
壁を取り払いスケルトンに
中古住宅のリノベの一つの解

幸地 俊一
こうち しゅんいち
Lods一級建築士事務所
東京都 品川区
クライアントそれぞれの価値観に寄り添い、そこに住む「人」と「土地」に合った、より美しく、より心地よく、より新しい「家」を探求します。
理想的な立地に事務所兼自宅を叶えた
鉄骨造4階建て中古住宅のリノベ
この住宅は鉄骨造の4階建て。しかも1フロアの広さが約28㎡と狭め。こういった物件は、一般的な住宅としては人気が高いとはいえず、リノベーションして販売することも難しい。一方で建て替えるとなると、解体費用もかかり販売価格が高くなる。さらに土地によっては建築基準法により従来と同じ広さでの再建築ができないこともある、不動産会社泣かせの物件といえるだろう。そのため、他の物件に比べ割安でもあった。物件探しの中で、中古マンションも選択肢としてあったが、同じ広さのマンションよりも安く購入できることが多い、中古戸建てを選択したのだという。
一般の人には向かない4階建ても、事務所兼用とする幸地さんにとってはむしろ都合がよかった。建物の状況を確認したところ「断熱材は入っていないものの、構造や外壁はしっかりしている。これであれば、スケルトンにして改装費を抑えることができるかも」と思ったのだそう。
そして何より幸地さんが気に入ったのが立地なのだという。この家は、徒歩10分圏内で複数路線の駅にも行ける、利便性の高い場所。近くに商店街もある住宅街の角地。静かな環境で仕事をするにも、便利な生活を送るうえでも申し分ない。さらには屋上の景色というオマケまでついた。
「晴れたら遠くにちらっと富士山が見えるんです。都心方向のビル群の夜景もキレイです」と幸地さん。
こうして幸地さんは、本来であれば手が届かなかったであろう場所に、費用を抑えながら事務所兼自宅を構えることができた。では、幸地さんがこの家に施したリノベーションの魔法を見ていこう。
壁を取り払いスケルトンに
シンプルな肉体美をもつ家
1階は、Lodsの事務所スペース。幸地さんやスタッフの机が並び、打ち合わせスペースもある。窓からは光が適度に差し込み、開放感がある仕事場だ。開放感をもたらす理由の1つ
が天井や壁の構造が現しになっていること。
この家は、どのフロアも共通して、間仕切りの壁をなくし、フロアを1つの大空間としている。さらには、元の家の天井と壁の仕上げや下地をはがし、構造材をそのまま見せるスケルトンの形をとっている。
この仕上げには、もちろんコストを抑えるという面もあるがそれだけではない。そこには幸地さんのこの家に対する思いがあった。
それは、「できたときが完成ではなく、手を入れ続けられるものにしたい」というもの。
「壁紙を貼ってしまうと、完成時が一番美しい状態となり、手を入れることは難しく感じてしまいます。しかし、このALC剥き出しの状態であれば、ビスを打って何かを取り付けても心が痛みません。むしろ手を加えたくなる。ALCは壁のどこにでもビスが打てるので、案外DIYに向いています。」と幸地さん。
実は、外断熱はコストがかさむため、内張りの断熱に壁紙で仕上げるのとそう変わらないのだという。それでも幸地さんはあえて構造現しのシンプルさを選んだ。人間で例えると、重ね着で着飾るのではない、肉体美といったところだろう。
事務所奥にある階段を上っていくと2階から4階は、幸地さんの自宅スペース。上階にいくにつれ、パブリックからプライベートの要素を強くしていく。元の家の階段は、壁が張られていたがその壁も取り払った。そうすることで、上下階がシームレスにつながる。それによって様々なメリットが生まれた。まず1つめは光。階段に差し込む光が、同じフロアだけでなく、上下階を明るく照らす。通風もまた然り。そのため通常であれば1フロアに1台ずつ必要なエアコンが、2フロアに1つで済むのだそう。さらには、家族がどこにいてもその存在をゆるやかに感じられるというメリットも生まれた。
階段の壁を取り払うことで、いくつものメリットを発生させてしまう幸地さんの発想力には驚かされるばかりだ。
お客様の好みを的確に把握し
最適解を提示する
幸地さんがこれまでに手掛けた数々の物件では、ラグジュアリーな空間のもの、シンプルモダンテイストのもの、特徴的なフォルムをもつものなど、そのテイストは多種多様。この家で使った手法や取り入れたテイストも、幸地さんにとっては、「こんな感じのものもできます」という手札のほんの1つに過ぎない。
様々な条件で、多様なテイストの家を実現してしまう幸地さん。その根底には、お客様に「自分のテイストを押し付けるのではなく、あらゆる選択肢を提示したい」という想いがある。
そのために重要なのが、お客様の価値観をしっかりと把握すること。ヒアリング時間をしっかり取ることはもちろん、最近では「ワーク」と呼んでいるヒアリング手法を用いているという。
ワークには、間取りや設備といったハード面の希望ではなく、理想のライフスタイルについて、満点の状態とはどういう状態か?ということを想像してもらい、現状のライフスタイルの点数と比較して、「新しい家をつくることで、今の生活のどの分野を何点に変えたいか?」などといった、ソフト面に関する数多くの質問が書かれている。それに夫婦それぞれが記入することで、家づくりにおける本当の思いを掘り起こすという手法。
書き出すことで、夫婦それぞれの思いに違いがあったり、再確認できたりという「気づき」につながる。実際ワークを行ったことで、お互いに初めて聞いた思いがあったり、最初の要望とは違った設計のヒントが見つかることもあるのだという。
こうして手間ひまをかけ、じっくりとお客様の要望を引き出し、多彩な手法でそれを実現するからこそ、満足度の高い家に仕上がるのだ。
少子高齢化に伴う、空き家問題の深刻化や住宅価格の高騰が叫ばれている昨今。中古住宅のリノベーション需要も高まってきている。そんな中、幸地さんはこの事務所兼自宅で1つの解を示した。しかしそれはあくまで1つに過ぎない。これからも幸地さんは、顧客それぞれに応じた様々な最適解を提示してくれるに違いない。
基本データ
| 作品名 | 完成しない家 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都品川区 |
| 敷地面積 | 38㎡ |
| 延床面積 | 100㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 施主 | K邸 |
撮影:アトリエあふろ(糠澤武敏)
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

