
親しい人と暖炉を囲む幸せなひととき。
地元の自然と工芸が、穏やかな時間を刻む家
手入れがラクな“外暖炉”。
半戸外のデッキで楽しむ憩いの時間
まず武川さんは、高齢の施主さまが1人暮らしであることや予算を考慮し、改修は南側の2つの居室、水まわりなどの生活空間に絞った。その上で内装、バリアフリー、壁の断熱化、耐震強化などのリノベーションを実施。しかし今回のプランで最も目を引くのは、「友人と楽しくお酒を飲める場所が欲しい」との要望に応えて誕生した、ウッドデッキとリビングだ。
「古来、人が集まる場所には火があって、人は火を囲んで憩いの時間を過ごしていました。そこでこのお宅では、リビングにあった広縁を広げて半戸外の大きなウッドデッキをつくり、ウッドデッキに暖炉を設置。僕はこうした屋外の暖炉を“外暖炉”と呼んでいます。外暖炉は灰の処理や空気の循環管理が室内よりラクなので、気軽に使っていただけると考えました」
友人とお酒を楽しむ空間として、外暖炉をつくる武川さんのアイデアは大当たり。リビングの窓を全開すると屋内外が1つの空間のようになり、室内にいる人とウッドデッキにいる人の一体感が高まる。そして月明かりの下、木製ベンチや丸太の椅子に座って一献傾ける施主さまたちの傍らには、幻想的にゆらめく暖炉の火。賑やかな酒席のBGMは、パチパチと軽快にはぜる薪の音──。
ここにいると、目に映るもの、耳に聞こえるものが理屈抜きで心地よく、不思議と心が満たされる。日常を豊かに彩るこの空間を施主さまは大いに気に入り、友人と杯を酌み交わす時間をたびたび楽しんでいるという。
地域の自然素材と工芸品でつくられる、
「本物」の上質感にあふれた家
「地域の気候風土や歴史に育まれた素材の家は、土地に馴染むし、ホッと安心させてくれるように思います。例えばお子さんのいるご家庭なら、地元への愛情やアイデンティティも生まれるのではないかと……。そういうのって、とてもいいなあと思うんです。言葉にするのは難しいですけど」
ちょっと恥ずかしそうに笑いつつ、そう教えてくれた武川さん。決してこの考えを押し付けることはないのだが、今回は施主さまの要望で、素材も家具も武川さんが選んだという。その完成形を見ると、武川さんが地元のものを大切にする意味がなんとなくわかってくる。
山林と水に恵まれた岐阜県下呂市にあるこの家は、床や外壁が地元でとれた無垢のスギ。ほかの内装も飛騨の手すき和紙、美濃和紙、美濃のタイルなど地元のものを使っている。さらに、クリの木のダイニングテーブルは高山の家具店によるオーダーメイド。椅子は地元の老舗家具メーカー・飛騨産業。一方で、壁は九州の火山灰を原料とした塗り壁で、「いい」と思うものを柔軟に取り入れる姿勢もうかがえる。
武川さんはこの家に、奇をてらったデザインや間接照明などの演出を用いなかった。そのおかげで自然や工芸の美しさがダイレクトに伝わり、それぞれの由来やストーリーに思いを馳せる楽しみも与えてくれる。地域に根差した「本物」の存在感は心の奥に確かに響くものがあり、なんともいえない豊かな気持ちになれるのだ。
かかわる人の想いを大切に、
心から安らげる家を
新建材の建物がひしめく都会でこそ自然を感じて暮らしたいと、武川さんの設計スタイルに惚れ込むファンは多い。しかし東京などの都市部でも、そんな家をつくれるのだろうか?
不安そうに質問したせいか武川さんはにっこり笑い、「大丈夫ですよ。都市部の狭小地でも原初的なものを取り込む手掛かりを探します。環境によっては外界と遮断した中庭やバルコニーなどを活かし、そういった空間をつくることも可能です」と教えてくれた。
話は変わるが、今回リノベーションしたこの家には、敷地の奥に2間の茶室がある。以前の住人の方は故人となっているのだが、生前に師範として主宰していた茶道教室で使用していたものだ。
武川さんは手入れの行き届いた茶室を見てどれだけ大切にされてきたかを感じ取り、施主さまと話し合って茶室をそのまま残すことにした。今は故人のお弟子さんたちに開放し、施主さまも一緒に茶道を楽しんでいるという。
武川さんの話を聞いていると、そういった先人たちが築いてきた歴史や文化への謙虚なリスペクトを感じる。むやみに我を通さないスタンスは設計する住まいにも現れ、どこまでも施主に寄り添うやさしい空気感が漂う。そんな建築家がつくる家が「心から安らげる場所」になることは想像に難くない。生涯、いや、もっと先の代までも、飽きることなくずっと好きでいられる家になるはずだ。
基本データ
| 所在地 | 岐阜県下呂市 |
|---|---|
| 敷地面積 | 576.4㎡ |
| 延床面積 | 130.7㎡ |
| 家族構成 | 一人暮らし |
| 予算 | 〜2000万円台 |
| 施主 | Q邸 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

