
施主と建築家の切妻屋根への想いが結実
水平の軒がつくる凛とした佇まいの家
切妻屋根の家を作りたい施主と
切妻屋根に魅了された建築家の出会い
その目時さんと施主のMさんの出会いは、ある住宅相談会だった。Mさん夫婦の要望は、「赤毛のアンの緑の切妻屋根の家」のような切妻屋根、大きなLDKを持つ和モダンの家、雑木林の森のような庭がある、というものだった。建築家としての経験が豊富で、海外の設計事務所での経験も長い目時さんだったが、「赤毛のアンの緑の切妻屋根の家」という独特なキーワードが要望に出てきたのは初めてだったという。
なぜ赤毛のアンなのか? 目時さんが詳しくその理由を聞くと、Mさんの奥様の強い要望であることがわかった。もともと赤毛のアンを何度も読んでいた奥様が、海外赴任の際に実物の「赤毛のアンの緑の切妻屋根の家」を見たことがきっかけだった。それまでは本の中のイメージでしかなかった、切妻屋根の家。その実物を見て、屋根裏部屋の雰囲気なども含め、とても感動したそうだ。
一方で目時さんも、以前から日本の切妻屋根の美しさに魅了されており、これまでも屋根裏や構造を見せる設計をしてきた。日本建築の柱と梁で組まれ、屋根を支える構造物の美しさを見せたかったからだ。海外の設計事務所勤務を終えて日本に帰国した後、事務所を長野に設けた理由も、ここにある。美しい切妻屋根を豊富な日本の木材で作り、長野のスタンダードにしたいという強い思いがあった。
こうして切妻屋根に惹かれた施主と建築家が出会い、このプロジェクトがスタートした。
切妻屋根の美しさを表現しながら
すべての要望を満たすための工夫
写真をご覧いただくとわかるが、LDKがある南側から見ると、まるで平屋のように見える。しかしエントランスがある西側から見ると、2階が北側に寄せられていることがわかる。これにより、南側の屋根を水平に長くとり、軒先を低くすることができた。
さらに2階がのっている北側の1階部分に、天井高を抑えられる水回りや収納を配置した。これにより、2階の室内高を確保することができた。2階の部屋の窓を見ると、屋根裏部屋のようにも見えるが、実際には通常の室内高を確保しているため問題はない。さらに驚くのは、目の錯覚で2階部分をなるべく低く見せるため、玄関部分の1階の屋根を高めに設けていることだ。この水平のラインのおかげで、大きな2階が上に乗っている印象はまったくない。また、東西に長いプランではあるが、大きなL D Kに面して各部屋が配置されていることで、それぞれプライバシーを保ちながらも暮らしの気配を感じることができるレイアウトもこの家の特徴の一つである。
こうしたさまざまな工夫により、水平の屋根を長く取り、南の軒先を低く抑え、吹き抜けの広いLDKを確保しながら平屋のように見えるプランが実現できた。この作品には、「松本岡田の家 − 切妻六.五間堂 −」という名が付けられている。目時さんがもっとも美しい切妻屋根だという京都の三十三間堂を想起させるその名前からは、建築家としての自信と誇りが感じられた。
毎日の生活を豊かにするためのアイデアが
随所に取り入れられた室内空間
日々の生活を豊かにするためのアイデアにあふれている。
広い空間が単調にならないようにLDKは漆喰の白と黒を基調とし、差し色として自然な木の色を持つヤマザクラを造作家具として使用した。目時さんは室内の色合いを決める際に、一度スケッチをモノクロにして確認している。こうすることで濃淡がわかるそうだ。
ブラックウォールナットのフローリングも貼り方を工夫し、ヘリンボーン柄にすることで変化をつけている。とても広いLDKなので、できれば幅の広い床材を使いたかったのだが、それらはとても高価だ。そこで通常の幅の床材をヘリンボーン柄にすることで、視線を奥に向ける効果を狙ったという。
最大の特徴は、LDKにオープンな形で接するストリップ階段だ。その狙いは、ワンルームのLDKの広さを活かすことにあった。LDKの奥行きを階段で失うことなく、2階の左右に振り分けられた個室の動線をまとめるためには、この形がベストだという結論に達した。
さらにこの階段を支える柱には、柱のデザインとマッチする、柱と同じ幅の棚板をはめた飾り棚が造作されている。これも、LDKの広さをいつまでも感じてほしいという目時さんの想いが込められている。もし、階段を支える柱だけだと、カップボードや本棚などが階段沿いに設置されるかもしれない。それだと、せっかくの広いLDKが家具で仕切られて空間の広がりを感じられなくなる。であれば最初から、施主が好きな物や本を置くことができる棚を作ってしまおうという発想だ。これであれば、階段の奥側までの広がりを感じることができ、明るい日差しも入り込んでくる。さらに、子供が階段の奥側で遊んでいても、死角がないので目を配ることができる。
このストリップ階段と棚は、LDKの中のポイントである反面、その独創的なデザインと意図はスケッチや言葉では伝わりにくい。そこで目時さんは大きいサイズの模型を作り、施主のMさんがその階段のデザイン性と機能を十分に理解できるよう、細心の注意を払った。そして最終的には、Mさんから「ぜひこのデザインでお願いしたいです」と快諾を得たという。
庭の木々が成長するのと共に、子供も成長して欲しい。そう考えたMさんは、最終的に広い庭が雑木林のようになることを望んだという。だから完成当初の庭には、大きな木はあまり植えられていない。これから毎日、子供が自由に庭と出入りできる広いLDKで遊び、成長していくのとともに、その庭も雑木林のように育っていくことだろう。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 松本岡田の家 − 切妻六.五間堂 − |
|---|---|
| 所在地 | 長野県松本市 |
| 敷地面積 | 300㎡ |
| 延床面積 | 137㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども1人 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

