
モットーは、シンプルで正直な家づくり
既成概念にとらわれない、心地よい住まいとは?
住宅に過度なデザインや緊張感はいらない
長く、心地よく暮らせる家づくり
この作品をご紹介する前に、お二人の設計に関する考え方をお伝えしたい。なぜなら、その思想が作品のあらゆる場所に反映されているからだ。
その考え方の中心にあるのは、「シンプルで正直な家づくり」というものだ。
「シンプル」の意味を簡単にご紹介しよう。当たり前だが家は、毎日の生活をする場所である。だからこそ、日々の生活を心地よく過ごすためには、極端なデザインや緊張感は必要ないのではないかという考え方だ。
そのため、平面図で作品を見ると、あまり面白みは感じられないかもしれない。しかし、施主様の要望や敷地環境がシンプルにまとまったプランこそが、長く、快適に毎日を過ごすことができる家になるという考え方だ。
「正直」の意味は、家を一生の住まいとして長く使えるように、できる限り最適で本物の素材を使うということだ。たとえば表面にきれいな木目を配した床材は、新築時は美しいものの、経年劣化で徐々に傷んでしまう。無垢の床材を使えば、仮に傷んだとしてもカンナをかければまた生き返る。
また、そもそも長い期間、家とともに生活をするのに、経年の変化で風合いが変化することは、良くないことなのかという考えもある。住む人と家が、ともに年月を重ねていく。その素晴らしさを知ってほしいという考えだ。
しかしながら、「シンプル」で「正直」な家を作るということは、なにもデザインしないということではない。シンプルなだけに、基本プランや窓の配置、天井の高さや家具の配置などを、普通以上に細かく考える必要があるという。過去の作品で、施主様から「ここまで考えてくれるのか」と驚かれ、高い満足を得ているものが多い理由もここにある。
お二人のこうした共通の価値観はなぜ生まれたのか?
裕彦さんは「しっかりとした家であれば何十年も持つのに、最近は古くなると建て替えることも多く、残念に思っています。表面的な美しさやおしゃれなデザインは、時がたつと魅力も減ってきます。そうではなく、家と共に過ごしていくことができる家を作っていきたいのです。また、時がたてば家族構成が変わり、住まい方も変わります。そのような変化にも対応できるように、使い方を決めつけないプランを考えるように心がけています」と語ってくれた。
また美和さんは、「実家が築100年で、骨格がしっかりしているので今でも家族が住んでいます。メンテナンスフリーということではなく、必要な時に手入れをすれば、長く住まうことができるのです。また、長い間住んでいると、家に愛着が湧いてきます。そのような、住む方の愛情が湧くような家づくりを目指しています」と語ってくれた。
これまでお二人に設計を依頼した多くの方は、この考え方に共感したからだという。今回の作品の施主様も、この考え方に共感しての依頼だった。
実際に、どのような家が生み出されたのかを次章でご紹介しよう。
庭とリビングの窓は北側に
既成概念にとらわれないプラン
それでもお二人に設計を依頼した理由を聞くと、先述した基本的な考え方に共感したことに加えて、自分たちのプランを超える素晴らしいアイデアが提示されるのではないかという期待からだったそうだ。
裕彦さんは、当時の様子をこう語った。
「ここまで詳細な図面を準備されて、初回の打合せをしたのは初めての経験でした。いわば専門家としての力を試されることになるので、とてもプレッシャーを感じました(笑)」。
今回の作品は、住宅に詳しい施主様が、付加価値やさらなる提案を求めた事例といえるだろう。
お二人は、施主様のそのような想いにどう応えたのだろうか。
施主様の要望の一つに、
・光や空を感じられ、ゆっくりと時を感じる場所が欲しい
というものがあった。
お二人が最初に提示したのは、基本プランの変更だった。施主様の持参した案は、南側に庭があり、リビングやダイニングも南側の庭に面するという一般的なものだった。しかしこの土地は南側が旧街道に面していて人通りが多いため、南向きの家にするとプライバシーや視線の面で問題があると感じた。そこで庭を北に配置することで、視線を遮断できるプランにしたのだ。また、庭が道路に面していないため、小さなお子様の安全も確保できる。
北向きのプランを見て、施主様はとても驚いたそうだ。多くの家は南側に庭があることが多いため、当然だろう。しかしお二人は周辺環境、特にプライバシーや視線の面で有効であることを説明し、施主様もそのメリットを理解して納得されたそうだ。
裕彦さんはこう語った。
「既成概念にとらわれないようにすることを、常に心がけています。すべての土地や周辺環境は異なるので、毎回、施主様が望んでいることを最善のプランで実現することが大切だと考えています」。
まさに専門家が、期待を上回るアイデアを提示した例だと言えよう。
余白をできるだけ多く残して
植栽や日光を感じたいという要望
・余白をできるだけ多く残して植栽や日光を感じたい
・ピットリビングとして、ソファを置かない暮らしをしたい
という要望を持っていた。
ここでお二人が注力したのが、「余白」の意味を理解することだった。単に広い空間を意味するのか、シンプルな面構成を意味するのか。概念的な言葉なので、丁寧に対話を繰り返し、その言葉が生まれた背景や想いを理解することに努めたのだ。
こうしてたどり着いた結論は、「余白」とはただ壁を残すということではなく、窓の納め方、家具のデザインにも「余白」を意識することで、光や影、時間の流れを身近に感じる暮らしができるようにするというものだった。
・天井と壁は曲線でつながっている
・室内の壁と外の壁がつながっている
・室内の窓際にある小上がりと外のウッドデッキも同じレベルでつながっている
このようにキーワードを「連続性」とし、色々なつながりがあることで余白を感じられるように設計したのだ。
また、ピットリビングは床の段差を350mmとし、ピット部分に座って段差が背もたれになり、腰かけた場合にもちょうど良い高さにするなどの工夫を施した。この部分の天井はあえて低くすることで、洞穴のような包まれ感と落ち着きを感じられるようになっている。
素材についても触れておこう。床材は無垢板を提案した。施主様は建材にも詳しいため、当初は経年変化による反りを気にしたそうだ。しかしそれほど大きな反りは無いことや、無垢材は経年変化が美しく、表情にも移ろいがあって時の流れを感じることが出来ることなどを説明し、家とともに生きていくことの素晴らしさを理解していただいたそうだ。
その他にも、家の各所に細かな気配りやアイデアが散りばめられている。ぜひ写真の説明文もご参照いただきたい。
こうして完成した「余白の家」に、施主様はとても満足しているそうだ。
北向きの間取り、外と中のつながりを感じるこまやかな設計、無垢の床材、光の入り方や壁の陰影、将来を見据えたプランなど、すべてにおいて満足しており、要望もすべて叶えられているとのことだった。
要望をすべて叶えるだけでなく、さらに専門家としての付加価値やアイデアを加えたこの「余白の家」は、施主様とともに長く愛着を持って住まわれていくことだろう。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 余白の家 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県加古川市 |
| 敷地面積 | 135.81㎡ |
| 延床面積 | 103.62㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども2人 |
| 予算 | 4000万円台 |
撮影:貝出 翔太郎
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