人とコトが交わり可能性を探る実験場 オルタナティブオフィス SOGEN
「単なる事務所ではない、人とコトが交わる場所を」そんな明確な意図のもと、元クリニックをリノベーションして誕生したオフィス「SOGEN」。コンクリート現しの空間に、緻密なディテールとオリジナル家具が調和する。単なる仕事場ではなく、自社ショールームでもあり、さらには人々の交流の場として、開設から2年半でのべ500人以上が訪れ、新たなプロジェクトや出会いを生み出してきた。

ボリュームと出窓が生んだ革新デザイン 空間も心も繋ぐ賃貸併用住宅
住宅を多く手掛ける建築家の中でも、賃貸併用住宅を手掛けられる建築家は極めて少ない。それは施主の要望に応えるだけでなく、入居者ニーズや収益性を同時に満たし、さらには賃貸部分とオーナー住戸との関係性にまで緻密に計算する必要があるから。この複雑な問題を見事に解決し、数々の賞を受賞するほどの住宅に仕上げたのは、「対話」を通じてクライアントの期待を上回る結果を生み出す建築家、河野有悟さんだった。

妻の名のバラがモチーフ、愛犬と愛車。愛ある家にやっぱり感動!
今でも週末になるとオープンカーでデートをするというIさんご夫婦。大好きな鎌倉で悠々自適に暮らす家の名は「Casa Ciero y Mar(空と海の住まい)」です。バラをモチーフにしたインテリアに囲まれ、愛犬とともに、海を眺めながら仲良く暮らしています。

スケール感あふれる吹抜け空間でかなえた、 光と空がきらめく「緑と戯れる家」
暮らしの中で植物を楽しみたいという施主さまの思いに、「天井に緑を映す」という独創的な発想で応えたのは、かまくらスタジオの福井啓介さんと森川啓介さん。希望を表面的に捉えず、本質を見極めた提案で期待以上の住まいをつくる設計スタイルに迫る。

大きく広がる眺望を室内からもテラスでも。 贅沢な大開口が引き立つ、シンプルな家
見晴らしのいい敷地に、利点を最大限に生かした家を建てたいとご要望を受けた建築家の牧野さん。提案したのは、ご要望を叶えることはもちろん、使いやすい家事動線や室内の居心地のよさなど住まいに関するあらゆることにこだわった家だ。眺望に重きを置きながら、それだけではない豊かな暮らしを実現した。

『好き』に囲まれて暮らす大人の住まい 本も薪ストーブも抜群の眺望も
人生最後の家づくりになるかもしれないとしたら、あなたはどんな家を建てるでしょう?機能性の高い家?デザイン性の高い家? 定年を迎えセカンドライフを歩み出したTさんご夫妻が望んだのは、機能性とデザイン性を兼ね備え、さらに「好き」に囲まれた家。この難題をクリアし、施主の期待以上の家に仕上げたのは、居心地の良さと豊かな暮らしづくりに定評のある建築家、松本直子さんでした。

二世帯の新しい形、見つけた! 親から子、子から孫へ継がれる家
形がいびつで高低差があるばかりか、防火指定地域や斜線規制などさまざまな制約がある土地に、4世代が暮らす2世帯住宅を建てたいというリクエスト。そんな難条件をクリアし、家族の夢を叶えるため、スタジオすぅ 西村佳大さんがとった手法がスキップフロアを使った「継」の家だった。

2つの棟をブリッジがつなぐ 浮かぶ建物の下から中庭の緑が見える家
最寄駅からは少し離れた、昔ながらの住宅地の一角。高低差のある敷地に家を建てる依頼を受けた建築家の北野さんと八木さん。提案したのは家を2棟に分けるプランだ。しかも片方は建物を持ち上げ、中庭の緑を町の人たちにおすそ分け。周りの景観を壊さずに、若い家族が住むにふさわしい家ができた。

円形シアターを思わせる、緑の庭と住空間。 経年で魅力を増す森林の別荘
伊藤寛さんが設計した『追分の山荘』は、ある経営者一家の軽井沢の別荘だ。魅力は何といっても、庭とLDKが円形シアターのように一体化する独創的で豊かな空間。理屈では語れない、伊藤さんのイマジネーションの奥行きをしみじみ感じる建築だ。