水郷の暮らしに思いを馳せたプランニング 大きな開口が外部と繋がる、シンプルな平屋
ご両親の家を建て替えることにしたAさま。依頼を受けた建築家の三輪さんは、お住まいになるご両親とAさまのご要望を伺ったうえで、シンプルな平屋を計画。以前の家での生活を尊重し、生活の仕方を変えることなく暮らしやすさのみを向上させた。デザインの要になったのは、川と家が密接に繋がっていた時代だ。

倉庫&大きなワンフロアがイメージ! スキップフロアを活用した「住み手が完成させる住まい」
今回の施主であるⅯさんは、まだ20代と若いご夫婦である。もともと建築好きということもあり、家を建てることが決まった際にも頭の中には理想の住まいのイメージがあったという。土地を購入した不動産会社の紹介でハウスメーカーの家などを見て回ったが、どうもピンと来なかったというⅯさん。悩んだ末に最終的に設計を依頼したのが、中山秀樹さんだった。

北向きでも明るく、快適省エネ生活。 雄大な景色を美しく楽しむ家
J邸は一般的なセオリーに反した「北向きリビング」の家。しかしLDKは年間を通して快適な室温を保ち、心地よい光に満ちている。しかも眺望は抜群で、インテリアは木目を上手に活かしたナチュラルな洗練空間。性能もデザインも大満足の住まいは、どのようにつくられたのだろうか?

長細い家の、奥の奥まで光を届ける 壁面いっぱいに広がる光窓
南北に長細いO邸の中でお施主様が一番重視したのは、1フロアほぼ丸ごと使ったLDK。建築家の井上直大さんは、このLDK空間の隅々まで光が届けられるよう、南側の壁面いっぱいに窓を開口した。窓全体から入る光は豊かであるものの、きつく差し込むわけではない。快適な居住空間はどのようにして生まれたのか。

家族がつながる、集落とつながる 新旧の住宅の良さを再編集した奄美の家
独自の住宅文化をもつ奄美大島。奄美独自の住宅の良さと、現代建築の快適さを兼ね備えた住宅をつくったのは、建築家の小野良輔さん。島外出身者だからこそ気づくことができる、伝統住宅の要素を取り入れた家づくりに迫る。

これが敷地13坪? 居心地抜群の2世帯&バリアフリー住宅
13坪の敷地にバリアフリーの2世帯住宅をつくるという難題を、見事にやり遂げた菅家建築計画工房。完成した住まいは、下町情緒漂う街にふさわしいデザインや存在感も魅力。狭小地でも豊かな空間づくりができることを実感させてくれる家だ。

光と風が心地よく通る!傾斜地を生かした「土間のある家」
ずっとマンション暮らしだったこともあり、憧れの一軒家を建てることを決意したⅯさんご夫婦。希望したのは、趣味の革細工や裁縫をするためのワークスペースと外につながる庭がある家である。購入した土地は、東側に位置する川に向って緩やかに傾斜する敷地。設計を担当した平山教博さんがトライしたのは、土地の利を生かし、光と風が心地よく通る家づくりだった。

日本最北端の厳しさでも快適に、デザインも諦めない工夫とは?
毎日、雪かきをしなければ生活できない北海道稚内市の住宅では、雪対策・防寒対策が何よりも重視されます。そうした生活ニーズとデザインの両立は難しいと多くの人が思っていた場所に2014年、機能も充分に満たしたデザイナーズ賃貸が誕生しました。

地域と共に自然と共に 日本の原風景を感じさせる家
自らが生まれ育ったまちで、ゆったりと暮らしたい。そんな施主の思いを実現したのは、日本人の心の原風景にあるような暮らしを現代の建築で叶える建築家、礒健介さん。自然体の暮らしを実現した、礒さんの家づくりに迫る。