大屋根の下にさまざまな居場所がある終の棲家
子育てを終えて、夫婦二人の「終の棲家」を計画したSさん夫妻。もともと暮らしていた総2階の大きな家から、木造平屋建ての小さな家へ。暮らしのスケールを小さくすることに不安を感じる施主に対して、窪江さんは丁寧なヒアリングや説明、間取りの工夫で一つひとつ不安を取り除いて行きました。夫妻らしい終の棲家が完成するまでに迫ります。

廊下、壁、格子が想像以上の奥行きを実現 住宅街でも気持ちよく視線が抜ける家
細長い敷地の特徴を生かし、奥行きが感じられる家にしたいと考えられていたお施主さま。建築家の神谷さんは、ただ見通しをよくするだけでは十分な感覚が得られないという。その先を予感させる壁などの配置により、長い廊下を生かし切って奥行き感だけでなく、暮らしやすさ、豊かさも申し分ない家をつくり上げた。

住まいと暮らしの30年後まで考え抜いた、1年1棟の家づくり
東京都豊島区、駒込駅近くに事務所を構えるイントロンは、独自の個性とポリシーを持つ一級建築士事務所だ。マンションの新築・改修設計をメインに手がけ、個人住宅は「1年に1棟限定」を貫いている。豊富な改修工事の経験から「家はどのように傷むか」を知り尽くし、「経年変化に強い家」を生み出すイントロン社。そのノウハウを、代表の立岡陽(たつおか・あきら)氏にうかがった。

大きなスラブが1階の屋根&2階の床に。 建物内外の回遊性をとことん高めた住まい
東京・名古屋を拠点とする女性建築家の謡口志保さん。繊細なやさしさと、施主に「男前」と言わしめるいさぎよさが共存するデザインは、感性豊かな発想から生まれている。建物・空間のみならず、ご家族の快適な暮らしまでを見据えた謡口さんの設計の素晴らしさが詰まっているのが、今回紹介するT様邸だ。

完成後の暮らしが楽しみになる。 ミニマルな設計で叶えたゆとりある家
ビルをリノベしたようなラフな雰囲気の家を希望されていたお施主さま。予算の都合もありRC造ではなく木造で家を建てることになった。建築家の藤本さんはお施主さまのライフスタイルや趣味に合わせてメリハリを効かせたコストダウンを提案。趣味のDIYも存分に楽しめる、明るく気持ちのよい空間ができた。

豊かに光を落とす大きな天窓が叶えた 家の中に中庭があるような、開放的な家
中庭が家の中心にある「ロの字型」の家を建てたいとお望みだったお施主さま。建築家の戸川さんは、しかし敷地条件や広さなどから難しいと判断。提案したのは、大きな天窓だった。おかげで、思い描いていた開放的で明るく、風が通り、回遊性もある、まるで庭を家の内部に取り込んだような暮らしが実現したという。

土地の声を聞き、敷地の課題をクリアする。 風景に馴染み、奥行き感ある平屋
畑の土地を宅地に変更、家を新築するご依頼を受けた建築家の森屋さん。敷地には様々な課題があったが、環境を見極めクリアした。同時にその工夫は内部空間にも生かせるように計算されており、お施主様が望むコンパクトながら奥行き感がある平屋ができた。一帯の風景をより魅力的にしているこの家の秘密を探る。

目指したのは、会話が増える生活空間 家族がリビングに集い、つながりが強まる家
高知県南国市の田園地帯に、独創的な邸宅が誕生した。周囲を畑に囲まれた敷地に建つその外観は、洗練されてはいるが特異なものではない。この作品の最大の特徴は、“家族のコミュニケーションが増える”ことを目的としている点だ。その考えに至った背景や子供の教育への好影響について、作品を通じてご紹介しよう。

近隣に家が増えても環境を変えずに暮らせる 壁に囲まれた中庭がある、明るい家
新規分譲地に自宅を建てるにあたり、考慮すべきなのはこれから家が増え環境が変わる可能性があること。お施主さまが要望されたプライバシー性や開放感を実現するため、建築家の池田さんが出した答えは「中庭を壁で囲うこと」だった。完成したのは壁の存在を忘れてしまうほど明るく、風通しのいい家だ。








