかり魅了されたYさんは「やっと見つけた!」と感じ、その場で「私の家づくりをお願いしたい」と依頼をしたのだという。
こうしてYさんと市中山居の「下ごしらえ」が始まっていく。
「下ごしらえ」とは、設計に入る前段階の作業。増木さんご夫婦が自邸を建てたときに経験した苦労をもとにした、設計事務所には珍しいサービスだ。下ごしらえはおもに3つの項目からなるという。
1つめが、生涯の暮らしを思い描き、資金を考えること。将来に渡ってどんな暮らしがしたいのか、家族の状況などをしっかりイメージしてもらう。そして一生涯の収支・資金計画を立て、土地・建物の予算を見定められるようアドバイスするのだ。
2つめは、物件探しというより、環境探し。一般的に土地探しは、予算や広さ、駅からの距離などのスペックから探していくことが多いが、市中山居は、それだけでなく「自分が思い描く暮らしができるか」に重点を置き、町並みや景色、採光や騒音、地盤などの自然環境なども考慮し、増木さんが一緒に現地に足を運び、比較検討やアドバイスするという。
3つめは、信頼づくり。市中山居の家づくりは、建物という箱をつくる役割に留まらない。自分らしい暮らしを実現するパートナーとして、施主に寄り添うことをモットーとしている。そのため、実設計に入る前に、じっくりと対話を重ね信頼関係を築いていくのだ。
もともと、杉並から吉祥寺あたりを希望していたYさん。下ごしらえを通じて増木さんと共に10か所以上の土地を見て回った結果、自然環境に恵まれ、商店街もあるという利便性も兼ね備えた東村山にたどり着いた。
「ここであれば、念願だった茶室だけでなく庭も設けられるし、望んでいた暮らしができる環境だと感じました」とYさん。
増木さんがじっくりと下ごしらえをしたからこそ、Yさんが本当に叶えたかったことを的確に捉え、当初は思ってもみなかった土地での暮らしを選ぶこととなった。下ごしらえは、本当の自分に気づくことにもつながるのだ。
施主が夢見た、心がすなおで閑な家
北鎌倉の茶室をモチーフにした和室も
あるときは、北鎌倉の茶室「宝庵」でYさんが開催したお茶会に増木さんが招待されたという。「和室は、この宝庵の茶室をモチーフにしてご提案しました」と増木さん。お茶会に招待されるほど関係性を深めたからこそできた提案。念願だった自邸でお茶会を開ける和室が、由緒ある茶室をモチーフにされているなんて、Yさんにとって誇らしくうれしい提案だったに違いない。
こうした対話は、時間も期間もかかるし、打合せの回数も増える。中には早く進めてしまいたい施主もいるというがYさんは「私の暮らしを理解してもらえ、私のために時間をかけてくれて嬉しかった。自分がうまく言語化できないところもくみ取ってもらえた」とコメント。
住宅や建物の建築では、最初にターゲットとなるスケジュールが決められ、そこに向けてバタバタと動くのが当たり前ともいえる業界だ。いかに「手離れ」を良くするかということが重視されがちでもある。
市中山居の家づくりは、打合せに多くの時間をとり、大きな縮尺の模型も自分達で手間をかけつくる。一般的な家づくりとは真逆の手離れの悪さだ。
しかし増木さんは、それを気にしない。自邸を設計したときのように手間暇を惜しまず、施主との関係性を深める、施主の真の思いをくみ取る。そのうえでしっかりとした提案をすることこそが、満足度の高い家となると信じているから。
「そんな丁寧な家づくりを、お施主さんも一緒に楽しんでもらえると、愛着がより一層深まる家になると思います」と増木さんは語る。
Yさんは、李白の漢詩の一文「心(こころ)自ら閑(かん)なり」のように、心が素直に 閑(しずか)になる暮らしをずっと夢見ていた。増木さんはその夢が叶うよう、この住まいをそう名付けた。
景色、光、風、音など五感で自然を感じられる
熟成された上質な大人の空間
杉板の外壁が落ち着いた雰囲気をもたせ、小さな旅館のような佇まいだ。お茶会やお稽古があるときには、玄関に暖簾が下げられるという。
暖簾をくぐり、玄関扉を開けると大谷石の土間が広がる。右方向の扉を開くと庭まで土間が続く。この土間では、野外で茶席を設けることもできる。視線を反対側に移すとそこは和室だ。和室から土間方向を眺めると切り取られた庭の景色の雰囲気は「宝庵」を連想させる。
この和室は、あえてお茶のこと以外ではあまり使わないようにしているという。延床79㎡(24坪)ほどの家にはもったいないような気もするが、お客様をお招きする場、公の場としてのみ使うことこそが大人の贅沢と言えるのかもしれない。
土間を進むとYさんの住居部分。LDKの落ち着いた空間が広がる。家づくりにおいては、とかくLDKは明るさや開放感ばかりが追求されがちだが、Yさんの好みに合わせて明るい部分と薄暗い部分いわゆる陰影をあえて作り、落ち着きのある空間としている。
LDKには窓が設けられており、キッチンで作業しながら外の街並みが望めたり、障子を開け放つと庭の景色も眺められる。壁際の段差に腰掛け庭の様子を眺めるのもYさんの楽しみの1つとなっているという。
2階へと向かうとその途中には広々としたワークスペース。テレワークのスペースとして、蔵書を飾るスペースとして重宝しているという。
寝室の先には、3帖ほどのデッキテラスも設けられた。遠く八国山が見え、夏になると花火も見えるという。屋根の下なので、直射日光や雨も遮ってくれる。Yさんだけが愉しむことができる、贅沢空間だ。
日本の建築文化には「庭屋一如(ていおくいちにょ)」という言葉がある。庭と建物を一体のものと考え、自然と調和する空間を表す。
この家は、まさにそれを実現している。和室から、LDKから、さらにはデッキテラスや寝室からも庭の景色が楽しめる、遠くには八国山の自然が見える。八国山も自分の庭の延長だ。
さらに楽しめるのは、景色だけではない。漆喰壁に映る光と陰の移ろい、家を吹き抜ける風、木々や鳥のさえずる音、水鉢のせせらぎ、庭で味わう煎茶の香り、杉板の温もりまで。五感で楽しめる家となった。
この家の出来栄えにYさんも「期待していた以上に素敵で、毎日見惚れている」「こんなにストレスのない家が持てるなんて、夢にも思わなかった」「私にここまで寄り添っていただき、思いをくみ取っていただいた増木さんの仕事ぶりには感謝しかありません」と熱く語ってくれた。
市中山居の、施主に寄り添い二人三脚で時間をかけて行う丁寧な家づくりによって熟成された上質な大人の空間は、施主の夢を叶えたのだ。
「家は一生に一度の買い物」「家は3回建てないと理想のものにならない」とはよくある話。
市中山居は、一生に一度の買い物で、自分らしい暮らしを叶えてくれる。
基本データ
| 作品名 | 心自ずから閑なり |
|---|---|
| 所在地 | 東京都東村山市 |
| 敷地面積 | 118.05㎡ |
| 延床面積 | 79.9㎡ |
| 予算 | 3000万円台 |
| 施主 | Y邸 |
撮影:中村晃写真事務所(一部:市中山居、相羽建設)
設計者情報
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