快適コンパクトな2拠点向け規格住宅が誕生 気負わず楽しむ憧れのデュアルライフ
都会と郊外を行き来する2拠点生活の人気が高まるにつれ、気負わずに建てられるセカンドハウスへのニーズも増えている。そんなニーズに応えるために建築家の李孝哲さんが自ら土地を購入、2拠点生活実験ハウスとネーミングをつけ、神奈川県青野原に建てた快適・コンパクトな規格住宅をご紹介。

100年の旧宅に出現! 驚きのエコ手法が生む、完ぺきな統一感
ぐるりと敷地を取り囲む古いお屋敷の塀の内側、もとは築100年以上の蔵が建っていたところに新しくできたのは、黒い焼き杉で覆われたモダンな家でした。室内は一面、同素材で統一された空間。柱から扉、家具に至るまで、同じ素材で統一されているのには、実は、大きな理由がありました。

斜めのリビングと広いテラスで居心地抜群。 熱環境も快適な自然素材の家
居心地のよさにこだわった間取りと、ホッと落ち着く自然素材の風合いが魅力のS邸。どこにいても「気持ちよさ」を感じる空間はどのようにできたのか、設計を担当した安藤建築設計室の安藤大輔さん・かおりさん夫妻に話を聞いた。

いつまでも成長し続ける “手づくり感”いっぱいの平屋住宅
長閑な田園が広がる千葉県茂原市の郊外、周囲の風景に溶け込むように建っているN邸。新築から8年ほど経過したいまも、Nさんの「家づくり」は終わらない。Nさんの「いつまでも成長し続ける家」を紹介します。

光を活かす設計と自由な素材使いで 遊び心と暮らしやすさを両立
建築家の吉田祐介さんの自邸兼事務所は、モデルルームの役割も担っており、設計はもちろん素材使いのヒントが満載。光や風をうまく取り込みながら、吉田さん独自のセンスで個性豊かな素材をまとめ、快適性とデザイン性を見事に両立させた空間の魅力を紹介しよう。

近隣住民が慣れ親しんだ風景を残し、 集落に溶け込むモダンな邸宅のヒミツ(山吹設計工房)
愛知県西尾市に、独創的な邸宅が誕生した。敷地は遠方に茶臼山を望み、河川の堤防に面する、自然豊かな環境に恵まれた立地だ。古い集落の入口に位置し、近隣住民の多くがこの景色や環境に慣れ親しんできた。周辺環境を壊さず、近隣に溶け込みながらも、モダンで熱効率に優れた作品のヒミツをご紹介しよう。

空き家を再び、長く暮らせる家にする。 既存建築の可能性を引き出すワンルームの家
急増している空き家問題に真っ向から取り組んでいる、建築家の白坂隆之介さん。紹介するがんばり坂の家は、白坂さん自身が空き家を購入し、改修した家だ。格安で売り出されていた家が再び人が生活する家になり、適正価格で売却されるに至ったその経緯とは。

洞爺湖の四季折々の景色を楽しむ 自然を取り込み、自然と溶け込む大窓の家
機会があり北海道、洞爺湖の国立公園内の恵まれた敷地に家を新築することにしたお施主さま。依頼を受けた建築家の日野さんは、さまざまな制限がある中、四季折々の景色をそのまま室内に取り込める家を計画。曲線の美しい螺旋階段を移動していると、まるで自然の中を散歩しているような感覚が得られるほどだ。

日常の風景だった竹林が特別な景色に。 程よく遮り、程よく繋がる快適空間の秘密
ご一家で暮らす家をつくるための建て替えを依頼された、建築家の伊原洋光さんとみどりさん。敷地を見に行くと、元の家の背面に美しい竹林があることを発見した。視線や風が抜ける広々とした室内空間に、唯一無二の竹林の景色がプラスされ、機能性と心地よさがハイレベルで両立する家ができた。






